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09 ナイト・サーカス

 昼食後、ヨアヒムが整備隊に連絡を入れると、オリアーナが搭乗する予定のマルチロール機の整備が遅れていると告げられた。
 別に実戦機ではなく、練習機でもよかったのだが、整備隊もオリアーナと初めて組むということもあり、機体の不具合がないかを確認するためにも、実戦機に乗って欲しいと頼まれたとサイレントに告げられる。夕方前には終わるということだったので、その頃にフライトすることになった。
 そのため、一度ヨアヒムと別れ、部屋の荷解きをして、業務が終わったらとりあえずすぐにシャワーを浴びて眠れるようにベッドを整えておいた。本当ならモニターの配線などもしておきたかったが、フライト前に軽く体もほぐしておきたかったため、時間的な余裕がなくて断念する。独身寮の周りを軽く走ってからストレッチをして着替えると、時間としては少し早いなとは思ったが、他の整備士たちとも顔を合わせておきたかったので、ハンガーへと向かうことにした。
「あれぇ? サイレント?」
 長身の黒髪の後頭部が見える。今日が初対面とはいえ、さっきまでずっといた相手だ。
 ひょろ長い長身の人影に話しかける。今日からタッグを組むパートナーであるヨアヒムが廊下を歩いていたのだ。すでにフライトスーツに着替えている。
 オリアーナに呼び止め垂れたサイレントは振り返り、相手がオリアーナだとわかるとわずかに表情を変えた。
「どうして……まだ時間が……」
 敬礼をしながら駆け寄り隣りに並ぶ。まだかすかに戸惑っているヨアヒムを見上げて事情を説明した。
「ん、どうせなら今日からお世話になる機体を見たいのと、整備士さんやマーシャラーたちにも顔出ししたいと思いまして」
「そうか……どちらでもいいが、かしこまらなくていい。今日からパートナーだから」
 長身のパイロットはそう言うと疲れたように溜め息を漏らす。
 本来なら少佐という階級なので、馴れ馴れしい態度だと規律がなっていないと言われることもある。
 しかしどうもパイロット同士というのは、気安くなりやすい。厳しいい難関を乗り越えてきた同志という絆が生まれるためだろう。
 タックネームで呼び合うことも、その関係に一役買っている。
「そういえば、レッドファングもベルも随分サイレントに馴れ馴れしいというか……一応階級上だけど、いいの?」
 試しにそう言ってみると、サイレントは小さく頷いた。
「別にいい。気にしない」
 口数は少ないし、あまり賑やかな方ではないが、気難しい男ではないようだ。ベル程やかましいのも考え物だが、そう悪い人間でもないようだ。
「そう。じゃ、改めてよろしく、サイレント」
 拳を突き出すとサイレントも軽く拳をぶつけてきた。
 団長こと、カイザー・オロフ・エルセン中佐にはあれこれと理想は打ち砕かれてしまったが、第一飛行隊全体の雰囲気は良好だった。
「ねぇ、団長とフィッシャーマン、レッドファングとベルは見たわ。あと他に誰がいるの?」
「ビッグベアとドードーだな」
「あ、なんかレッドファングが通信で団長のタックネーム聞いた人だね。ビッグベア……いかにもそうなんだけど、ごつい人?」
 タックネームの付け方は色々あるけれど、見たままをつけられることも多い。オリアーナがそう問いかけると、ヨアヒムは頷いた。
「……毛深い」
「あぁ、なるほど。髭も体毛も濃いのね」
「そうだ」
 多分一目でわかるんだろうなと思う。
 格納庫へ向かう傍ら、もう少し仲間について聞きだそうとしていると、スクランブル要請のサイレンが鳴り響いた。
「サイレント……」
「うちは第三種配備だ」
 第一種戦闘配備は、燃料兵装共に装備が完了し、滑走路に向けていつでも飛び立てる用意が出来ている状態だ。戦闘に向けてのブリーフィングも終えていて、出撃命令を待っている。
 第二戦闘配備は、基地から離れることなく、戦闘に向けての用意が整っている。いつスクランブル要請があっても対応できるようにしている。
 今回の第三種配備はいわば隠語で、ローテーション上基地勤務を差している。着任早々みながレポート提出の書類について口にしていた。恐らく第一種戦闘配備明けなのだろう。オリアーナが今日転属になってきたこともあり、少なくとも今日だけは地上で過ごすことになる。
「そう、それなら」
 よかったと続けようとした時、ヨアヒムの通信機が鳴った。
「はい、ヨアヒムです」
『サイレント、今どこにいる? そこにフォックスバットはいるか?』
 廊下に鳴り響くサイレンの音に混じっているため、携帯端末機からこぼれる声は微かにしか聞き取れない。しかしサイレントの視線がオリアーナに向いたため、自分に関係があることなのかとオリアーナは思う。
「イエス・サー。これから格納庫へ向かう予定でした。夕方前からフライトの予定で……」
『すぐに飛んでもらう。今のスクランブルだが、うちにも出撃要請が来た。連中、相当な数できたようだ。応援要請が来た』
「アイ・サー。ではすぐに向かいます」
 ヨアヒムはそう言って敬礼を向けて通信を切った。断片的に聞いていたオリアーナは頬を引きつらせた。
「え、ちょ、待って? まさか、あたしも?」
「当然だ。何も今日が初フライトというわけじゃないだろ」
「で、でも初めて乗る機体で、まだ試してとんでもない上に、サイレントと組むのだって今日が初めて、それどころかまだ仲間全員と顔も合わせていないのに!」
「問題ない。手をつないで飛ぶわけじゃない。そうだろ?」
「そ、そうだけど!」
「それより、急ぐぞ。スクランブルだ」
 そう言うとサイレントは先に駆け出して行く。
「えぇぇ!」
 そう言いながらオリアーナも駆け出すが、不安しかない。
 まだ飛んだことのない機体に、一緒に飛んだことのないパートナー。そしてまだ顔も合わせたことのない仲間と、突然初戦闘!
 しかしながら、敵がこちらの事情を察して攻撃してくるとは思えないわけであり、何もかもが唐突であるのはしかたのないことだった。
「どうしよう……」
 思わず不安を口にする。確かに前の基地でもスクランブル発信に赴いたこともあるし、実戦戦闘も何度も経験した。
 けれどもこんな環境では初めてのことだった。
 不安を拭おうとすればする程不安になり、オリアーナは微かに胃が痛むような気がしていた。

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