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04 ナイト・サーカス

 艶を消した金髪に鮮やかなスカイブルーの瞳。年齢は三十代初めといったところだろう。顔立ちだけで判断するなら、切れ者な青年将校といったところだが、実状を目の前で見せつけられた今、見たままの印象を抱き続けるのは難しい。
「すまない」
「すまないじゃないですよ、団長。俺が来なきゃ、二人揃って団長が気付くまでここでずっと放っておかれたままじゃないですか。それじゃなくてもサイレントは自分からじゃ、滅多に口を開かないっていうのに。はいこれ、メールでも添付しておきましたが、レポートのデータチップです」
 そう言ってハーマンはカイザーの机の上に、小さなデータチップを置いた。
「すまなかった。レポートの最終チェックをしていた」
 部下に相当馴れ馴れしい態度を取られても気にならないのか、それとも単にハーマンと歳が近く、普段から親しい付き合いがあるのか、特に怒るでもなくむしろ素直にオリアーナたちに謝罪をする。
 それを聞いてハーマンが納得するように頷いて見せた。
「団長のレポートって、アレですよね? 確か新型のボアサイトの」
「そうだ」
「実際使ってみてどうだったんです?」
 戦闘機に乗り込むと、ミサイルや敵機・僚機をレーダーに映し出すジョイント・ヘルメット・マウンテッド・キューイングシステム、通称・JHMCSが搭載されたヘルメットをかぶる。それにつけられたミサイルなどの照準を合わせる機能の一つがボアサイトである。
「反応が早い。なかなかいい。だが若干改良の余地があると思う。最初からこのタイプで慣れ親しんだものには違和感がないだろうが、従来のボアサイトを使ってきた者が新装備の一つとして使った時に、自動ロックオンされる反応が遅く感じるという誤差が生じる。ミサイルの発射自体は若干早いのに、表示が遅いのが気になる」
「そりゃ、テストを頼んだ相手が悪かったんだと思いますが? 俺たちなら普通に早いって感じるんじゃないですかね?」
「まぁ、データの収集は私だけではないだろうから、私の意見だけが通るとは思えないが」
 そんな二人の会話を聞きながら、思わずオリアーナは溜息をついた。どうも新しい上官は、一つのことに集中すると、周囲の状況が見えなくなるらしい。これでよくエースが務まるものだと思う。
 しかしその場にハーマンがいたことが幸いし、つい会話に興じてしまったことに気付かされたのか、頭をがりがりとかいて苦笑して見せた。
「悪いな、フォックスバット。ついつい、長話をしそうになった。こちらは我らが団長こと、カイザー・オロフ・エルセン中佐だ。見た通り、地上にいるときはちょっと鈍い」
 爽やかな笑顔で上官をそう紹介する。鈍いと紹介されたカイザーは、微妙な表情を浮かべてハーマンを見上げた。
「……それは本人の目の前で言うことか?」
 すると振り返ったハーマンは、にやりと笑って頷いてみせたあと、横目でオリアーナを見た後、カイザーに視線を戻した。
「最初が肝心って言うでしょうが。ほら、デスサーカスの噂は一人歩きしていますし、団長にすごいキラキラした憧れを持っていたら、かわいそうじゃないですか。ですから最初にそれをガツンと砕いておかないと」
「………」
 とんでもない部下からの紹介のされ方だったが、反論ができない程度には図星だったらしい。なんとも気まずそうな表情を浮かべて、そっぽを向く。
 すっかりオリアーナの中から、クールで颯爽というイメージは瓦解してしまった。前任地の仲間に、どんな報告を送ったらいいものかと頭を悩ませる。
「空の上じゃ、噂通りだと思っていいが、地上にいる時はその噂は忘れてくれ」
 しかもハーマンはこれでもかという程に、オリアーナの想像を打ち砕いていく。ハーマンのような気さくな性格の人間は、一緒にいて楽しいがこれ以上憧れと理想を砕かないで欲しいなという気もする。
