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14 ナイト・サーカス

「!」
 戦場では微かなことに気を取られても、死に直結することがある。
 現状に興奮していたオリアーナに生まれた微かな油断は、敵にロックオンさせる機会を与えた。
 しかもそれはアクティブ誘導ミサイル。一度敵をロックオンすれば、命中するまで食らいつく。
 味方も敵もひしめく場所で、どう逃げ切ればいいのか。海面ぎりぎりへ降下することで振り切れることもあるが、海上は空母と駆逐艦の激しい戦いが繰り広げられている。
「っ……!」
 ためらう時間はなかった。オーグメンターに点火し、一気に加速して上昇する。アクティブ誘導ミサイルはオリアーナの機体に迫りくる。
 もう少し上へ、もっと上へ! 逃げ切れれば勝機は見える。だが直線的な動きでは追いつかれるため、どうしても左右に振りながら逃げなければならない。その機動の間にアクティブ誘導ミサイルは迫ってくる。
 上に飛ぶことでミサイルは空気抵抗を受けて速度が遅くなる。いつまでも追いかけ続ける程ミサイルには威力はない。エネルギーを消費してしまえば、あとは惰性で飛ぶだけだ。そうなれば逃げ切れる。
 だが戦火飛び交う場所で逃げ切れる程、飛びやすい場所はなかった。味方を避けて、敵を避けて、そうしてミサイルから逃れることは不可能に等しい。
「いやっ!」
 そして唐突に敵とヘッドオン。目の前にいる。ミサイルから逃げることに集中し過ぎて、敵がこんな近くにいると思わなかった。
 逃げなければ死ぬ。
 一瞬でその考えに支配されたのに、脱出したところで待っているのは死だ。この下は砲弾が飛び交っている海域だ。そこに落ちて助かるはずがない。
 死にたくない。ただそれだけが頭を支配した。だめだ、このままでは死ぬ。せめて目の前の敵を撃ち落とさなければと思うのに、死の恐怖に支配され何もできなかった。
「ブラックスワロウ・エイト!」
 カイザーの声だ。カイザーがオリアーナを呼んでいる。凍り付いた思考が一気に氷解し、ラダーペダルを踏んでロールした。そして次の瞬間、目の前で敵の機体が爆発した。
「っ!」
 急上昇して激突を避ける。コックピットに赤い炎と黒煙が覆いかぶさる。
「そのまま上昇しろ」
 今度はサイレントだ。言われた通りに上昇する。その直後にミサイルアラートが消えた。
「大丈夫か?」
 カイザーの声に、涙が出そうになる。
 オリアーナとヘッドオンした機体をカイザーが撃ち落とし、そしてオリアーナに食らいつこうとしていたミサイルを、サイレントが機銃で撃ち落としたのだ。
 誰もが自分のことで精いっぱいだっただろう。ここは戦場だ。気を抜けば死ぬのは自分。それなのに、カイザーはいち早くオリアーナの危機を察し、そしてサイレントもまたパートナーの危機に駆け付けた。
 無線はつながったままだ。特に打ち合わせたわけでもないのに、二人は互いの役割を把握して実行した。
 涙が出そうで鼻の奥がつんとした。でも今はメソメソ泣いている場合じゃない。
「アイ・サー! 助かりました!」
「よし、もう少しこの空域を片付けろ。私は少し海軍の援護に回る」
 カイザーはそう言って離れていく。カイザーの機体を追うように、フィッシャーマンの機体がついて行く。その先にいるのは敵の母艦ディアヴォロスだ。
「ブラックスワロウ・エイト、方位250付近へ向かう。あの辺りはまだ密集している。特殊兵装は使ったか?」
「出し惜しみしていたから全部ある!」
「持ち帰る必要はない。全部敵に押し付けろ」
「アイ・サー!」
 声では明るく振る舞った。けれど足が震えている。久しぶりに死を覚悟したからだろう。冷や汗が背を伝うのがわかった。
 心臓が口から飛び出すのではないか? と思う程に鼓動が早まっている。
 けれど最大の危機を乗り越えたと思った。
 誰もが一人で戦う。けれども近くには心強い味方もいる。
 そう思ったとたんに勇気が湧いてきた。
「ブラックスワロウ・エイト、交戦」
 静かな宣言は自分に対する鼓舞だった。必ず、生きて帰ると……


 艦載機を空母へ返すなのオーダーは徹底され、撃墜数はローレンツ側と瞬く間に入れ替わった。極めつけは空母そのものへの対艦ミサイルでの攻撃だ。
 それを行ったのはカイザー・オロフ・エルセン中佐。
 電光石火と呼んでも差し支えのない速さで空母へ接近すると、飛び交うすべてのミサイルを潜り抜けて空母への攻撃を加えた。これにより、敵空母・ディアヴォルは通信塔を破壊。続けて空母のカタパルトをめがけた攻撃に成功する。
 片腕であるブラックスワロウ・ツー、キャメロン・バリー少佐もカタパルト破壊に成功させた。
 離発着にともなうコントロールが制御不能になった空母は、カイアナイト海軍駆逐艦による総攻撃を受けて機能停止状態におちいる。
 極め付けが、ハーマン・サンプスン大尉による、底意地の悪い無線だ。
 わざわざ敵の周波数に合せて、「よぉ、ローレンツ。今夜のサーカスはどうだ? サーカス見たさにここまで来たんだろ? デスサーカスを生で見た感想はどうだよ? 楽しいか?」とローレンツ語で挑発し、生存しているパイロットたちにプレッシャーを与えたことだ。
 ローレンツ連邦国にとって、デスサーカスとは鬼門の名だ。自国の新聞社が付けたそのネーミングは海を渡り、カイアナイト合衆国にまで広がった。
 味方となれば心強い。しかし敵となると死を振りまく恐ろしい存在となる。
 電子機器の最先端を装備していても、信心深いパイロットも多い。その名を聞いたら生きて帰られない、そんな恐怖がのしかかるのは想像に難くなかった。
 帰る空母もない。そうなると燃料がなければ海に墜落する。カイアナイトの海域に墜落すれば、救助されたところで捕虜になる。そもそもこの夜の海で海に落ちて助かるのか? という純粋な恐怖もある。鮫に食われる可能性だって捨てきれない。無事だとしても、低体温症からの死、負傷していれば失血死だってある。
 パニックになったローレンツ海軍飛行隊は戦線を放棄し、後方の空母へと向かって全速力で逃げ出す。もちろん第一飛行隊はそれを許さなかったし、その頃には補給を受けた味方の機体が戦線に復帰しており、逃げ帰る機体を全機撃墜した。
 空母という味方を失い、飛行隊からの援護を失い、逃げ惑う駆逐艦は、体勢を整えたカイアナイト海軍の駆逐艦により沈没させられた。
 先遣隊全滅という状況を知ったローレンツ軍後方部隊は、途中撤退を開始する。ある程度の損害は想定していただろうが、先遣部隊全滅は読み切れなかったのだろう。
 この防衛戦は、カイアナイト側の勝利に終わった。

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