【キャラづくりが設定になってない?】人間性が見える表現を重ねて初めてキャラは活きてくる(2012年9月号特集)
※本記事は2012年9月号に掲載した大沢在昌先生のインタビュー記事です。
「小説 野性時代」(角川書店)連載中から大きな話題を呼んでいた小説講座が、単行本になって大好評発売中の大沢さん。ミステリーを含む「売れる小説」を書くための技術について、お話を聞いてみた。
できる人が、さらに努力を重ねて到達する世界
――小説講座を始めてみようと思われたのは、どんな理由からですか。
月刊の小説連載の仕事が一段落したときに、「小説 野性時代」の編集部から「やってみませんか」と声がかかって。
それで、こちらから一方的に小説のノウハウを語る講座ではなく、ある程度は小説に対する基礎的な経験がある人を誌上で募集し、その方々を受講生として、課題として書いてもらったものを見ながら講義をするという形ならできるかなと思ったわけです。
――数々の新人賞で選考委員を務められてきた大沢さんでも、「小説講座」というのは大きなチャレンジだったのでは?
新人賞の選考委員と講座の先生というのは、基本的な立場は一緒だと思います。
どちらも、見るのは書き手の「将来の可能性」。作品を評価するだけではなくて、受賞できなかった作品についてその理由を説明してあげるのが選考委員の仕事だと僕は思っている。「ここをこうすれば」「ここが足りなかった」「ここは書き過ぎた」を教えてあげるという意味では、やることは同じだな、と。
とはいえ、同業者やファンから、「こんなことやるなんて、大沢も落ちたな」と言われるのは覚悟してました(笑)。
そういった意味では腹も括ったし、企画の揉み込みや生徒の人選は、ずいぶんと丁寧にしたつもりです。
――ここまでのものは初めて!と思えるほど、突っ込んだ内容の講座ですね。だいぶ厳しいことも言われていますが?
参加してくれた生徒さんたちは、いわゆる「アマチュア以上プロ未満」の人たち。1年間の講座で、合計74本の作品を読ませてもらいましたが、その中でこれは商業誌に載っていても問題のないレベルだなと思えたのは2、3本だけだった。
自分の書きたい作品を書くことと、商品として書店に並んで、読者に損をさせない作品を書くこと。その間には大きな距離がある。その距離を縮めるお手伝いをするために始めた講座ですから、細かく、厳しくなるのは当然です。
プロの小説家は、「ある程度できる人が、その上でさらに努力して、やっと到達するかしないか」という世界。そのことを、生徒さんにも、読んでくださっている方にも実感してもらいたかった。
アイデアを教えることは誰にもできない
――ミステリーに限らず、小説を書くときに、多くのアマチュアが最初に直面する壁が「魅力的なキャラクター作り」だと思うのですが、これに関して、何かコツはありますか。
講座の生徒さんの作品を見ても、「設定」と「キャラクター」を混同しているケースがすごく多かったですね。
「42歳/新宿署勤務刑事/離婚歴あり」
なんていうのは単なる設定であって、はっきり言えば、作品の中には必要ないんです。そんなものより、
「ネクタイはいつもシミだらけ」
「食事後1時間は爪楊枝を咥えている」
「部下には皮肉しか言わない」
というような人間性が見える表現を積み重ねてキャラクターを作り上げていくほうが、作品もどんどん膨らんでいくし、ペンも進みやすいと思いますね。
――キャラクターも含め、ネタやアイデアはどのように探したらいいですか。
自分の中で、いろいろなアンテナを張り巡らして、多くの引き出しを持っておくこと。これぐらいしか言えませんね。
アイデアの出し方は誰にも教えることはできません。ただ一つはっきり言えるのは、独自のアイデアが出ない人は、プロの作家にはなれないということ。どこかで読んだようなお話にお金を払う読者はいませんから。
誰でもできることを一つ挙げるとしたら、とにかく、いろんな小説を読むことです。「読んでも書けない人」はいますが、「読まないで書ける人」はいないというのが僕の持論。
――大沢さんの誌上講座でも、「月に10冊は読め」と言っていますね。
ミステリーの世界では、ミステリーをある一定の量読んでいない人はミステリーを書くべきではない、というのがルールと言ってもいいと思う。
知らぬ間に、既存のトリックを使ってしまって、「でも、そのトリックが用いられた作品、私は読んでいないから」は通用しない。知らないこと、読んでいないことは、プロの作家としては既に罪なんです。
――ミステリーを書くとき、特に初心者が陥りがちなのが、「視点」の問題。どうしてこのジャンルでは、こんなに厳しくこだわるのでしょうか?
ミステリーというのは、本格だろうとハードボイルドだろうと、とにかく「論理の一貫性」が要求されるジャンルで、フェア、アンフェアという問題があるからです。犯人の視点で書いていて、語り手でもある犯人が自分は犯人ではないと語ったりすれば、読み手を混乱させるばかりです。これはミステリーではアンフェアです。
こういった視点のブレは、本を読むより映像を楽しんできた人が陥りやすいミスです。本を読んできた人は、「本来、あってはいけない視点」にすぐ気がつける。逆に映像しか見てきていない人は、一つのシーンを複数の視点(カメラ)で撮ることに慣れてしまっているので、おかしな視点に気がつけない――。そういった意味でも、小説を書くことを志す人は、とにかくいろんな小説を読むことが大切だと言えるでしょうね。
「書く」と「読む」の反復 それが作家の孤独な作業
――これから初めて小説を書こうという人は、何から始めたらいいでしょうか。
とにかく「書く」ことだと思います。
書くことでしか小説は上達しないから。
そして「読む」こと。既存の小説を読むことも大切だけど、自分の書いたものを読むこと、いわゆる「推敲」は本当に大事。推敲を重ねることで、最初は3行かかっていたものが、2行になり1行になり、どんどん正しい表現になっていく。
正しい情報を過不足のない文字量で伝えるのが小説の正しい表現で、そのための技術は、「書くこと」と「読むこと」の反復でしか熟達することはないんです。
小説家の仕事は、そんな地味で暗い「反復」がすべて。考えてみれば、つまらない仕事だよね(笑)。
それと、特に初心者の方にアドバイスするとしたら、推敲の際に「時間を持ちなさい」ということ。慣れないうちは、一つの作品を書き上げられたことがうれしくて、自分の作品に酔ってしまうもの。冷静に読めないから、「えっ?」というようなミスや、物語上の矛盾に気がつかない。だから、他人の視線で読めるようになるまで、酔いから冷める時間を持って推敲に臨んでほしいですね。
――最後に、『売れる作家の全技術』について一言お願いします。
この本の生徒さんはある程度小説を書いた経験のある人たちですから、まったくの初心者が読むと分からないこともあるかもしれない。そんな方でも、「とにかく書く」ことを続けてから読めば、きっと沁み入るように理解できると思います。僕にとっては、たぶん最初で最後の小説講座。だからこそ、未来のライバルに読んでもらいたいね。
大沢在昌(おおさわ ありまさ)
作家。1956 年、愛知県生まれ。79 年に『感傷の街角』で小説推理新人賞を受賞。94 年、『無間人形 新宿鮫Ⅳ』で直木賞受賞。12 年、『絆回廊 新宿鮫Ⅹ』で日本冒険小説家協会賞受賞。近著『小説講座 売れる作家の全技術 デビューだけで満足してはいけない』(角川書店)好評発売中。
※本記事は「公募ガイド2012年9月号」の記事を再掲載したものです。
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