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03 ナイト・サーカス

 基本的に同じつくりだろうと想像していたが、やはり想像と同じような内装だった。コンクリート製の地下四階、地上五階建て。窓は滑走路から離れているとはいえ、戦闘機から放たれるエンジンの騒音が振動となり伝わるため、割れにくく分厚い仕様となっている。
 廊下を歩く将校たちも様々だ。迷彩服に作業着、軍服にフライトジャケット。
 ここ数日、引っ越しの作業もあってオリアーナは戦闘機に乗り込んでいない。フライトジャケットを見るだけで、空に飛び立ちたくてうずうずする。
 ヨアヒムの案内の元、エレベーターで三階に向かい、目的とする上官の部屋へと辿り着いた。
 ヨアヒムがノックをするが、返事がない。続けてもう一度ノックをするが、やはり応答がない。
「不在なのでは?」
 首を思い切り曲げてヨアヒムを見上げる。ヨアヒムはオリアーナを見下ろした後、首を横に振った。
「いや、いるはずだ」
 上官の執務室だというのに、ヨアヒムは続けて何度もドアを叩いた。こんなことをしようものなら、大抵の将校ならば叱責するだろう。何せ、来訪を告げるための控えめな物ではなく、借金取りが催促にきたと言わんばかりの乱暴な叩き方だったからだ。
『あ……入れ』
 あ? 何それ、今頃気づいたというのだろうか?
 そう思ったところで口にはしないが、ヨアヒムが小さなため息をついた。どうやらこうした反応はよくあることらしい。
「失礼いたします。オトウェイ大尉をお連れしました」
 ヨアヒムがドアを開けてそう言うが、それに対しても返事がない。感じの悪い人だなぁと思いつつ、ヨアヒムの後をついて中に入る。
 執務室はそこそこに広いが、応接用のソファーがあるわけでもない。完全に個人のための執務室といった様相だ。一応第一飛行隊の隊長となるために与えられた執務室なのだろう。
 机の前に座っている部屋の主の視線は、光学ディスプレイに向けられたままで、入室してきた部下には向いていない。時折キーボードを操作しつつ、それでも視線はディスプレイに向けられたままだ。
 ヨアヒムがちらりとオリアーナを見て、小さく首を横に振った後、勝手に休めの態勢を取った。上官に指示されるまでは直立不動が望ましいのだろうが、勝手がわからないオリアーナもヨアヒムに倣うことにした。一応ヨアヒムの階級はオリアーナより上だ。ヨアヒムに倣うならいいだろう……と思う。
 その後もカイザーの視線はディスプレイに向けられたまま、時折何かしらを入力している。目の前に部下がいることを忘れているかのようだった。
 配属された直後なのだから、挨拶くらいはするけれど、やってきた部下を放っておくというのも傲慢な話だった。
 ヨアヒムに言わせると真面目で勤勉という話だったが、これでは傲慢で慇懃無礼の間違いじゃないかと思ったところで、また背後でドアがノックされた。
「どうぞ」
 しかもその返答はカイザーではなく、ヨアヒムが応えた。上官が目の前にいるのに、部下が勝手に答えていいのものだろうかと思う間もなく、ドアが開けられて、よく日に焼けた兵士が一人入室してきた。
「失礼しますよ、団長」
 入ってきたのはヨアヒムに比べるとやや背は低いが、それでも小柄なオリアーナからすると巨体な男だ。赤茶色の髪を短く刈った迷彩服の男は、部屋の様子を一目見るなりニヤリと笑った。
「おい、サイレント。その子、新しくうちに来た子だろ?」
「そうだ」
 その口ぶりでは、この人物も同じ第一飛行隊所属の兵士らしい。筋骨たくましい厳つい外見には似合わず、人懐こい笑顔を向けてきた。
「二人でぼーっと突っ立っても、団長が気付くわけねぇだろ? ったく、おまえって奴は。俺はハーマン・サンプスン大尉。タックネームはレッドファング。今度からお嬢さんと同じ第一飛行隊の仲間さ」
 ハーマンはカイザーのことを気にする様子もない。オリアーナは勝手に私語を漏らしていいものか躊躇ったが、横目に見たところでカイザーが気にする素振りもないので答えることにする。
「はぁ、あ、イエス・サー。オリアーナ・オトウェイ大尉です。タックネームはフォックスバット」
「そうかい、よろしくなフォックスバット。あと、堅苦しい口調はなしな? それからうちの団長は空にいる時はキビキビしてるが、地に足を付けた途端に鈍くなるんだ。悪いな、待たせちゃって。団長、いい加減にしてくださいよ?」
 そう言ってハーマン・サンプスンと名乗った大尉は、ずんずんとした足取りで近づくと、両手を机について身を乗り出した。
「っ! レッドファング、いたのか?」
 身を乗り出されて影ができて、はじめて身近に部下が迫ってきたのに初めて気付いたといった様子だった。驚いたのか、しげしげとハーマンを見上げている。
「いたのか? じゃないですよ? 新しい部下が目の前にいるっていうのに、放置したまんまってひどいじゃないですか」
「あ……」
 言われて始めて気付いたといった様子だった。なるほど、傲慢でも慇懃無礼でもなく、単に鈍いのかと印象の書き換えをする。
 ようやく顔をあげたカイザーは、オリアーナを真っ直ぐに見つめた。

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