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13 ナイト・サーカス

 敵機の内側にもぐりこむようにして接近する。わずかの判断ミスでリーサルコーンを捕らえられ、撃墜されるのがオリアーナになるというぎりぎりのタイミングでの減速し、相手のオーバーシュートを誘う。
――ちょこまかとよく動き回る、おまえはフォックスバットだな。小っちゃいし。
 そう言って笑った初めての上官は、なんともかわいくもないタックネームを付けた。それならもう少しかわいい小鳥の名前でも付けて欲しいと抗議しても、小鳥じゃあんな風には飛べないよと意に介さず、とうとうその嬉しくもないタックネームは定着してしまった。
 なぜか不意にそんなことを思い出し、オリアーナは微かに微笑んだ。
 急制動を読み切れなかった敵の機体がオリアーナの前に飛び出す。
「ロックオン、ファイア」
 機銃を掃射する。エンジン直撃で黒煙を上げてそれていく敵機に、後方から支援飛行していたサイレントが止めを刺す。
 その瞬間、コックピットがオレンジ色の光に染め上げられた。爆炎をあげて戦闘機が墜落して行く。
 ここは戦場だ。非情にならなければ生き残れない。
「デスサーカスか! 助かった!」
 今しがたまでドッグファイトをしていた僚機から感謝の言葉を言われた。
「もう弾切れだったんだ! 本当に助かった!」
 よくその状態で今までもったものだと逆に感心した。パイロットとしては相当手練れだったのだろう。しかし僚機を失い、それだけに一機あたりの負担が増し、この空域は相当激しい戦闘を繰り広げていたはずだ。
「もう空母でも基地でもいい、下がれ」
 サイレントがそう言うと、無線の向こうで微かな笑い声が聞こえた。
「悪いな、デスサーカス。ちょっと戻ってご飯おかわりしたら、戻ってくるからよ」
「戻って来た時には、もう終わっているぞ」
 殆ど口を開かないサイレントだが、言う時は言うらしい。
 もっともあのカイザーですら、戦場に熱気にあおられているのか、交戦的なことを口にする。サイレントもまた同じように戦場の空気にあてられているのかもしれない。
「デザートは残しておけよ? パーティーに先に乗り込んだのは俺たちだぜ?」
 そう言って僚機は離れて行った。
 オリアーナは軽口を言う暇もなく、次なる獲物に狙いを定める。
「っ!」
 だがそれは敵も同じ。ロックアラートが響き渡る。敵のロックオンから外れるためにロール旋回を繰り返しつつ降下する。
 ロックアラートが止まらない。バイザーに表示される敵と自分の距離はもう着かず離れずの距離だ。サイレントもこの状況では同士討ちになるために援護できず、別の敵の撃墜へと離れて行った。
 助けてもらうためにここにいるわけじゃない。
 カイザーには低空飛行を避けろと言われていたが、逃げ道がないなら下へ逃げる。
 砲弾飛び交う海域へ近付くのは正気の沙汰とは思えない。飛び交うオレンジ色の閃光へ自ら飛び込むなんて、まるで自棄を起こした自滅行為に写るだろうなと思いつつ、その降下の際に発生した推力を得て一気に上昇する。対Gベルトがぎゅっと締まり、胸が圧迫される。
「ロックオン、ファイア!」
 上昇しながら敵の機体を捕らえる。ラバーペダルを踏み旋回しながら常に敵をステアリングサークルに捕らえる。
 ステアリングドットが敵を捉えた瞬間、オリアーナは機銃で敵機を撃ち落としていた。
「ナイスキル! 調子いいじゃん!」
 近くを飛んでいたベルがオリアーナに声をかけてきた。
 未だレーダー上の敵の数と味方の数は拮抗している。こちらが撃ち落とした機体も多いが、敵に撃ち落とされた機体もあり、また基地や空母へ撤退している機体もある。正確な数は飛びながらだと把握し辛かった。
 だが第一飛行隊が投入されてから、流れが変わってきているのをオリアーナは感じていた。
 まず防戦一方だった空中戦が、勢いを増して攻撃に転じている。味方もデスサーカスが援軍に来たということで士気が高まっている。
 そして何よりも……第一飛行隊のパイロット、一人一人の技能が高い。
 本当にこんなところに自分が配属されてよかったのか? そう思ってしまう。
 自分もサイレントと一緒に一機、今二機目を撃墜したけれど、他の機体もそれぞれ一機は撃ち落としている。本当に艦載機を空母に返さない。戦線を離脱する敵機を確実に捉えている。
 この闇の中、頼りになるのはレーダーだけだ。ロールしていると、どこが空でどこが海かわからなくなる。目視するにも見えるのは砲弾の光とエンジンの光。昼の戦闘と違って、見えない恐怖が付き纏う。
 それなのに誰も物ともしない。こんな人たちが味方で……自分の仲間だと思うと、同じパイロットとして興奮を隠せない。
 なんて男たちなのだろうか!
 また味方の機体が敵機を撃墜した。補給が必要な味方の機体は徐々に空母や基地へと向けて撤退しているというのに、立場を逆転しようとしている。
 手足のように機体を操り、瞬く間に敵を屠る。軽やかに空でターンを描き舞い戻るその身軽さ。
 まさにサーカスだ。
 敵に死を振りまくデスサーカス。
 そして今宵はそのデスサーカスの中でも特別なナイト・サーカス。
 興奮に心を躍らせたその時、再びミサイルアラートが鳴る。

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