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08 ナイト・サーカス

「よう! サイレント。そっちの子、今度うちに来る子だろ? さっきレッドファングに聞いたぜ。栗色の髪にブルーアイのかわい子ちゃんだって! 聞いた通り、かわいいね! 俺は、同じ第一飛行隊のライモンド・モハーニ大尉。タックネームはベル。よろしくな、かわい子ちゃん。んで、名前は? タックネームは? 彼氏いるの?」
 矢継ぎ早に繰り出してくるベルことモハーニ大尉に、一瞬面食らう。ベルというタックネームの由来は、聞かずとも察してしまった。
 ヨアヒム程ではないが背が高く、赤毛にスモークブルーの瞳という珍しい組み合わせの同僚は、人懐こい笑顔を見せて笑いかけてきた。
「名前はオリアーナ・オトウェイ大尉、タックネームはフォックスバット。よろしく、ベル。それから彼氏はいないわ」
「マジで! じゃ、俺なんかどう?」
 もう気さくを通り越して馴れ馴れしいのか、女たらしをこじらせて誰でも口説くのが習い性なのか……口説き言葉としては洗練されていない。女をその気にさせるどころか、遊び人気質がモロだし過ぎて警戒心を与えるような気がする。
「出会って一分未満の人を恋人にする人って、そういないと思うわ」
「えー? 俺お得物件だよ? なー? サイレント。俺って結構いい男だし、明るくて楽しい奴だと思うんだ」
「……騒がしい」
「サイレントが静かすぎるんだよ! まぁ、そうじゃなきゃサイレントじゃないけど。ねぇねぇ、こっちがサイレントで俺がベルって正反対だと思わない?」
「えぇ、本当にね。っていうか、もう確かにうるさいと思う」
 正直に言ってみるとモハーニ大尉は胸を張って親指を自分の胸に宛て、なぜか誇らしげに言い放つ。
「それが俺の取り柄なの! 口を閉ざしていると、呼吸できなくて苦しいんだよ。俺はお袋のおっぱいしゃぶっていた頃から、おぎゃおぎゃとうるさかったらしいからさ! ははは! んで? 二人は何食べるの?」
 ハーマン大尉も随分気さくでいい人だという印象だが、ベルは三倍明るくてよくしゃべる男だった。うるさいと言われようとも、気を悪くするどころか逆に取り柄と言い切る程明るかった。
「えーっと、あたしは日替わりがビーフシチューだったから、ビーフシチューにしようかなと思っていたところ」
「ビーフシチュー! あー、いいねぇ! そろそろ団長のビーフシチューも食べたいところだね」
「団長の?」
 さっきヨアヒムもまた、何かを言いかけていた。そもそも団長のビーフシチューとはいったいなんなのか?
 あの地上ではぼんやりとしたエルセン中佐が、ビーフシチューとどんなつながりがあるのかよくわからない。
 口下手なサイレントはどう説明したものかと考えていたようだが、考えずに思ったことを口にするたちのモハーニは、人差し指を天井に向けて誇らしげに説明をはじめた。
「我らが団長には秘密があってさ。っていっても別に隠し事じゃないけど。料理が滅茶苦茶上手なんだよ」
「えぇぇ!」
 あまりに予想外のことだったので、思わず叫んでしまう。
 デスサーカスの噂は、カイアナイト空軍ではかなり有名な話になっていて、パイロットたちの注目を浴びている。
 そのエースパイロットであり、第一飛行隊をデスサーカスと言わしめた中心人物であるカイザー・オロフ・エルセン中佐は、その容貌も相まってクールで颯爽とした人物として知られていた。
 ……それが単にぼんやりしているだけということは、ハーマンによって嫌って程わからされてしまったのだが。
 それでなくとも憧れも理想も打ち砕かれているというのに、ここにきて「料理上手」という意外性まで加わってきた。
「……団長ってどういう人なの?」
 思わず額に手を当てて呻くと、モハーニは楽しそうに笑った。
「もう団長には会ったんだろ? 地上じゃ、ぼうっとしているよ。空に上がれば、別人みたいなんだけどね。もうさ、料理は趣味の域を超えているよ。団長が女の子だったら、プロポーズしていたんだけど。フォックスバットは料理する?」
「しないよ」
「そっかぁ。でもまぁ、基地の人間はそれが普通だよね」
 とりあえず聞いてみただけという態度で、モハーニ大尉はあっさりと引き下がった。
「何かだんだん団長さんがわかんなくなってきた……」
「すぐにわかるって! そうそう、うちの飛行隊の分隊はさ、勝った分隊が団長に食べたいものをリクエストするって事になっているんだよ。次の出撃はいつかな? 今日はスクランブルの当番じゃないけど、次のスクランブルで勝ったらフォックスバットも団長になんかリクエストしてごらんよ。もう、マジでうまいから。団長がパイロットやめて店開くとか言ったら、俺絶対毎日通うね」
 モハーニ大尉はそう言って笑いながら、チキンステーキセットを注文した。ちゃっかり後からやってきて、先に注文している。そろそろ食堂にも人が集まり出す時間帯だった。ボンヤリしている暇はない。
「あたしたちも注文しちゃいましょう。サイレントは?」
「……日替わりで」
「じゃ、あたしも。日替わりにデザート付けちゃお」
 日替わりにデザートのアップルパイをオーダーし、モハーニ大尉の後ろに並んだ。
 とりあえず、理想通りとはいかなかったが、同僚も上官もみないい人そうでよかったと思うことにした。

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