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05 ナイト・サーカス

 カイザーの執務室を後にすると、なぜかヨアヒムだけではなくハーマンも一緒についてきた。オリアーナにとっては願ったりかなったりだ。ヨアヒムは口数が少ないので、必要最低限のことしか言ってくれない。陽気なハーマンがいたほうが色々なことが知れるような気がした。
「ところで、レッドファング。エルセン中佐のタックネームは前から団長?」
 ハーマンは入室してきたときから、カイザーのことを団長と呼んでいた。デスサーカスのエースだから団長なのだろうが、元々そういうタックネームならば出来過ぎな気もする。そもそもデスサーカスと呼ばれるようになったのは、半年ほど前からだ。
「うんにゃ。団長は確か……あれ、なんだっけ?」
 ハーマンの視線を受けたヨアヒムは思い出そうとして思い出せないらしい。口を開こうとして首をかしげた。
「ちょっと、わからないってことはないんじゃない?」
「えっとさ、確かデビルだったかイブルだったファントムだったような」
「……」
 部下がそろってわからないというのもあり得ない話だった。タックネームは入隊したあと、退役するまでそれで呼ばれる程親しまれるものだ。
「部下が知らないってなにそれ?」
 少し呆れたように言うと、ハーマンは笑いながらがりがりと頭を掻いた。
「いやさ、俺がここに来たときにはみんな隊長って呼んでいて、タックネームで呼ばれてなかったんだよ。な、サイレント?」
 ハーマンに問いかけられ、ヨアヒムは頷いた。どこまでも口を開かない男だなぁと妙なところで感心する。
「ドードーなら知ってるかな?」
「ドードー?」
「同じ第一飛行隊。初戦闘の時にマシントラブルで一人だけ基地に残されたのさ」
 惑星アースで有名な絶滅されたといわれる鳥の名前だ。飛べない鳥の名前は、なぜか空軍で知られている。一説によると、かつて惑星アース出身の親族がいるパイロットがいて、そのパイロットが話したことにより広がったらしい。
 そんな飛べない鳥の名前を拝命されたわけだ。パイロットとして非常にありがたくないタックネームだ。
 ハーマンは迷彩服のポケットから携帯端末機を取り出して、ドードーと呼ばれた仲間に通信を入れた。
「よう、ドードー。ちょっと聞きたいことがあるんだけど、団長のタックネームってなんだっけ?」
 気軽なハーマンの口調に、悲鳴交じりの男性の声が聞こえた。
『そんなどうでもいいことで通信かよ? こっちはレポートまとめるのに必死だってのに!』
「俺はさっき終わったところだぜ。で、団長のタックネームは?」
『そんなの団長に聞けよ!』
 そう叫んで通信は一方的に切れた。もしかしてこのドードーと呼ばれた兵士も、知らないのだろうか……
「チッ、切りやがった……」
 渋面を作ってハーマンはポケットに携帯端末機を戻した。
 ここまでタックネームが知られていないというのも珍しい。
 ましてやパイロットとしての名声は、カイアナイト空軍では知らない者がいないというほど知られている。それなのにタックネームが知られていないというのは謎だ。
「もしかして、結構恥ずかしい感じのものなのかな?」
 オリアーナがそう言うと、ハーマンは首を横に振った。
「いや、それは違う。前に一度聞いたとき、妙に納得した覚えがあるんだよ。なんだっけなぁ……こう、妙にしっくりくるタックネームだったんだけど……」
 ということは印象通りということだ。
「見た目からきたものかな? それとも飛び方とか」
 オリアーナは後者だ。コウモリのようにちょこまか飛び回るからという理由で、フォックスバットと呼ばれた。ヨアヒムは無口だからサイレント。しかしハーマンもレッドファングという、なんとなくカッコいい響きだが、見た目のイメージではない。
「そうだ、レッドファングはなんでレッドファング?」
「あ、俺? 昼食のトマトの皮が歯についていたんだよ。で、それを上官に見られて」
 そう言ってハーマンはにやりと笑って自分の犬歯を指差した。名前の響きを聞くと赤い牙とは洒落ているような気がするが、由来を聞くとなんとも情けない話だ。
 だがタックネームはそう深い意味はなく、案外この程度のノリでつけられ、それがパイロットでいる限りそう呼ばれ続ける。
「団長はさぁ、団長は……あぁ! 丁度いいところに! フィッシャーマン!」
 目の前に一人の将校が歩いてくる。カイザーより少し年上だろう。トレーニングから戻る途中なのか、下は迷彩服だが上はティシャツ姿でタオルを首から下げていた。
「どうした、レッドファング? お、もしかしてうちの隊に来る子?」
「イエス・サー! オリアーナ・オトウェイ大尉、フォックスバットです! よろしくお願いします」
 軽い敬礼をすると、フィッシャーマンと呼ばれた将校は笑顔で敬礼を返す。
「よろしく、フォックスバット。俺はキャメロン・バリー少佐、タックネームはフィッシャーマン。ところでちっちゃいなぁ!」
 カイアナイト軍の入隊条件には、女子は百六十五センチ以上とある。オリアーナは百七十五センチと規定より十センチ高いが、実際軍隊では女性でも百八十センチ台が平均だ。そのためオリアーナくらいの兵士は小柄と見られがちだ。
 その上、男性兵士に囲まれると、オリアーナは壁に囲まれているような錯覚に陥る。この兵士も百九十センチはあるだろう。
「ちっちゃいは余計です! パイロットに身長は関係ありません!」
「関係ないけど、ちっちゃいと思うものはしょうがないだろう? ほら、飴やるよ」
「子供じゃないです!」
 前任地でも子供扱いされたことがあるオリアーナは、ムキになって反論する。しかし差し出された飴をヨアヒムやハーマンも受け取ったため、オリアーナも一つ貰ってしまった。

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