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39 殺戮のBB

「要は知っているの?」
「多分、まだ知らない。けれどハウンドの連中には伝わっているので、そのうち伝わるさ。そのハウンド側からだが、沢本は今回の件に三嶋を関わらせるなと通達していたようだ。ところが例え沢本が遠ざけようとも、狙う獲物が一緒ならば早晩かち合う。だからいち早くその新顔の二人をハウンド及び、今回ハウンドに声を掛けられた連中は捕まえなきゃならない。普通なら多勢に無勢だ。援軍のない三嶋が手を引くのが道理ってもんだが、あの女にそれが通用するとは思えねぇ」
 並みのバウンティーハンターなら手を引いている。ただし生憎あの女は並みのバウンティーハンターじゃなかった。
 あれはきっとクライシスマニア。生と死の境目がごちゃまぜになっていて、死を迎えそうな瀬戸際に生を体感して喜んでいるのだ。
 一言で言えば、頭がおかしい。
 実感を伴ったビアンカの言葉に、ニーナは少しおかしそうに笑った。
「彼女を直接知っているわけではないけれど、この街で派手なことがあれば必ず要と一緒にいるものね?」
「組んでいるのか?」
「組むこともあるってだけよ。表だって賞金稼ぎとマフィアのボスが、手を組むわけにはいかないでしょう? でも要は生まれながらにマフィアだったわけでもないの。彼女との付き合いは、そうなる前からの知り合いだったってことね」
 この街は多くの犯罪者が流れ着いては消えていく。別の街へと消えるものもいれば、文字通り存在ごと消えることもある。
 犯罪者の楽園とは揶揄されるが、誰もが好き勝手に無法を働くわけでもない。この街にはこの街のルールがある。従えない人間や、気付かずにルールを犯す人間は、デッドシティの手荒い洗礼を受けることになる。
 デッドシティのルールがなんなのか、それを知るまでは派手に動き回らないことが、まず生き残るための条件だった。
「ともかくそういうわけで、その二人を三嶋より先に見つけなきゃならない。だからバート、仕事だ。一度ハウンドへ出向くぞ」
「あぁ、またあのいけ好かない男の顔を拝むことになるとは」
 長い髪を掻き上げて、あからさまに不愉快そうにバートは顔をしかめたが、ビアンカはそれを鼻で笑った。
「誰のせいであのいけ好かない男の顔が、更にいけ好かなく見えると思っているんだ?」
 仕事の依頼料金を賭け金にしたばかりに、今回二人はただ働きだ。この街でハウンドに逆らうのは得策ではない。この街を捨てる覚悟があるならば、しらばっくれるのもいい手段だが、少なくともビアンカはこの背徳の街を気に入っている。出ていく気はない。
 ビアンカが立ち上がると、バートもそれに倣った。
「それじゃ、うちの者にもそうした二人組の売人を見かけるようなら、ハウンドへ情報を集めるように言っておくわね」
「そうしてくれよ姐さん。じゃぁな」
 最後にクッキーを手に取ると、ビアンカは席を立った。面倒そうにバートも立ち上がる。
 しかしビアンカが数歩歩き出したところで膝から力が抜けたように、がくりと傾いだ。反射的にバートの手が倒れる寸前のビアンカを支えた。
「大丈夫ですか?」
 自分の体の事だが、ビアンカ自身も驚く。特に痛みがあったわけでもなく、意識が遠のいたわけではない。足に力を入れれば普通に立てる。
 思っていた以上に疲労は蓄積されているということだ。
「大丈夫なわけあるか。昨日からの流れを思い出せ。ハートランドの途中から砂漠は歩かなきゃならねぇ。帰ってきたら……もう何度この説明するんだ、あたしは?」
「日頃の行いが悪いからですよ」
「うるせぇ、クソ神父」
 バートの腕を払って再び歩き出すが、さすがにビアンカ本人もそろそろ疲れが溜まって来たか? と思う。そしてこれで溜まらないわけがないなと思い直し自嘲する。
「ビアンカ」
「あん?」
 部屋を出ようとしたところでニーナに呼び止められたビアンカは、立ち止まって肩越しに振り返った。ソファーに腰を掛けたままのニーナは、穏やかに微笑んでいた。
「体調が悪いなら、折を見て茜医院へ行きなさい」
 あのお人よしの医者がお気に入りだという高級娼婦は、いったい何を考えているのかいまいちビアンカにはわからない。
 沢本に警告されたように、本当にニーナのお気に入りだとしたら、下手に近づけば生きたまま皮をはがされて殺されるのではないか? と思うが、当の本人は行けという。
 もちろんそれには昨夜のことを借りだと思うから出た言葉だとは思うが……
「腹の膨れねぇものには、金をかけない主義なんだ」
「あら、その怪我の治療費はあたし持ちと言ったでしょ? 治るまでは面倒を見てあげる」
 このデッドシティで、女が権力を持つのは容易なことじゃない。例えそれが娼婦であったとしても、いや娼婦だからこそ、それは難しい。
 そんな中ニーナはこのデッドシティで高級娼婦としての地位と権力を築いている。そのパイプは財政界にも食い込んでいると聞く。
「……何かやらせようって言うのか?」
 あのお人よしの医者じゃあるまい。純粋な好意など信じたこともないビアンカがそう言うと、ニーナはおかしそうに笑った。
「えぇ、ちょっと考えていることはあるわ。まぁ、それに付き合ってもらうのはその怪我が完治して、要からの仕事が終わってからにしてあげる」
「やれやれ、一仕事終わる前に、もう別の仕事の予約が入ってきやがった」
 そう言って肩を落として歩き出すと、背後でバートが小さく笑った。
「いいじゃないですか。あのバウンティーハンターさんも言っていたでしょう? 労働は尊いとね。汚れ仕事だろうとなんだろうと、やることがあるだけマシじゃないですか」
「あーあー、はいはい。そうだな、そうだろうとも」
 半ばヤケクソ気味にそう呟くと、ビアンカは乱暴な足取りでその部屋を後にした。

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