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12 ナイト・サーカス

 先頭機後方に一機、その二機の後方左右に二機が併走するアローヘッドの編隊を組み、カイザーたちブラックスワロウ・ワンからフォーまで、同じ編隊でブラックスワロウ・ファイブを先頭とした四機が、先の編隊よりやや右後方で距離を保ちながら飛行していた。
「もうすぐ作戦空域だ。私たちの仕事は、敵艦載機を空母に戻さないことだ。空母・駆逐艦は海軍の連中に任せろ。我々は飛び回るハエを叩き落とせばいい」
 普段ボンヤリしていても、カイザーもまた軍人だ。好戦的な言葉で僚機の戦闘意識を高めてきた。
『こちらAWACS・スカイウルフ。ブラックスワロウ隊をレーダーで捉えた』
「こちらブラックスワロウ隊、ブラックスワロウ・ワン。これより、スカイウルフの指揮下に入る」
『了解。方位290へ向かえ。現在、カイアナイト海軍第九空母艦隊及び駆逐艦が同海域に展開している。同じくカイアナイト海軍空母所属攻撃飛行隊が、ローレンツ軍空母ディアヴォルフからの飛行隊と交戦中。現在までに五機撃墜されている。海軍応援に向かった我が空軍第二飛行隊も一機撃墜された。ここを突破されれば本土への上陸が濃厚になる』
 AWACSは空中警戒管制機だ。スカイウルフはその作戦コード名になる。状況を分析する要員が乗り込み、戦闘空域に最も近い場所で敵の位置や戦況の分析をし、的確な指示をパイロットたちに伝える。
 情報は基地の戦術指令本部とリアルタイムでデータリンクしており、あらゆる局面に対応できる。万が一基地の戦術指令本部が攻撃を受けた場合、このAWACSが作戦本部に切り替わる。
 パイロットたちの目であり頭脳だ。
「交戦規定は?」
『すでに僚機は交戦している。ブラックスワロウ隊、敵機の撃墜を許可する』
「了解。ブラックスワロウ・ワンより、僚機へ。低空飛行をするな。空母及び駆逐艦からの対空ミサイルの餌食になる。我々はまず艦載機の撃墜からだ。連中をママのところへ返すな」
 カイザーの指示に誰かが口笛を吹いた。随分余裕なものだなと思う。
「そりゃ、もちろんでしょ団長。サーカスの夜の部の開園はこれからですよ? そうやすやすとママのところに返すわきゃないでしょ?」
 どうやらハーマン、レッドファングのようだ。日頃から第一飛行隊がデスサーカスと呼ばれることを揶揄して言葉遊びをしているらしい。
「言ったからには結果を出せよ」
「アイ・サー! 予約しておきますよ、ビーフストロガノフ」
「だーかーらー、今回はロールキャベツだって。俺あっさり目がいい」
「だーかーらー、今回は撃墜数が上の奴だって言っただろ? 俺は肉がいい」
 レッドファングとエレメントを組むのは、モハーニ大尉ことベルだ。出撃前から言っていることをここに来てもまだ言っている。
「私語を慎め、ブラックスワロウ・スリー、フォー」
「アイ・サー!」
「イエス・サー!」
 返事だけはいい。どうやらこの二人がこの飛行隊のムードメーカーなのだなと思う。
 空はもう水平線の向こう側に微かな紫色を残すばかりで、夕闇の色に染められようとしていた。
 ここから先の飛行は夜間飛行。計器を頼りに戦う戦術になる。目で見ても敵と味方の識別ができない、闇の中を互いに高速で移動しあうためだ。
 飛び交う機銃とミサイル。機体が放つオーグメンターの光。微かなミスで機体同士が接触することも考えられた。
 そんな困難を伴う戦闘が予測されているのに、誰も恐怖に震えていない。平常心を失わず、余裕すら感じさせる。
 これがデスサーカスと呼ばれる飛行隊のパイロットたちだった。
「敵機確認。ブラックスワロウ全機散開。同士討ちを避けろ。空域さえ支配できれば、対艦支援ができる。先に制空権確保が優先事項だ」
「アイ・サー」
 マスク越し、オリアーナは深呼吸をする。すでに飛行速度はマッハ1を超える。息苦しさからしゃべるのも億劫になってきたというのに、僚機の男たちは随分タフだ。
「こちらブラックスワロウ・セブン。ブラックスワロウ・エイト、行けるか?」
 サイレントだ。出撃前、カイザーはオリアーナに先行しろと言った。共にテスト飛行できなかったために、ぶっつけ本番のタッグになる。元々のオリアーナの戦果とパイロットとしてキャリアの長いヨアヒムの特性を考えたうえで、カイザーはオリアーナがリードした方がいいと思ったのだろう。
 もちろんお手本通りに飛んではいられない。しかし基本挙動がわかっていれば、連携も取りやすい。
「イエス・サー、任せて」
 レーダーを見る。すでに敵と応戦している味方機が空域を防衛することで精いっぱいの状況だ。空母の進撃を食い止めるため、海上では激しい撃ちあいになっているし、ともすれば敵の艦載機が戦闘空域を突破して、防衛ラインに到達しそうになる。地上攻撃が始まれば、混乱は必須だ。
「ブラックスワロウ・エイト、交戦」
 短い宣言。オーグメンターを全開にして一気に戦闘空域へ突入する。もう目視では何もわからない。
 たけり狂う流星の中を突き進んでいるようだ。
 砲弾の光、ミサイルの噴煙。機体が放つエンジンの光が、接近しては離れていく。
 耐Gベルトがギュッとしまり、血流が下半身に停滞しないようになる。胸が押しつぶされそうな程息苦しいのに高鳴る。
「ロックオン」
 レーダーに映る、味方を示すグリーンの光点。そして敵を示す赤い光点。互いの背後を取ろうとしてロールしている二機に迫る。
 一度はロックしたが、味方に当たりそうで機銃を撃てない。
 増援に気付いて敵機は離脱を図ろうとした。それまで執拗に追いかけていたカイアナイト空軍の機体から、飽きてしまったように背を向けて逃げていく。
 オリアーナは微かに微笑んでいた。得意のパターンだ。

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