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47 殺戮のBB

 ビアンカが見守る中、三嶋は軽やかな足取りで店に入って行った。ビアンカは一度振り返り、通りを見回した。バートの姿はない。
 三嶋が動けば派手なことになるだろう。それにバートが気付くことを願って、遅れてビアンカも入って行った。
 店内はまだ早い時間ながら、客の入りはまずまずだ。テーブル席ですでにジョッキを傾けながら、銃の分解掃除をしている奴もいる。こんなところでするくらいだから、流れ者か直前で使った際に弾詰まりを起こしたのだろう。他はカウンター席にいる。
 先に入った三嶋は獲物に向かって一直線だ。獲物の二人はやはりデッドエンドで見かけたあの二人組みだ。
「……」
 二人はカウンターに座ったばかりで、注文の品が届いたのはビールだけのようだ。痛い目にあったばかりだからか、今日はいきなり商売を始める気はないらしい。
 時間的に茜医院から歩いてきて、ここで注文して座るには丁度いいくらいだ。まさかこいつらだろうか? そんな疑問がよぎる。
 三嶋は娼婦が今夜の相手の品定めをするかのように、嫣然と微笑みながら背後に立って二人ん肩に手を置いた。
「ハァイ、お二人さん、調子はどう?」
「なんだてめぇは?」
「あん?」
 三嶋を振り返った二人は怪訝そうな表情を浮かべていた。昨日の今日だ。見知らぬ人間に話しかけられることに警戒するのも無理はない。
 ビアンカは入り口にもたれた。店主がちらりとこちらを見たが、何も文句を言わないところを見れば、なるほどと思う。
 この店の店主は三嶋がここで狩りをすることを知っている。最初から手を組んでいると思っていいのだろう。連れ立つように入ってきて、席に座りもしないビアンカを見ても文句を言わないということはそういうことなのだろう。
 ならばやはり三嶋を騙し討ちにするには、店の外だ。店の外に出る瞬間までは行動に移せない。
「パルミロ・スキラッチ二百万、アンセルモ・パッラ五十万」
「は?」
 一人は怪訝な表情で見上げた。昨夜デッドエンドの道明寺に撃たれた方の男だ。対するビアンカにフォークで刺された男は心当たりがあるのか、ぎくりと顔を強張らせた。
「逃げろ!」
 片割れの叫びに応えて二人はそれぞれが真逆の方向に走り出した。一人は裏口で、もう一人は入り口だ。しかしながら先ほどから入り口にはビアンカが立っており、ドアにもたれている。
「ここは使えないぜ? よそへ行けよ?」
 ナイフをホルスターから抜き放ってニヤリと笑う。昨夜道明寺に撃たれた方だ。当然足をけがしているため、動きは鈍い。
 もう一人は厨房の奥へと逃げ込み、一度ビアンカを見た三嶋はホルスターから銃を取り出したがこちらへ向けず、そのまま厨房の奥へと走って行った。
「どけ!」
 ビアンカを撃ち殺して逃げようと考えたのだろう。ベルトに挟んでいた銃を取り出してビアンカへ向けようとした。
 しかし先に獲物を手にしていたのはビアンカだ。
「おせぇよ」
 殊更楽しそうに笑ったビアンカは、相手が銃口を定める前にそのスライドを掴んだ。
 ビアンカはナイフを得意としているが、銃を使ったことがないわけではない。金がかかる武器だからこそ、コストを抑えられるナイフを愛用しているだけだ。
 スライドを掴まれただけで銃は引き金を引けない。引き金を引けない銃は鉄の塊だ。
 口元に笑みを張り付かせたまま、ビアンカはナイフを相手の顔に向け真一文字に切り裂いた。
「ぎゃぁっ!」
 ぱっと噴き出した血液がビアンカの顔と胸元を赤く濡らす。切り裂いたのは丁度目蓋だ。そこそこ強い力で切り裂いているので、場合によっては眼球が傷つけられているだろう。
 更にビアンカは相手が仰け反ったそのタイミングを逃さない。思い切り引きつけた足で、腹部を蹴り上げた。
 ビアンカがスライドを放さなかったために、銃は分解されるようにしてバラバラになりながら宙を舞う。目元を押さえて悲鳴を上げながら尻餅をつき、どうにかこうにか逃げようとした瞬間、厨房の奥から爆発音がした。
「うるせぇっ!」
 予期していなかった爆音なだけに、鼓膜が痛くなる。若干音が聞こえづらい。だが突然の爆音の攻撃にさらされたのはビアンカだけではない。店内にいる人間それぞれがその場で身を伏せ、縮こまっていた。クレイモアということはないだろうが、この音は銃声ではない。さすがにそのくらいは音でわかる。手榴弾か何かだろう。
 店主は咄嗟に耳を押さえはしたものの、店の奥を覗き込むようにしていた。騒がないあたり、こうなるくらいは予期していたようだ。
「さぁ、立てよ? それとも立たせて欲しいのか? どうして男って奴はどいつもこいつも、立たせて欲しがってばかりなんだ、え?」
 せせら笑うようにしてビアンカは男を蹴った。まずいな、こいつは獲物じゃないのだと頭の片隅で考えながら、しかしそれでも妙に嗜虐的な気分に陥っていた。
「それとも立たせてもらってイっちまいたいわけか?」
「やめろ!」
 適当に蹴り上げる。しかし男は目蓋を切りつけられて目を開けられない。流れ込む血液が視界を痛みと共に塞いでしまうからだ。
 ビアンカに蹴り上げられ、逃げるように立ち上がるも満足に周囲を見回せない。流れる血液が視界を塞ぎ、痛みに目を開けてみようという度胸すら切り裂かれた。
 ビアンカは薄ら笑いを浮かべたまま、軽く膝を蹴った。
「ほら、そっちの方向だ。歩け。なに殺しはしないさ。多分な」
 今の爆発音にバートは気付く。ただそれに気付いても無視してしまうか、何かしら関連していると思うかは賭けでしかなかった。

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