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42 殺戮のBB

 ビアンカたちが目的の場所にやって来ると、沢本のカジノの前には数台の車とバイクが集まっていて、それぞれ発進し出していた。
「あちゃ、出遅れたかな?」
 バートのバイクが無事だったらここまで移動に時間はかかっていなかったかもしれないが、運が悪く壊れたバイクは昨日砂漠に捨ててきた。
「さて、私たちはどうしたらいいのでしょうかねぇ?」
 なにせ仕事はロハという状況ではあまり張り合いがない。そればかりか、ビアンカならば獲物はナイフだが、バートは銃だ。撃てば撃つだけ費用がかさむ。乗り気にならないのは無理もない。
「まぁ、メッセンジャーの一人くらい残しているだろ」
 間延びした喋りが特徴的な悠里と名乗った女は、ビアンカにここへ来いと言っていた。いまいち信じられないが、あの沢本にハウンドの連中を取り仕切ることを依頼される程の信頼があるならば、一応あの女に従うべきなのだろう。
「あー、腹減った。もう夕方だぜ」
 ビールでも飲んでフライドポテトでも摘まんで一息つきたい。何せ今日は朝からあっちへ移動、こっちへ移動と歩き通しだった。
「なんだか今日は忙しいですからねぇ」
「おまえが言うな」
 バートの倍以上あちこちへ出向く羽目になったビアンカは、不機嫌な表情でそう言うと、バートは微かな苦笑を浮かべた。
 カジノの前を出発してきたピックアップトラックの一台がビアンカたちの前で停車した。
「ビーアちゃん!」
 年齢不詳の子供のような笑顔を浮かべて、荷台から顔を覗かせたのはあの悠里だった。
「あぁ、あんたか……」
「詳細は話すから乗って。それでそちらが相方さん?」
「バート・ワイズマンと申します」
 バートは相手が女とわかった瞬間に、これ見よがしに穏やかな笑顔を浮かべた。神父服も相まって、こうしてただ見ただけでは、銃で人を撃ち殺しているとは思えない。
「神父さんの恰好が好きなのぉ?」
 ありとあらゆる犯罪者で溢れ返っているデッドシティでも、職業を示す、それも神職を示す格好で出歩く人間など珍しいだろう。
「えぇ。単なる戒めですが。あなたは?」
「西郷悠里。悠里でいいよぉ」
「そうですか、よろしく悠里」
 そう言ってさっそく二人も荷台に乗り込んだ。運転手の他、助手席にも一人、荷台には悠里を含めて四人乗っていたので、かなり手狭とはなったが、元々ビアンカたちを途中で拾い上げるつもりだったのか、狭いながらも乗れない程ではなかった。
「で、詳細って?」
「まぁ、簡単に言うとやはり薬物路線から洗うことになったのぉ。それでそれぞれエリアを分かれて担当するのね。行動の基本はマンツーマン。だからBBは最初から二人だから、そのまま二人でお願いね」
「三嶋の件は沢本に伝わったのか?」
「うん、電話で連絡は取れたみたい。要君は多分邪魔なら手足を折るか殺せって言うけど、殺さないでね。あたし、友達なのぉ。ミキちゃんと会ったら、あたしの名前を出してみて。もしかしたらお願い聞いてくれるかもしれないから」
 ちょっと困ったように首を傾げて言う悠里を見て、ビアンカは呆れと情けなさを感じ、皮肉っぽく笑い出した。あの気違いバウンティーハンターに、お願い?
 そんなことを言いだしたら「いいわよ。そのかわりビアちゃんの首を頂戴?」と笑いながら大口径の銃口を突き付けてくるに違いない。
 沢本の言うように手足の骨でも折って動けなくするか、それとも殺す方が手っ取り早いが、殺すとなるとビアンカには荷が重い。あの女が易々と殺されてくれるような間抜けなら、とっくに殺しているというのに……
「有益情報を持っている売人に会ったら、生きて身柄を確保すること。殺しちゃだめよ。売人の背景には大掛かりな組織が必ずいる。交戦することになったら動きに注目して。単に手馴れているのか、それとも訓練を積んだ人間の動きか、よく覚えておいてね」
 その忠告にビアンカは眉をひそめた。特に後半は引っ掛かりを覚える。ちらりと横目にバートを見るとバートもそれに気付いたらしい。
「訓練を積んだ人間である可能性がある、ということですか? それはどういった人間なのか、あなたは想像がついているということですか?」
「うん、そうねぇ……デッドシティは何度か軍と対立したことがあるから。今回も可能性の一つとして視野に入れているだけ」
 そう言ってバートの視線を真っ向から受けた悠里は、小さく笑った。しかしそれは先ほどまで見せていた能天気な笑みとは違い、どこかうすら寒いものが感じられた。
 それよりも何度か軍と対立したことがある?
 どう考えてもこんな小さな街は、軍隊の力をもってすれば半日で焦土と化すことができるだろう。しかしそれができないとなると、この街には……いや、ハウンド、沢本には何かとてつもない権力があるのではないか? そう疑ってしまう。
 知り合ってまだ一日も立たない。けれど関わってはいけない人間と関わってしまったのだと、否応なく自覚しなければならないと思った。
 関わりを絶ちたいなら、この街を捨てるしかない。
「まぁ、今更だし、それはないと思うけど。じゃぁ、BBの二人にはファイブストリート周辺で聞き込みをお願いするね。何かわかったらハウンドか、それが無理ならデッドエンドの道明寺さん、茜医院の茜先生の所なら、要君と連絡がつくからそっちにお願いね」
「了解した。ところで寝る間も惜しんで動き回れとは言わないよな?」
「言わないよぅ! おなかが空いたら食べて、休むときにはしっかり休む。売人に揺さぶりをかけるのなんてほんの手始めだもの。叩く時には街がひっくり返るくらいに騒がしくなるから、その日に備えて休める時には休んでね」
 そう言って悠里は微笑んだ。沢本と言い、悠里といい、この街には化け物が多いようだ。この街がひっくり返るなどと、よく軽々しく言える。
 そうでなくても道端で殺人があるなど普通のことだ。死体が転がっているのも、死体を砂漠に運ぶ乾物屋が歩いているのも、よくある光景だというのに。これ以上に物騒になると宣言してくれた。

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