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49 殺戮のBB

 この女を殺すには一人じゃ無理だ。だが交渉できる人種か? 相手はクライシスマニアのバウンティーハンター。金が欲しくて賞金稼ぎをしているんじゃない。生死の境目が楽しくてしょうがない変態だ。
 交渉材料があるとすれば、沢本か? だが沢本は場合によっては殺せというくらいに、三嶋に非情だ。だがニーナは昔からの知り合いで、手を組んだ事もあると言っていた。
「……」
 昔からで思い出す。確かあの能天気な口調の女が言っていたではないか……
「三嶋」
「なぁに?」
「西郷悠里って女を知っているな?」
 確認するように問うと、三嶋はあっさりと頷いた。
「あぁ、ユーリね。あらやだ、ビアちゃんユーリの友達なの?」
 その口調と表情から、三嶋自身も悠里と知り合いだと隠すつもりはないらしいとわかった。
 嘘を言うか?
 それとも本当の事を?
 しかし切羽詰った今、この手強いバウンティーハンターを丸め込む嘘が思いつかない。
「冗談じゃねぇ。沢本と西郷、両方からの伝言がある」
 交渉材料になるかどうかわからない。賭けるとしたら今しかない。
「まずは沢本だ。邪魔するようなら腕の骨の一本や二本折っちまえ。それでも邪魔なら殺せ」
「えー、ひどい! 要君、そんなこと言っていたの?」
 そう言いながらも三嶋は楽しそうに笑っている。口では非難していても、沢本の言いそうなことだと理解しているのだろう。だめだ、全然交渉材料になる気がしないとビアンカは思った。
 今の三嶋は心底楽しそうだ。我が身に降りかかる災厄を、娯楽としか感じていないようだ。ある意味羨ましい神経の持ち主だと思う。恐怖すらも三嶋の前では娯楽的な感情なのだろう。このくそったれのクライシスマニアめと内心で悪態をついたあと、続きを口にした。
「だから今あんたを殺そうと思ったけど、もう無理だ。あたしは最高のタイミングを逃した」
 正直にそう告げると、三嶋は自分のことなのに他人の失敗談を面白おかしく聞かされているかのような顔で笑った。やはりこの女の感覚はどこかおかしいと思う。
 賞金稼ぎというよりも、賞金首のほうが余程お似合いだ。
「うふ、やっぱりさっき殺そうとしたんじゃない。いけないんだ、ビアちゃん。あたしを殺そうとしたってことは、殺されても構わないって覚悟を決めたってことよね?」
「悪いが、あたしの神様とやらは引きこもりの出不精でな。家から出てくる気配すらねぇんだよ。まだ死んでも迎えに来そうにない。あんた沢本と殺し合いがしたいのか? 別にあたし一人が死んでも沢本にとってはどうってことないが、そいつら沢本の獲物だよ」
 そう言うと、三嶋は視線を二人の男に向けた。そして視線をビアンカに戻す。
「要君の……えー? どうしようかなぁ?」
 普通ここで悩むか? と思う。相手はハウンドだ。沢本一人でも厄介だろうに、その組織丸ごと相手にすることになると言っているのに、沢本率いるハウンドと自分の獲物を横取りされることを同等の天秤に乗せている。
「賞金と同額、沢本に交渉しろ。そうすりゃ、お互いに文句言うこともなくハッピーだろ?」
「うーん、それもそうなんだけどぉ」
「西郷はあんたを殺すなと言ってきた。獲物の取り合いになったら、お願いしてみてぇ? だってさ」
「あー、ユーリも噛んでるのかぁ……どうしようかなぁ?」
 あぁ、やはりこいつはまともじゃないなと思った。
 あのハウンドを相手にしても怯まない。怖いもの知らずなんじゃなくて、怖いものマニアの狂人だ。好き好んで危険な方向に足を踏み入れたがっている。
 脅しも恐喝も無意味。三嶋を動かすとしたら、この馴染みの連中の言動だけだ。沢本一人だけなら、きっと三嶋はものともしない。そんなに欲しいなら警察に突き出した後、奪還したら? と言いだすかもしれない。
 だが悠里の名前を出した途端に揺らいだ。初めて交渉のテーブルにつこうとしている。ならばここが最後の賭けだ。
「最後にもう一つ。そいつら、昨日の夜、先生に手当してもらったくせに、その先生を殺そうとしたぜ」
「……先生って茜君?」
 今までへらへらと笑っていた三嶋が、初めて表情を変えた。男をちらりと見て、もしかしてこの男は馬鹿なの? と言いたそうな表情を浮かべている。
「あぁ」
 悠里に冗談半分でお友達か? と聞いたら頷いていた。
 最後のカードを提示すると三嶋は溜め息を漏らす。苦笑しながら肩をすくめてみせた。
「それは不味いわね。いや、楽しそうではあるけれど」
「どこがだよ?」
 殺そうと思えば、きっとあっさりと殺せる相手を、誰もが特別視している。この街では不釣合い過ぎて、かえってその存在が浮き上がってしまうあの平和ボケそのものの医者を、ハウンドのボスも狂ったバウンティーハンターも特別視している。
 そういえば、睡蓮華のニーナですら、あの先生に夢中だったなと思い出す。
 三嶋は疲れたように溜め息をついた後、頷いて見せた。
「戦争の原因じゃない。茜君に手を出すとか、こいつら地雷原に散歩に行ったようなものね。OK、わかったわ。要君にはあたしが直接交渉する。警察には引き渡さない」
「そうしてくれると助かるっておい!」
 こちらが会話に夢中になっていると判断したのか、男たちは手錠に繋がれたまま走り出した。
「逃がすな三嶋!」
 三嶋は振り返ると同時に銃口を向けた。二度の発砲で、ビアンカが目を傷つけた男が無様に倒れる。しかしその先を走るもう一人が転げそうな勢いで前のめりになりながらも、そのまま細い路地を駆け抜けていく。三嶋がもう一度撃つが当たらない。
「その男をハウンドへ連れて行け!」
 ビアンカは走り出してもう一人を追う。倒れた男を飛び越えて着地した瞬間、傷口が痛んだために顔をしかめた。

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