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Road to the Sky

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レッドスピネル空軍基地へ転属になったオリアーナ・オトウェイ大尉。しかも配属はカイアナイト空軍で「デスサーカス」と呼ばれるカイザー・オロフ・エルセン中佐率いる第一飛行戦隊だった。デ… もっと読む
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15 ナイト・サーカス

 長い間、戦っていたような気もするし、そんなに長くもなかったような気がする。  夕方離陸し、二時間と少し。第一飛行隊の兵装が尽きる頃には戻ってきた僚機たちが戦闘を引き継いでくれた。ローレンツ軍の動き次第では、基地に戻ったあとに補給を受けてとんぼ返りも予想できたが、ローレンツ側の先遣部隊を完全壊滅に追いやったおかげで第一飛行隊はそのまま帰還することになった。 「あー……」  キャノピーを開けてバイザーヘルメットを外す。夜風は思った程涼しくはなかったけれど、少し蒸れた頭には気持ち

14 ナイト・サーカス

「!」  戦場では微かなことに気を取られても、死に直結することがある。  現状に興奮していたオリアーナに生まれた微かな油断は、敵にロックオンさせる機会を与えた。  しかもそれはアクティブ誘導ミサイル。一度敵をロックオンすれば、命中するまで食らいつく。  味方も敵もひしめく場所で、どう逃げ切ればいいのか。海面ぎりぎりへ降下することで振り切れることもあるが、海上は空母と駆逐艦の激しい戦いが繰り広げられている。 「っ……!」  ためらう時間はなかった。オーグメンターに点火し、一気に

13 ナイト・サーカス

 敵機の内側にもぐりこむようにして接近する。わずかの判断ミスでリーサルコーンを捕らえられ、撃墜されるのがオリアーナになるというぎりぎりのタイミングでの減速し、相手のオーバーシュートを誘う。 ――ちょこまかとよく動き回る、おまえはフォックスバットだな。小っちゃいし。  そう言って笑った初めての上官は、なんともかわいくもないタックネームを付けた。それならもう少しかわいい小鳥の名前でも付けて欲しいと抗議しても、小鳥じゃあんな風には飛べないよと意に介さず、とうとうその嬉しくもないタッ

12 ナイト・サーカス

 先頭機後方に一機、その二機の後方左右に二機が併走するアローヘッドの編隊を組み、カイザーたちブラックスワロウ・ワンからフォーまで、同じ編隊でブラックスワロウ・ファイブを先頭とした四機が、先の編隊よりやや右後方で距離を保ちながら飛行していた。 「もうすぐ作戦空域だ。私たちの仕事は、敵艦載機を空母に戻さないことだ。空母・駆逐艦は海軍の連中に任せろ。我々は飛び回るハエを叩き落とせばいい」  普段ボンヤリしていても、カイザーもまた軍人だ。好戦的な言葉で僚機の戦闘意識を高めてきた。 『

11 ナイト・サーカス

 西日が彼方へと沈もうとしている。夕焼けの空は美しさと不気味さの両方を感じさせる色で雲を染め、これから飛び立つ場所が茜色に染まるということを予感させていた。 「こんなの初めてってやみつきになる程、仕上がりがいい状態にしているからな! 気持ちよく飛んでくれ」  オリアーナが座席に座った途端、梯子を上って顔を出した整備士がこちらを見上げてニヤリと笑った。 「あまり気持ち良くて、あの世に逝ったらどうしてくれるの?」  男という奴は平気で下ネタを飛ばしてくる。いちいち腹を立てていては

10 ナイト・サーカス

 ブリーフィングルームへ飛びこむと、すでに作戦の説明が始まろうとしていた。カイザーをはじめとする第一飛行隊の他にも緊急招集を受けた飛行隊がいるらしく、予想以上のパイロット数が集まっていた。 「もう時間がない、ブリーフィングだ。方位290より、ローレンツ海軍空母ディアヴォルを確認。駆逐艦四隻を伴っている」  衛星写真だろう。航行する大型空母が駆逐艦を伴いながら大海原の波を切り裂くようにして進む画像が映し出された。  そして映像が切り替わる。 「空母より艦載機二十五機が飛び立ちこ

09 ナイト・サーカス

 昼食後、ヨアヒムが整備隊に連絡を入れると、オリアーナが搭乗する予定のマルチロール機の整備が遅れていると告げられた。  別に実戦機ではなく、練習機でもよかったのだが、整備隊もオリアーナと初めて組むということもあり、機体の不具合がないかを確認するためにも、実戦機に乗って欲しいと頼まれたとサイレントに告げられる。夕方前には終わるということだったので、その頃にフライトすることになった。  そのため、一度ヨアヒムと別れ、部屋の荷解きをして、業務が終わったらとりあえずすぐにシャワーを浴

