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02 ナイト・サーカス

 その名が有名になったのは半年ほど前。停戦と交戦を繰り返す宿敵・ローレンツ連邦国への進行のおり、その戦果が驚異的であったために有名になった。
 元々抜群の飛行センスがあり、将来を嘱望されていたパイロットであったが、ローレンツ連邦国ダイン領空の制圧時に、敵機の撃墜数が一日の戦闘で五機の撃墜、カイザー以外の第一飛行隊だけで十三機の撃墜、五日間の戦闘でカイザーだけでも十四機、カイザー以外の第一飛行隊は三十二機の撃墜に成功した。
 これにより、ローレンツ連邦国ダイン進行の切欠となり、メディアはこの第一飛行隊を「デスサーカスの来襲」と伝えた。それが今では空軍に広まり、カイザー率いる第一飛行隊は「デスサーカス」と揶揄されるようになった。
 当然、前任地でその話を聞いたオリアーナは、同じパイロットとしてすごいなぁと感心し、いつか会ってみたいものだとは思っていたが、まさか自分がそのデスサーカスの一員に抜擢されるとは思ってもみなかった。
 もちろん、オリアーナが抜擢されたということは、第一飛行隊から欠員が出たということである。戦闘機乗りたちの中で、ましてや現在も戦況が激しい現在で考えれば、五体満足な形での退役ではない。撃墜されたと考えるのが普通だろう。
 戦争をしているのだから、常に死は隣り合わせだとわかっている。わかっていても、一度でも空に飛び立ったパイロットたちは、死よりも飛べなくなることのほうが恐ろしく感じてしまう。
 皆どこかイカれている。程度の差はあれ、誰もが空に憑りつかれている。
 オリアーナは歩き出したヨアヒムの後ろをついて歩く。どうやら軍用エアカーで迎えに来ていたらしい。
 戦闘機の滑走路もハンガーも、ここからは離れている。当然基地本部もまた離れている。
 そのため移動には車は欠かせない。
 エアカーに乗り込むと、ヨアヒムは静かに車を発進させた。こちらから話しかけなければ、何も言いださない雰囲気がある。溜め息をつきたいところをぐっとこらえた。
 人嫌いというわけではないだろうが、せめて出迎えに人を寄越すならば、もう少し口数が多い人が良かったなぁと漠然と思いつつ、オリアーナたちは基地本部へと向かった。


 カイアナイト軍は、陸海空問わずに男女混合で配属される。それはどの部署も問わないが、パイロットもそうである。
 それでも女性パイロットの数は圧倒的に少ない。少ないけれど、ゼロではなかった。
 オリアーナがパイロットを目指した切欠は、そう褒められたものではない。
 子供の頃住んでいた街に空軍基地があった、それが理由だ。
 毎日爆音を立てて上空を飛んでいく戦闘機に、自分も乗ってみたいと思った。戦争理由なんてどうでもよくて、戦って国を守るという使命感もなく、ただ戦闘機に乗りたいと、大空を一瞬で飛び去るあの鉄の翼を自分も手に入れたいと、ただそう思ったことが理由だ。
 飛ぶだけならヘリコプターでも同じこと。しかしオリアーナが憧れたのは、瞬く間に飛び去る戦闘機だった。
 女の子たちはそんなの女には無理だと心配そうに言い、男の子たちはおまえのようなチビには無理だと言われた。
 けれど今こうして、戦闘機パイロットとしてここにいる。
 訓練所の訓練は過酷だ。一人のパイロットを養成するために徹底的に教え込む。それは戦闘機一機の値段にも関係する。たった一機に莫大な資金を投入するのだ。それを操作するパイロットは、生半可な兵士が乗れるわけがない。そして莫大な費用をかけて育成するのだ。途中で脱落するような人間に機体を預けることなどできない。
 戦闘機に乗りたいという動機だけではパイロットにはなれないのだ。
 空軍に入るものが皆パイロットになれるわけではない。むしろ、パイロットになれない者の方が圧倒的に多い。
 適性検査で振り分けられ、訓練途中も常にそれは続く。試験の失敗は一度きり。二度目は許されない。二度目の試験で不合格となると、二度と戦闘機パイロットにはなれないのだ。
 そうして厳しい難関を潜り抜けてこられたものだけが、戦闘機パイロットとなるのだから、パイロット同士の絆は深い。それがタックネームとなっているようだとオリアーナは思うことがある。
 階級も関係なく呼び合うタックネームは、他の軍隊ではない気安さがあり、それが信頼の証にも思えるのだ。
「あの、サイレント。質問しても?」
「なんだ?」
 無言の車中の空気に耐え切れず、オリアーナが口を開いた。視線はほぼ前方に向けられたままだったが、一瞬だけ助手席のオリアーナを見る。
「エルセン中佐って、どんな人ですか?」
「……噂通りと思ってまず間違いない」
「それは、まぁ、噂になるだけですから、すごい人なんでしょうけど。そうじゃなくて、普段の人柄」
 カイザー・オロフ・エルセン中佐にまつわる噂は、パイロットたちの間では生きた伝説のような扱いだ。
 なにせ敵国・ローレンツ連邦国の人間に「デスサーカス」と呼ばれる程の撃墜王。彼が率いる第一飛行隊は、いつしか畏怖と尊敬とわずかばかりのからかいを込めて、デスサーカスと呼ばれるようになり、その名声が他の空軍基地にも広がっていく。
 まるで物語の主人公のような相手が上官になるので、どんな人物なのか知りたいと思うのは当然のことだった。
 しかしサイレントのタックネームがはまりすぎのヨアヒムは、しばらく逡巡したのち、ぽつりと自信なさげに呟いた。
「……勤勉な人じゃないかと思う。たぶん」
「………」
 ヨアヒムの付け加えた一言が、どうもしっくりこない。性格が悪いとか、暗いとか、サイレント以上に物静かなのだろうか?
 オリアーナとしては、あまり物静かなタイプは苦手だ。嫌いではないが、どうしても間が持たない。
 そういう意味では、今運転をしているヨアヒムなんかが苦手とするタイプに当てはまる。
「真面目な方なのは確かだ」
「ふぅん、勤勉で真面目……」
 噂から推測するには、男らしくて颯爽としたクールな人なんじゃないかな? と思った。携帯端末機で配信された広報には、一度写真が掲載されていたが、何せ司令官も一緒に映っていたため写真そのものが小さい。あげく軍服に制帽までかぶっていたため、顔立ちもいまいちわからなかった。
 切れ者でクールな上官なのか、それとも真面目な堅物か。
 この様子では後者のような気がしてきた。
 前任地のウィングマンたちには、生のデスサーカスの報告送るね! と安請け合いしただけに、これでは期待はずれな情報になりそうだった。特に女性の同僚には事細かいレポートを頂戴と頼まれていたというのに。
 クールな男前ならば、自慢もできたのになぁと、少し肩を落としていると、ヨアヒムの運転するエアカーは基地本部の駐車場へと車を乗り入れたところだった。

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