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おいしいごはんが食べられますように

本屋に行くたびに目について、デザインがかわいくて、タイトルもやさしい感じで、でも芥川賞をとっているということは一筋縄ではないのだろう、そうだろうと思いながら何度も通り過ぎていた本をとうとう手にしてみるとあっという間に読んでしまうときの不思議。もっと早く読んでおけば、と思うのだけれどそうではなくて、たしかにこれを読むのはいまだったんだんだとじわじわと納得する不思議。

読んだことのない作家の本を読むのはやっぱり賞で、単行本が出版されて、書店にたくさん並ぶからだなといつも昔ばかりを掘り進む自分の嗜好性を顧みながら、でもこうしてたまに起きる知らない人の世界に遭遇する愉しみに引き込まれて生きている。

うまく言えないんです、でも生活していて、仕事をしていて、これいらないだろ、とか、これ誰のためにやってんだよ、とか、なんでこの人ここにいられるんだよ、みたいなことはどんどん出てくるわけで、そういった感情ってあまり人に言えない。ちょっと倫理観にもとるというか、もとると思われてしまう可能性があるから、そうとう腹を割っている人でないと誤解されたときのリスクが計り知れない。そんなリスク背負うくらいなら飲み込んで、酒かなんか飲んで忘れた方がましだ。さらに誤解してしまう人に限って、いや、そうではなくてと説明したところでそもそも話が通じないことはだいたい想像できてしまう。そんな感情。でも言いたくてしょうがない、どんどん溜まっていく泥のような感情は石になって確実に心に積まれていってどうしようもなくなっていく。社会で歳を重ねるごとに生まれてくる、あれ、会社ってこんな感じ、という失望感だったり、人っていう生き物に対する考察を重ねることで得られるどうしようもなさだったりする。

できる人には仕事が集まる。その人を起点に業績が見積もられて、あまり頑張っていない人もそれなりに評価される。できる人がわりを食う構図が厳然として会社の中にはあって、実は仕事っていうのは当たり前にできるものではなくて、できない人の方が多いのかもしれないなんて疑いを持つようになる。もちろん仕事に対する価値観は人それぞれで、それに加えて人がいるだけそのバックグラウンドは違うわけで、一概に判断するのはできないのだけれど。

そんな社会で働く上で湧き上がるいろいろの不満や疑問や不思議がなんとも言えずに描写されていて、話は展開していき、不思議に終わる。この人すごい、読み終えて思った。

胸の内に溜まっていた澱みたいなものが溶けて、来週からはもうあんまり考えるのやめようと思えて、それはそう思おうと思ってもなかなかできない洗浄作用で、やっぱり小説を読んで、こういう心境の変化って起きるんだなと思った。

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