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07 ナイト・サーカス

 基地の主要施設の案内は、その後も続いたが、途中で頼りにしていたハーマンがいなくなったために、ヨアヒムと二人きりになった。
 物静かすぎる相手が苦手なオリアーナだったが、それでも「男性至上主義者」よりましかと思い直す。
 軍隊の中には偏った思考の人間など腐るほどいる。中でも軍人など女が務まるものではない、後方の支援にのみ徹していろという偏った考え方の人間も多い。
 そうしたタイプは女性蔑視とも取れる言動を平気でとれる。そしてそうした視野の狭いタイプは早々に自滅する。最もパートナーにしたくない。
 そういうタイプよりかは、物静かなヨアヒムのほうが親しみやすい。苦手な部分を掘り下げるよりも、好意的になれる部分を広げていった方がいいに決まっていると思いなおすことにした」
「サイレント、デスサーカスってどんな感じですか?」
 施設を案内してもらっている途中、そんな質問を口にしてみると、ヨアヒムはオリアーナを見下ろした後、考え込むように眉間にしわを寄せた。悩む程、答えにくい質問だったのだろうか? とオリアーナが考え込んだ時、ようやくヨアヒムが口を開いた。
「自分もそう長くいるほうではないから何とも言えないが。この時代に生まれ、同じパイロットとして、同じ空を飛べることを誇りに思う。もっと感じることはたくさんあるんだが、それを口にするのが難しい。フォックスバットも、そう遠くないうちに出撃することになる。その時に、多分自分がうまく言えないことを、肌で感じ取ってくれるんじゃないかと思う」
 そう口にしたあと、ひどく疲れたように小さな溜め息を漏らした。ヨアヒムにしては長台詞だ。本当に会話をするのが苦手なようだ。
「なんか神がかり的な言い方ね」
 まるでカイザーを崇拝しているようで、そんな部分はオリアーナには共感できない。尊敬と崇拝では意味が全く異なるような気がする。
 オリアーナの言葉から、そうしたニュアンスを感じ取ったのか、ヨアヒムは首を振った。
「うまく言えないと言った。こう嫉妬する部分もあるんだ。同じパイロットなのに、なぜこうなれないんだろうという苛立ちと、決してこうはなれないんだという絶望感もある」
 ヨアヒムの正直な内心の吐露に、オリアーナも初めて共感できるような気がした。
 同じ戦闘機で、同じ飛行時間数でも、同じようには飛べない。性格的なものから、どうしても飛行パターンは異なってくる。
 他のパイロットの飛び方がひどく羨ましいこともあれば、逆に自分にしか飛べないだろうという自負できる部分もある。
「それなら理解できるかな。みんなそうした部分は何かしらあるし」
 そう言うと、ヨアヒムは頷いた。
「ここに来られてよかったと思う。今後移動命令が下って、またどこかの基地に配属されても、デスサーカスでの経験は生きてくると思う。もちろん、デスサーカス以外の基地で学んだことがあるから、そう思えるわけだが……やはり一度団長と飛んでみるといい。今日はなかったとしても明日以降、飛ぶ機会もあるだろう」
「うわぁ、なんか楽しみ。それじゃなくてもここ数日は引っ越しの荷造りもあって飛んでないから、早く飛びたいなぁって楽しみなのに」
 戦争が好きなわけではない。攻撃を繰り出せば、必ずそこには死が生まれ、誰かがオリアーナの攻撃で死んでいく。
 その事実は頭でわかっているのに、実感があまりなかった。
 空を飛ぶことができるなら、終わらない戦争に身を投じても後悔はなかった。やはりパイロットはどこかおかしいのだと思う。
「ここが食堂だ。丁度いいから食べていくか?」
 午後から飛んでほしいと言われている。正午前ということもあり、人の数はまばらだ。満腹で戦闘機に乗るよりも、落ち着いてからの方がいい。
「そうですね。お勧めはなんですか?」
「……自分は、白身魚のムニエルが好きだが、常設メニューじゃない」
「あたしはパスタが食べたいけど、久しぶりに戦闘機に乗るんだし、お肉食べておこうかな?」
「それがいい。肉ならなにかしら必ずあるから」
 微妙な堅苦しさを感じつつ、食堂に入って行く。カイアナイト空軍では食堂は二十四時間営業だ。ベンダーやコーヒーハウスは営業時間が決まっているが、食堂だけは誰もが利用できる。
 基本的に下士官から士官まで利用できる施設だが、よく見ると一度に十人程度が座れる簡素なテーブルにパイプ椅子の席と、クッションのきいたソファータイプの席がある。
 ソファータイプの席は士官用だ。だが数からして、高級将校用と判断していい。オリアーナ達が座っているのを見られれば、上官に叱責されるかもしれない。
「えーっと、今日の日替わりメニューはっと?」
 携帯端末機で基地の情報にアクセスする。日替わりメニューと固定メニューがあり、兵士は好きなものを選ぶことができる。
「あ、ビーフシチューだ。どうしようかな、ステーキよりビーフシチューのほうがおいしそう」
「……基地のより、団長のほうがうまい」
「え?」
 ヨアヒムを見上げると、微妙な顔をしてこちらを見下ろしてきている。何かを言おうとして口を開くが、言い淀んで口を閉ざす。
「ごめんなさい、今なんて?」
「あー……その……なんというか……」
 ヨアヒムが再び言い直そうとした時、オリアーナとヨアヒムは同時に背中を叩かれた。

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