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10 ナイト・サーカス

 ブリーフィングルームへ飛びこむと、すでに作戦の説明が始まろうとしていた。カイザーをはじめとする第一飛行隊の他にも緊急招集を受けた飛行隊がいるらしく、予想以上のパイロット数が集まっていた。
「もう時間がない、ブリーフィングだ。方位290より、ローレンツ海軍空母ディアヴォルを確認。駆逐艦四隻を伴っている」
 衛星写真だろう。航行する大型空母が駆逐艦を伴いながら大海原の波を切り裂くようにして進む画像が映し出された。
 そして映像が切り替わる。
「空母より艦載機二十五機が飛び立ちこちらの空域へと侵入。領空侵犯をした艦載機に対して撃墜命令を出しているが、味方戦闘機四機が撃墜された。相当の手練れがいるらしい」
 艦載機は空軍の戦闘機・攻撃機に比べると小さくその分兵装も少な目だ。だが空母という海の基地を背後に控えさせているため、すぐに補給に戻り、戦線へと復帰してくる。手練れのパイロットが一人いるだけでも、戦況は変わってくる。
「こちらも海軍と協力し、応戦しているが、現状維持が精いっぱいだ。そこで諸君らに応援要請が来た」
 スクリーンに映し出された地図を見る。現在味方カイアナイト海軍とカイアナイト空軍が応戦しているが、余程向こうの先陣部隊に手練れを投入しているのか、こちらが防戦に回っているようだ。
 何せ空母・駆逐艦からもミサイルでの攻撃がある。空と海、両方からの攻撃をかわしながら攻撃していかなければならない。
 戦闘は背後に守るものがあると、余計に厳しくなる。本土に攻め入るよりも、攻め入られる方がはるかに厳しい戦いになる。
 ローレンツ側が攻撃を仕掛けてきたということは、余程勝てるという自信があるのだろう。
「更に別の空母四隻もカイアナイトへ向けて出港したという報告も上がっている。付随する駆逐艦も二十隻ではくだらない。連中、この第一陣を切り崩せば、本土上陸を視野にいれているとしか思えない状況だ。何としてでも食い止める必用がある」
 参謀の説明を聞きながら、スクリーンに映し出されたマップを見て大まかな敵の配置、味方の配置を頭に入れる。
「特に第一飛行隊、デスサーカスには張り切って貰うぞ。連中へ最も効果があるのは諸君らだ。逆を言うと、諸君らがここで潰されるようなら本土上陸へのきっかけを作ってしまうかもしれない」
 デスサーカスの名付け親は、敵であるローレンツだ。ローレンツの新聞が第一飛行隊をデスサーカスと例えたのが始まりだ。
 そのデスサーカスの団長と呼ばれる男に視線が集中する。
「させません」
 執務室にいた時、レポート作成に夢中になるあまりオリアーナたちを無視し、ハーマン大尉に「地上にいる時はボケている」とまで言われたエースパイロットは、静かにだがはっきりと言い切った。
 隣に座っていたハーマン大尉がニヤリと笑ってスクリーンを指差し、拳銃で射抜くマネをする。
「うちのサーカスには新人のかわい子ちゃんが入ったんですよ? 連中に初お目見えのデビュー戦だ。早く出撃させてくださいよ。公演が待ち遠しいんですから」
 そう言うとぐるりと振り返り、ハーマンが手を振ってきた。オリアーナは自分に視線が集中するのを感じて心臓が跳ね上がるような気がした。
「えぇっと、あのぉ……」
「紅一点のデビュー戦か。期待しているぞ」
「イ……イエス・サー」
 ぎこちなく敬礼をしながらそう言うと微笑まれた。そう言えば、このブリーフィングルームにオリアーナ以外の女性がいない。
 女性パイロットの数は男性に比べると少ない。従って一人きりということもよくある。
 あちこちからあちこちから「ねぇ名前なんて言うの?」「俺と空でデートしない?」という冷やかしの言葉が聞こえる。
「俺を差し置いておまえらがデートできるわけねぇだろ? うちのサーカスの看板娘に手を出したら、俺が黙っちゃいないぜ」
 とベルことモハーニ大尉が白い歯を見せて笑った。
 そんな冗談を言っている場合か? とオリアーナが思ったところでカイザーが手を打ち鳴らして席を立つ。
「彼女を口説きたいならこれが終わってからにしてくれ。もう時間がない。総員、コックピットへ急げ! 内容は頭に入ったな? 防衛線を死守しつつ、押し返すぞ!」
 その一声で雰囲気が一転した。全員が立ち上がり、好戦的な危険な笑顔と使命に燃えた冷徹な目がカイザーに向けられる。それをものともせずに受け止めて頷くと、パイロットたちは身を翻してブリーフィングルームを出ていく。
 まるで雰囲気が違っていた。
 カイザーに発破をかけられた瞬間から、空気が引き締まり、いい意味で好戦的な緊張感が伝わって行く。
 そして不安をかきけし、勝てるという気持ちになってくる。
 今のカイザーを見れば、噂通りと言えなくもない。
「団長」
「とんだ状況になったが、君も初めて飛ぶパイロットじゃない。期待している。サイレントならどんな相手にでも合わせられる。フォックスバットは思い切りいけ。カバーは彼に任せろ」
「イエス・サー……あの、団長。終わったら口説けとか無責任じゃないですか?」
「う、いや、すまん。つい……」
 その場を収めるために言い放った台詞だったのだろう。今しがたのエースの顔が途端に崩れてしまう。
 完全無欠のエースよりも、余程人間味があっていいのかもしれないとオリアーナは思った。
「あたしだって好みがあるんですからね?」
「ここでは独身男性も多いからよりどりみどりだ。好きなのを選んでくれ」
 柔らかい笑顔を浮かべるカイザーの横顔を見て、オリアーナもつられたように笑った。
「じゃ、あたし団長にしようかな?」
「はぁ!」
 余程以外だったのか、素っ頓狂な声をあげる。本気で驚いたらしい顔が見られたのでオリアーナは満足した。
「これが終わったら口説きますよ、団長?」
「……冗談はよしてくれ」
 そう言いながらも笑っている。
 先ほどまで感じていた不安が薄れていく。この人と飛ぶなら大丈夫という気がしてくるから不思議だった。

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