08 ナイト・サーカス

「よう! サイレント。そっちの子、今度うちに来る子だろ? さっきレッドファングに聞いたぜ。栗色の髪にブルーアイのかわい子ちゃんだって! 聞いた通り、かわいいね! 俺は、同じ第一飛行隊のライモンド・モハーニ大尉。タックネームはベル。よろしくな、かわい子ちゃん。んで、名前は? タックネームは? 彼氏いるの?」  矢継ぎ早に繰り出してくるベルことモハーニ大尉に、一瞬面食らう。ベルというタックネームの由来は、聞かずとも察してしまった。  ヨアヒム程ではないが背が高く、赤毛にスモークブ

07 ナイト・サーカス

 基地の主要施設の案内は、その後も続いたが、途中で頼りにしていたハーマンがいなくなったために、ヨアヒムと二人きりになった。  物静かすぎる相手が苦手なオリアーナだったが、それでも「男性至上主義者」よりましかと思い直す。  軍隊の中には偏った思考の人間など腐るほどいる。中でも軍人など女が務まるものではない、後方の支援にのみ徹していろという偏った考え方の人間も多い。  そうしたタイプは女性蔑視とも取れる言動を平気でとれる。そしてそうした視野の狭いタイプは早々に自滅する。最もパート

06 ナイト・サーカス

 微妙な気持ちで手のひらの飴を見つめていると、ヨアヒムもハーマンもすでに口の中に転がしている。一人だけ食べないのも、かえって子供っぽい意地を張っているように見られる気がして、オリアーナは飴を口に放り込んだ。  爽やかな柑橘系の味だった。 「ところでフィッシャーマン。団長のタックネームが思い出せないんだけど、なんだったか覚えてる?」  ハーマンは年上だろうとなんだろうと、あまり気を使わないらしい。階級が少佐であっても自分のペースで話しているが、バリー少佐は怒るどころか普通にして

05 ナイト・サーカス

 カイザーの執務室を後にすると、なぜかヨアヒムだけではなくハーマンも一緒についてきた。オリアーナにとっては願ったりかなったりだ。ヨアヒムは口数が少ないので、必要最低限のことしか言ってくれない。陽気なハーマンがいたほうが色々なことが知れるような気がした。 「ところで、レッドファング。エルセン中佐のタックネームは前から団長?」  ハーマンは入室してきたときから、カイザーのことを団長と呼んでいた。デスサーカスのエースだから団長なのだろうが、元々そういうタックネームならば出来過ぎな気

04 ナイト・サーカス

 艶を消した金髪に鮮やかなスカイブルーの瞳。年齢は三十代初めといったところだろう。顔立ちだけで判断するなら、切れ者な青年将校といったところだが、実状を目の前で見せつけられた今、見たままの印象を抱き続けるのは難しい。 「すまない」 「すまないじゃないですよ、団長。俺が来なきゃ、二人揃って団長が気付くまでここでずっと放っておかれたままじゃないですか。それじゃなくてもサイレントは自分からじゃ、滅多に口を開かないっていうのに。はいこれ、メールでも添付しておきましたが、レポートのデータ

03 ナイト・サーカス

 基本的に同じつくりだろうと想像していたが、やはり想像と同じような内装だった。コンクリート製の地下四階、地上五階建て。窓は滑走路から離れているとはいえ、戦闘機から放たれるエンジンの騒音が振動となり伝わるため、割れにくく分厚い仕様となっている。  廊下を歩く将校たちも様々だ。迷彩服に作業着、軍服にフライトジャケット。  ここ数日、引っ越しの作業もあってオリアーナは戦闘機に乗り込んでいない。フライトジャケットを見るだけで、空に飛び立ちたくてうずうずする。  ヨアヒムの案内の元、エ

02 ナイト・サーカス

 その名が有名になったのは半年ほど前。停戦と交戦を繰り返す宿敵・ローレンツ連邦国への進行のおり、その戦果が驚異的であったために有名になった。  元々抜群の飛行センスがあり、将来を嘱望されていたパイロットであったが、ローレンツ連邦国ダイン領空の制圧時に、敵機の撃墜数が一日の戦闘で五機の撃墜、カイザー以外の第一飛行隊だけで十三機の撃墜、五日間の戦闘でカイザーだけでも十四機、カイザー以外の第一飛行隊は三十二機の撃墜に成功した。  これにより、ローレンツ連邦国ダイン進行の切欠となり、