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37 殺戮のBB

「あれぇ? もしかして、ミキちゃんのこと知っているのぉ?」
「さっきもここに来ていただろ? 出ていくのを見た。一度あの女に追いかけ回されたことがある。さらにしれっとして、さっきも話しかけられた。くそっ! あの女より先に見つけなきゃならねぇってハードル高すぎるだろ……沢本め、これでもロハで仕事させるつもりよか……」
 どう考えても前途多難だ。あのバウンティーハンターは手際が恐ろしくいい。さらにどれほど賞金を手にしているのか、武器弾薬の類いは潤沢に用意し、遠慮なく使ってくるためやっかい極まりない。
「えーっと、もしかしてビアちゃん、要君からお仕事引き受けている? 連続爆破の犯人捜しのぉ?」
 若干、悠里の顔に焦りの色が浮かんでいる。ビアンカは眉を潜めた。
「受けている……あ、あんたも?」
「うん、そう。わぁ、まずいねぇ! 今回の件にはミキちゃんは絶対関わらせるなって、要君怒ってたのにぃ!」
 その口調で言われても、相変わらず緊張感がない。しかしビアンカとて、その「もしもそうだったら」という状況を想像してぞっとした。
 もしもあの二人組が一連の爆破に関与しているなら。
 もしもあの二人組が三嶋の獲物なら。
 どう考えてもぶつかる。沢本は三嶋とは旧知の仲なのだろうが、三嶋を関わらせないと判断し、それを知らぬ三嶋は自分の獲物を追いかけた結果、沢本の獲物を横取りすることにはならないか?
「最悪だ……」
 思わず両手で顔を押さえて呻くと、悠里が立ち上がった。
「ちょっと要君に電話するねぇ! 要君、電話貸してぇ!」
「いいよ」
「待った。沢本ならいねぇぞ」
「え?」
 茜の座る机の横にある電話に手を伸ばしかけていた悠里が振り返る。
「さっきデッドエンドからナオに電話してもらったら、沢本は外出中でいないって。代わりにその二人組のことはもうハウンドには伝わっている」
「きゃー! もっと大変! どうしよう!」
 慌てふためき、しかしやはりどこか緊張感がないまま悠里が電話に飛びついた。番号を聞かずとも、ハウンドの本拠地の電話番号を熟知しているくらいには、連絡を取り合う仲らしいということがそれでわかる。
「あたしの手に負えないぞ、こりゃ……」
「ダメ元で三嶋さんに手を引いてもらうしかないね。でも三嶋さんの性格じゃ、むしろかえって面白がって燃えるからなぁ」
 どうやら茜も三嶋とは旧知らしい。茜の人脈も侮れない。
 これまでビアンカが引き受けてきた仕事はひどくシンプルだ。強盗の助勢、武器弾薬や薬の運び、そして殺し。程度の差があるのは規模の差であって、入り組んだ仕事はそう引き受けることはなかった。
 しかし今回の騒動はこれほど短い時間の間に、立て続けに起きて、そして状況は目まぐるしく変化していく。それも悪い方へと。ややこしいなんてものじゃない。
 更に最悪なのは複雑に絡み合っている。誰が敵で誰が味方になるのか、いよいよわからなくなりかけていた。
「あたし、西郷だけど、リオン君? あのね、ハウンド全員へ召集かけて。さっきナオちゃんからハウンド本部へ電話が行ったと思うけど、そのことについてあたしから話があるって。今回あたし、指揮を任されているからって付け加えて」
 受話器越しに話しているのを聞いてぎょっとする。この件についてこの頼りなさそうな女が、指揮を執る?
 それもあのハウンドの集団を!
 ハウンドの構成員の数は実際のところ知られていない。カジノで働くメンバー、売春宿で女たちを管理しているメンバーから、実働部隊とされる人間までと幅広く、更にはフリーの連中まで時折下請けをさせているため、どこからがハウンドなのかわからない。
 しかし沢本の一声で、一斉に動くことだ。
 例えば朝にバートが沢本との賭けに負けたラムダーク。あの店は沢本の店ではない。しかしそれとなく沢本の周辺に集まりだし、不審な動きを一つ見せただけで一斉に動いた。もしも沢本がその場で殺せと命じていれば、あの店の中で暴れることになっていただろう。
 そのハウンドの連中をこの少女めいた容貌の女が?
 そんな目で見てしまうと、茜が小さく笑った。余程ビアンカの顔にその驚愕の表情が出てしまっていたらしい。
「笑いごとじゃねぇよ……」
 最悪な状況はこれ以上ないというほど泥沼化している。これは更に悪化する前兆でしかないという確信もあった。
「もしも三嶋さんと一対一になったら手を引く事。君もある程度は三嶋さんのこと知っているようだから、この意味がわかるだろう? 要さんも相手が三嶋さんだったとわかれば、納得してくれるよ。ただ僕たちの古い友人なんだ。だから彼女を殺すようなことはしないで欲しい」
「やらなきゃやられる状況じゃなければな」
 せめてもの幸いはまだ三嶋はこちらが同じ相手を探していることを知らないことだ。できたなら知られないうちにあの二人組を捕まえたい。
 無関係ならあとは放り出してしまえばいい。意趣返しに、あの二人に「おまえらの首を狙うバウンティーハンターがいるぞ」と警告すらしてやってもいいが。
 どちらにせよ、悠長にしている時間はないようだ。ビアンカは大きなため息を漏らした。
「あーあ、なんだってこう災難続きなんだよ、ちくしょう」
 どちらにせよ、一度バートに会って女遊びをしている暇はないと言わなければならないようだ。
「邪魔したな」
「待って」
 そう言って踵を返すと、悠里が声をかけた。
「なんだよ?」
「一緒にハウンドへ来て」
「相方を睡蓮華で拾ったらな」
「あぁ、そうなんだぁ……わかった。じゃぁ、その相方さんを連れて要君のカジノへ来て。ナインストリートにあるから」
「はいよ」
 正直、この女が本当にハウンドに対して、影響力があるのかどうかはわからないが、ハウンドの召集を掛けられるくらいにはある。
 ハウンドに逆らうのは得策ではない。デッドシティを捨てるならともかく、ビアンカにとってこの犯罪者の楽園は住み心地のいい場所だった。
 どれほど血塗られていようとも。

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