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46 殺戮のBB

 判断に悩んだ末にビアンカは一本先の路地から回り込むことにした。
 ところが回り込んだはずの通路は、普段は通れるのだが、ひどい匂いがして思わず立ち止まってしまう。
「くっせぇー! 畜生、死体かよ!」
 死臭は鼻につく。いつからそこで死んでいたのかわからないが、すでにハエが多いことから腐乱が始まっているのかもしれない。
「あー、ちくしょう! おえっ!」
 始末屋を呼んでも高くつくし、死体を砂漠に運ぶ乾物屋がいても、これでは拒否するか、高額請求するだろう。殺して間もない死体はまだ処理しやすいが、腐りかけはウジも湧いているし、何よりその匂いが強烈だ。
 結局引き返し、通りに出て深呼吸をする。気持ちの悪さに思わず俯き、膝に手をついた。
「吐く……腹減っている時にこれはきつい……」
「あらぁ、大丈夫、ビアちゃん?」
「!」
 よりによって目の前にいたのは三嶋だった。こいつの行動を追いかけようとしていたというのに、見つかるのは本末転倒だが、まだ三嶋はこちらの目的には気付いていないはずだ。
「なんだ、あんたか……この先、行かないほうがいいぜ。腐った死体がある」
「あぁ、そうねぇ。この辺りにもちょっと匂いするもんねぇ。ビアちゃん、なんでここを通ろうと思ったの?」
 こちらに対する揺さぶりかと思ったが、そうではないらしい。臭いがしているのにそれでも通ろうと思った理由が知りたいと思ったようだ。
「あー、相方探している」
 都合よくこの場にはいないバートをダシにすると、三嶋は納得するように頷いた。
「ふぅん。あたしセブンストリート方面から来たけど、見かけてないわ」
「そう、ならいい」
 膝についていた手を離して顔を上げようとしたが、ビアンカはふらついて前のめりになる。反射的に三嶋がビアンカの両肩を掴んで支えた。
「ちょっと、大丈夫なの?」
 これまでの疲れと、昨夜の出血、加えて空腹に今の異臭のせいで、冗談抜きで気分が悪くなってきていた。ここで倒れるわけにもいかないが、三嶋に看病されるわけにもいかない。
 そう言えば先ほども睡蓮華にバートを迎えに行った時も、一度よろけたなぁと思い出す。やはり今日は元々の疲れも回復してないうちに動き回り過ぎたようだ。
「あぁ……腹減って目が回ってんだよ……」
 実感を伴う言い方をすると、三嶋が小さく笑った。
「そうねぇ、そういう時間帯だものね。でもそこの店で食事は勧めないわ」
「あん?」
 三嶋が顎で示した先には、居酒屋がある。何度か入ったことはあるが、可もなく不可もない味だ。とりあえず飢えを満たすためなら丁度いいという程度の店で、店主は三十代後半くらいの男だったと記憶している。
「そう不味くもなかったぞ。うまくもねぇが」
「あははー! 正直ねぇ! ファンに言っておくわ。ファンってここの店主ね」
「言うなよ、入り辛くなるだろ」
「あ、ビアちゃんでもそんなこと気にするんだ。意外ね」
「うるせぇ」
 三嶋から離れて建物の外壁に背を預ける。接触したくない時に限って、この女は接触してくるのは、この女がバウンティーハンターだからだろうか?
「勧めないっていうのはね、これからあたしお仕事するからよ? 意味はわかるでしょ?」
「なるほど……」
 ビアンカは微かに笑って見せたが、これは実に不味い状況だ。三嶋がこれから仕事をするということは、あの二人組を追い詰めたということだろう。そしてこれから狩りに行くということだ。
「なぁ、暇だから見物していいか?」
「あら、相方はどうするの?」
「そのうちこの辺りに来るだろうよ」
「いいけど、邪魔はしないでね? 邪魔するようならビアちゃんの首も貰うからね?」
「冗談じゃねぇ」
 そう言って笑いつつ、通りに目を向ける。バートはやはり裏通りを中心にナインストリートへ向かうつもりなのだろう。ここにバートがいれば三嶋を陥れることもできるだろうが、一人では、ましてや体力的に辛くなってきた今は難しい。
 けれども。
 だからなんだとも思う。
 騙すことも騙されることもこの世界ではいつでも重なり合っている。
 殺すことも殺されることも重なっているように。
「じゃぁ、先にビアちゃんが中に入ってよ」
「やだよ。注文してあんたがドンパチ初めてテーブルひっくり返されたんじゃたまらない」
 この女は獲物である賞金首を捉える時は、周囲の迷惑など考えずに徹底的に動く。結果派手な立ち回りとなり、周囲にそれと知れる。
 撃ちあいだけで済むとは思えない。過去にクレイモアの爆風の余波で川まで吹き飛ばされた経験上、三嶋は派手に動く可能性がある。
 そうなればバートも気付くかもしれない……
「しかたないなぁ。もう本当に邪魔しないでよ?」
「はいはい」
 三嶋はビアンカより先に店の入り口に立った。ビアンカはホルスターに触れ、ナイフの柄をそっと撫でる。
 ナイフ一本で三嶋に勝つには、虚をつくしかない。この状態でどこまで出来るかが鍵だ。手伝う素振りを見せて、騙し討ちにするしかない。
 一番早いのは隙を見せたその瞬間に刺し殺すのが確実なのだが、悠里は殺すなという。まったくもって面倒臭い。沢本は手足を折るか、殺せと命じたらしい。ビアンカとしてもそれが一番だと思うのだが……

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