「だから、それを私の前で言うか?」
 部下に舐められているというわけではないのだろう。しかし随分と慕われているようだ。
「だってサイレントじゃ、団長のことをちゃんと教えたりしないでしょ? 俺がいてよかったなぁ、フォックスバット。この二人に挟まれていたら、ずっと無言のままだったぜ」
 それはあまりにもその通り過ぎたため、思わずオリアーナは苦笑した。ヨアヒムはタックネーム通りにサイレントな男だったし、カイザーは物静かというより、鈍いらしい。この二人の次の反応を待っていたら、日が暮れてしまいそうだった。
 カイザーは気を取り直すためというより、その場を取り繕うためか、咳払いを一つした。
「あぁ、まぁ、その……これからよろしく頼む、オトウェイ大尉。サイレントを迎えに行かせたのは、これから君が組む相手だからだ。君は前任地でもマルチロール中心だったようだな?」
「イエス・サー」
 マルチロールとはマルチロール機をさす。
 戦闘機とは一口に言っても、実際には制空戦闘機、戦闘攻撃機、要撃戦闘機などがある。他にも攻撃機、爆撃機、偵察機、輸送機、哨戒機など様々な機体があるが、中でもマルチロール機は、作戦の用途に応じて搭載するミサイルや砲弾を変え、状況に応じて攻撃・爆撃・偵察など、あらゆる状況をカバーすることができるのがマルチロール機である。
 そしてどの基地でも、一個飛行隊規模で同じ機体が配備される。
 つまりカイザー率いる第一飛行隊は、全員がマルチロール機に乗ることになっていた。
 そのため、人員補給も最初からマルチロール機に乗っているものが選ばれることとなり、オリアーナが抜擢されたのだろう。
 もちろん任務によっては、攻撃機や爆撃機に乗り換えることもある。通常勤務ではマルチロールが中心ということは、あらゆるケースを想定しているということだ。
「実際、一度飛んでみないことには、機体の癖や相手の飛行状態の把握は難しい。どちらがピュアかどちらがラグに向いているのか、もしくはいつでもどのような状況で入れ替わっても可能なのかは、一度飛んで確認してもらわねばならない。午後にでも一度軽く飛んでもらうが、いいか?」
 ピュアとはピュア追跡の事を言う。敵機を発見した時に、機首を常に敵機に向けたままで追跡する、基本の機動だ。
 状況に応じて変化するのだし、一度空の上に出れば、教本通りのドッグファイトはない。だからあらかじめ決めてもなんの意味もない。
 だがいざドッグファイトに持ち込んだ時、エレメント(二機)で飛行していた場合、一人がピュア追跡し、もう一機が別の旋回行動を取ることで追い詰めることができる。それを想定して飛んでいれば、僚機の進路予測も敵機の進路予測もしやすくなる。
 ラグ追跡は敵機旋回機動よりも大きく回り込んで、背後を取る起動である。その逆に敵の旋回起動を予測して、起動の内側を旋回して予測位置に標準を合わせるリード追跡もある。
 あらかじめ組む相手の飛行パターンを知っておくことで、エレメントで追跡攻撃をするときに混乱なく行動に移せる。
「イエス・サー! もちろんです! ここのころずっとお預けだったので、すごくうれしいです!」
 着任早々飛べるとは思ってもいないことだった。思わず勢いよく返事をすると、カイザーは面食らったようだったが、ハーマンは気に入ったのかニヤリと笑った。もちろんヨアヒムに至っては無言だが。
「いいなぁ、俺も飛びたいな」
「遊びじゃないぞ、レッドファング。とりあえずサイレントと二人で飛んでくれ」
「アイ・サー!」
 嬉しくなって笑顔で敬礼を返すと、カイザーは少しだけ微笑んだ。堅物というわけではないらしい。
 期待したような人物ではなかったようだが、それでもオリアーナはこの新しい基地でうまくやっていけそうな気がした。

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