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51 殺戮のBB

 ドアの入り口にたどり着く。埃っぽい煙が充満していた。沢本が壁に背を付けて中を覗き込む。アサルトライフルを構え、一瞬だけ後ろのビアンカに視線を送った後、無言で中に入って行く。
 中も相当ひどい有様だ。壁は穴があき、ガラスが散乱している。天井が壊れ、中を通る配管がむき出しになっていた。一度は出火したのだろうが、壊れた配管から流れ落ちる水が結果的にスプリンクラーの役目を果たし、火が消えたようだ。
「建物周囲に散開しろ。隣りの建物から屋上へも展開。誰一人逃がすな」
 インカムを押さえながら沢本が口を開いた。通信でハウンドに命令を下しているようだ。こんな電子通信機器が使えると言うこと自体が有り得ない。
 この世界は平和でもなければ平等でもない。文明は三度目の世界大戦が飲み込んでしまい、今は残されたものを修復するか、劣化コピーを繰り返してつないでいる。
 ましてやデッドシティなんて治安の悪い場所で、電力が供給されているだけでも不思議なのに、電話も使えるという状態なのが不思議だった。
 そのすべてを使いこなすハウンドは、異端中の異端だった。
 こいつらはマフィアなんかじゃない。マフィアを隠れ蓑にした軍隊じゃないかと思った。沢本要という男を司令官として、ハウンドは統制のとれた動きで命令に従う。そんな馬鹿な想像をしてしまう。それほど連中の動きは組織だっていた。ただやみくもに殺しあうだけの馬鹿な集団じゃない。
「……」
 沢本が指で顔を寄せろと合図をしてきた。ビアンカの耳元でささやくように言い放つ。
「ドアの向こう側に俺が移動したら、合図を待ってドアを開けろ。開けたら身を隠せ。俺が先に中に入る」
 こちらの返事を待たずに沢本は移動する。自分が絶対的に場を支配していて、ビアンカが逆らわないと思っているのだ。
 いいや、それすら思っていない。それ以外の選択肢を残していない。逆らえばその銃口はこちらを向く。
「くそったれ……」
 小さくつぶやき、壁に背を預けてドアノブに手を伸ばした。沢本が頷く。ビアンカはそっとドアノブを回して扉を押して開き、壁側に腕を引き戻した。沢本が銃口を向けながら部屋に入る。左右に銃口を傾け室内を見回す。
 更に足を踏み入れる。ビアンカは入り口で立ち止まったまま、廊下を警戒した。
「……!」
 だがその先の部屋の吹き飛んだドアの向こうに、足が見えた。
「沢本」
 短く告げて、ビアンカは廊下を進んだ。身を低くしながらその場所まで向かう。
「バート……!」
 バートが倒れている。背に押し重なるドアや天井の破片を掻き分ける。長い髪が千切れ、血に染まっている。ローマンカラーの背中部分が破れ、無数の破片が突き刺さっていた。
「おい、死んでいるのか?」
 ローマンカラーの神父服では、布地が黒の為に出血が多いのか少ないのかわからない。
「……まずは……生きているのか? と聞くべきでしょ」
 辛そうだが微かに笑っているようだった。
「どうやら死に損なったようだな」
 だが状態はよくはない。爆発の影響で今まで意識を失っていたのだろう。
 背後で複数の足音が流れ込んできた。咄嗟にナイフを構えると、沢本同様の重装備のハウンドたちが突入してきたようだ。
「上だ、制圧しろ」
 廊下から沢本の声がした。余計なことは言わず、ハウンドの連中が上へと向かう。ほどなくして複数の銃声が頭上から響いていた。
「手錠野郎はどうした?」
「この部屋に入ってすぐ……撃ちあいになって……それから爆発が……」
 バートは痛みに顔をしかめている。
 爆発があってすぐビアンカは沢本と共にここへ入っている。廊下に足音はなかった。ということはまだこの建物から出ていない。
「!」
 ソファーの陰から男が飛び出す。ビアンカはバートをそのままにして飛び越え床で一回転する。
「死んでたまるか!」
「伏せろ、バート!」
 両手で抱えた何かを投げようとしている。ビアンカは手にしていたナイフを男に向けて投げ放った。
 男は手にしたものを投げつけてきた。しかし直前でビアンカに狙われていると気付きわずかに躊躇し、結果ビアンカに投げ損なって届かず、手前に投げ捨てるような形になった。ナイフは男めがけて飛んでいったが、しゃがんでやり過ごされたために目標を失い壁に突き刺さった。
「!」
 そしてビアンカは目を剥いた。
 手榴弾!
 咄嗟に床に転がったそれを蹴り飛ばす。判断を迷わなければ、その数秒で命を救える。
 その場に伏せると、大きな爆発音と衝撃でガラスが一斉に砕け散った。破片が炸裂し、ビアンカの肩や腕、背中にも食い込んできたが、致命傷となるものではなかった。歯を食いしばってそれをやり過ごし、手で頭を抱え込んだままでいると、その腕や背中に外れた天井板の一部が落ちてきた。
「いてぇっ! ド畜生! ぶっ殺す!」
 立ち上がって男の元に行こうとすると、まだ床に寝転がったままのバートがビアンカに銃を差し出した。ビアンカは銃を使えないわけではない。受け取ると、安全装置を外してチャンバーに弾丸を送り込んだ。
「毎度毎度吹き飛ばすしか能のねぇ野郎だな! だったらてめぇの脳みそもぶっ飛ばしてやるよ!」
 床を踏み鳴らして歩く。ガラス片が砕け散る音がした。埃っぽさに顔をしかめながら、明確な殺意を持って銃口を向けた。
「てめぇもぶっ飛べよ!」
 そう言って銃を撃とうとしたビアンカの目に写ったのは地下へ通じる階段だった。

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