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48 殺戮のBB

 三嶋がいる方向へ、どやしつけるかのようにして男を追い立てる。途中椅子やテーブルにぶつかるたびに、ビアンカが襟首を掴んで道筋を修正してやりながら、裏口へと連れて行くと、三嶋は路上に転がる男に手錠をかけているところだった。
 どうやらこの女はお得意のブービートラップを仕掛けておいたらしい。吹き飛ぶ威力と方向を計算に入れ、最初に飛び出した獲物の足を止めるようにしておいたようだ。
 こいつは元軍人なのだろうか? と思う程手際がいい。ぞっとするなと胸中で思う。
 積み上げられたビールケースが散乱していて、男はその中にうずくまっていた。
「ありがと、ビアちゃん。ビールおごるわ」
 肩越しに振り返り、三嶋はビアンカに笑いかけた。
「ビールだけかよ? しけてんな」
 そう言って三嶋に向かって男を突き飛ばす。三嶋は笑って横にさけ、足払いをかけて男を一度地面に転ばせた。
「殺さないでくれ!」
 この街の洗礼を土壇場になるまで思い出せずにいた馬鹿な男は、今にもズボンを濡らさんばかりの勢いで叫んだ。その様子を無感動にただ見ていると、三嶋が踵を鳴らしながら男に近付いた。
「あはは! 殺さないわよ、安心して」
 三嶋は楽しそうに笑いながら、手錠を取り出して後ろ手にかけようとしていた。
「……」
 ビアンカはチャンスを図る。
 しかし三嶋は手練れだ。殺さずに動きを封じるだけは難しい。
 ビアンカはそこまで考えて、小さく笑った。
 今のビアンカの契約主は、少なくとも沢本だ。あの女じゃない。沢本が邪魔なら殺せと言うくらいだ、殺したって構わないはず。
 ナイフの柄を改めて握りしめる。殺気を気取られてはおしまいだ。この女は殺し屋ではないが、賞金首の捕獲条件に「生死を問わない」とあれば、迷わず殺してでも仕留めるタイプの賞金稼ぎなのだから。
 間合い角度タイミング。すべてがそろったその瞬間に、心臓を一突きにする。
 三嶋は今、二人の男たちに手錠をかけている。
 ビアンカは静かに息を止めた。
「っ!」
 しかしナイフを握りしめ、襲い掛かろうとしたその瞬間に三嶋は振り返りもせず、踵を後ろに蹴り上げてきた。
 三嶋を観察するように見ていたため、こちらの急襲をかわし、後ろに下がって回避できたが、強張る表情だけは変えられなかった。
「何だよ、いきなり!」
 今の一瞬で冷や汗が吹き出すようだった。この女は後頭部にも目玉をつけているのだろうかと、真剣に思うようなタイミングだった。
「あれぇ? 気のせいかなぁ?」
 楽しそうに笑う三嶋だが、その表情は獲物を見つけたバウンティーハンターそのものの顔だ。ついでにこいつも捕まえておこうかなといった、いつか見たあの表情と重なって見える。
 ビアンカがわずかに息を止めた。たったそれだけのことで、危機を察知してきた三嶋は、超一流の賞金稼ぎということなのだろう。この女を暗殺するのは骨が折れる。プロの軍人か、暗殺専門の殺し屋でなければ、スマートには殺せない気がしてきた。
 ビアンカは相手と自分の力量の差を自覚している。
 正攻法では勝てない。ビアンカに勝機があるのだとすれば、不意打ちをすることだけだ。それに失敗したら最後、あと残されるのは逃げることだけ。
 もしくは口先で丸め込んでごまかすことだけだ。
「ねぇ、ビアちゃん。昼間あたしを見た時には怯えていたのに、どうしてついてきたの?」
 笑ってはいるのに、その眼差しは鋭い。危険な場数を幾多も踏んできたバウンティーハンターは、微かな変化も見逃さない。
 だが場数を踏んできたのはビアンカも同じだ。
 嘘と暴力と薬とセックスにまみれた、世界の肥溜めのような場所で生き抜いてきた。ただ普通に生きることすら困難な場所で生き残るのは、並外れた危険回避能力がなければ不可能だ。
 それだけならばビアンカも三嶋には負けない。
 ビアンカは微かな口角を吊り上げて笑い、唇に嘘を乗せて肩をすくめてみせた。
「暇だって言っただろ。現にそいつをここまで連れてきてやったじゃないか。それなのにこの仕打ちってひどくないか? 追いかけてきた獲物以外は、デッドシティでは狩らない。あんたが言ったことだ」
「だって相方さんを探しているんでしょ?」
「切羽詰っている程じゃない。なんだよ、しつこいな」
 ビアンカはそういって、疲れたように溜め息をついた。これだから油断ならない。やはり体調も万全ではない今、一人で襲うのは難しいようだ。
 何より三嶋のハンターとしての嗅覚に恐れ入った。下手を打てば、こちらの首を持って行かれるに違いない。
 狩りは引き際が肝心だ。追いかけたつもりが、罠に落とされるということはざらにある。それを見極められない者に残されているのは死だけだ。
「ま、いいけど」
 意味深な視線をこちらに向けた後、三嶋は手錠でつないだ二人を見下ろした。その無防備な背中はわざと隙を見せているような気がして、ビアンカは悔しいながらもこの場は引き下がるしかないようだと判断する。
 三嶋に背を向けて、細い路地裏を歩きだす。
「ありゃ、ビアちゃん。手伝ってくれないの?」
「もう十分手伝っただろう?」
 少なくとも一人を取り逃がさなかった。逃げたところで簡単に逃げられないように、目を潰しておいてやった。タダ働きでここまでしたなら、おつりがくるだろう。
 さぁ、どうする、考えろ。このままなら三嶋はこの二人の売人を、賞金として警察に運ぶ。役に立たない警察だとしても、賞金首の拘留くらいはできる。ハウンドに警察を襲わせるのか? いいや、いくらハウンドでも警察には手は出さないだろう。
 もっとも沢本の考えなど、ビアンカの思考とは全く異なる。マフィア壊滅という代物を、幾度となくやってのけたという噂が本当なら、警察であっても相手にするかもしれない。
 せめて今すぐに沢本と連絡がつくなら、どうにでもなるが、生憎電話があっても番号を知らない。
 完全に詰んだなと自嘲するような笑みを浮かべてポケットの煙草に手を伸ばす。
 考えろ、他に手はないか?
 そう思いつつ、煙草を咥えた。

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