小説「おっこちきる」序章~第1章公開
はじめに
ページを開いてくださり、ありがとうございます。
弊社で製本されました宮永得三様の小説「おっこちきる」が、売り上げ好調につき重版いたしました。
このことを記念しまして、もっと多くの方に読んでいただきたく、冒頭部分の公開をnoteでいたします。
続きが気になった方は、是非、下記のリンクからご購入くださいませ。
「おっこちきる」 序章
このお話は、四国最南端に位置する愛媛県宇和島市津島町岩松という町にある、三島神社と称する古びた神社の宮司が、実際に体験した奇異な出来事を綴った物語である。
宮司の名前を宮永得三(仮名)といい、年齢を重ねた六十過ぎの初老の男である。本業は美容室を営んでおり、得三も未だ一介の技術者として現場に立っているのだが、この男の家系は代々神職を受け継いでおり、初代は一五八三年に「福寿庵」と称して徳島県で神官を務めていた。約四五〇年もの間、神職の家系が一度も途切れることはなく、二十年程前に亡くなった父の跡を継いで宮永家十五代目の神主として今に至っている。
そんな神主と美容師という二足の草鞋を履いた、変わり種の男が体験した、二ヶ月間に渡る数奇な出来事を、これからお話していこう。
「おっこちきる」 第1章
令和四年の年の瀬も押し迫ったある日のこと。得三の経営する美容室でのお客との会話からこの物語は始まる。
年の頃は七十歳ぐらいであろうか、品のいい御婦人が毛染めとカットのために来店されていた。この女性は、得三の店のオープン当初から来ている常連さんで、得三がこの店のオーナーであり、この店からかなり離れた所にある古い神社の宮司を兼ねていることも知っていた。毛染めの施術中に彼女がポツリと
『今月、息子が宇和島に帰って来るんよ』と言う。
話を聞くと、息子さんは四十二歳。現在は関東圏に住んでおり、奥さんと子供が二人いるらしい。そこで
「家族の方、全員が宇和島に帰って来られるんですか?」と尋ねると『いや、息子だけが帰って来るんです』と答える。家族揃っての里帰りでもないらしい。
話の内容が見えない――。
詳細なことを聞いてみると、四年ほど前に彼女の息子である健次(仮名)が大腸に癌を患い、時期を同じくして精神を病んでしまい、ウツ状態になってしまった。仕事をすることも覚つかないほど悪化したので、取りあえず一刻の間宇和島に帰らせ、母親である彼女が面倒をみることになったらしい。
どうも話が複雑そうだ、彼女の話は続く――。
『四年ほど前に息子の健次が、関東のとある県で建売住宅を購入したあたりから病気になり、精神的にもおかしくなったんです』
それを聞いて得三は、何とはなく引っ掛かるものを感じた。
( 家を購入してからおかしくなり始めた……? )そこで彼女に
「息子さんの購入した家は、きちんと地鎮祭はされていたんですかね?」と尋ねると
『それは分かりません』と言う。当然である。宇和島に住んでいる母親に、遠く離れた県外で暮らしている一人息子の家のお祓いをしたことなど知る由もない。
宇和島などの田舎では、家を建てる時には多くの家が「地鎮祭」という土地の神様の御霊を鎮める神事を執り行うのだが、最近都会の方では家を建てようとする依頼主や建設業者が、それに掛かる費用や時間を惜しんで神事を省略してしまうことが少なからずあると聞く。
( ひょっとしたら、土地のお祓いをせずに家を建ててしまったんじゃないか?)という疑念が得三の頭を過った。
もしそうであったのなら、これは危惧すべきことである。家を建てた土地が「忌み地」( 昔、墓地があった場所、刑場跡などの穢れた土地、また神社仏閣の跡地など )であったのなら、その上に家を建てると必ずと言っていいほど、何らかの厄災が降り掛かってくる。極力そういった場所には家を建てることは控えるべきなのだ。仮にそういった場所では無いにしても幾多の理由でその土地が穢れていることがある( 自殺・他殺など )。
そういったことを懸念して「地鎮祭」という神事を行い、その土地を清めるのである。
彼女の話は続く――。
『今度のお正月に氏神様の神社に連れて行って、息子の四十二歳の厄祓いをしてもらおうと思っているんですが……』
「それはいいことです。厄祓いを氏神様にお願いすること自体、やぶさかでは無いとは思うんですが……ただ……」
『ただ、何ですか?』
「気を悪くしないで聞いて下さいね」
『はい』
「どうも話を聞くのに息子さんは、ひょっとしたら何らかの霊障を受けておられるんじゃないかと考えられます。家を購入したあたりから息子さんの調子が悪くなったことが引っ掛かります。一般の神社の厄祓いでそういう特殊なものを祓えるかどうかは分かりません、私も何度か憑き物祓い、それに伴う病気平癒の御祈祷をさせてもらったことがありましたが、多少なりとも御利益があったと聞き及んでいます。手前味噌ではありますが、そういう物を祓える力が、うちの神社ないし私の体の中にあるんじゃないかと自負はしています」
得三が自分自身に、そういう怪しい物を祓うことができるという自信がどこから来ているのか――今から十七年前に、こんな出来事があった。
一回り年下の後輩で弟のように可愛がっていた男から、ある日電話が掛かってきた。
『先生……今度うちの嫁さんの病気のお祓いをしてくれない?』
話を聞くと彼の奥さんである小百合(仮名)の体の調子が悪く、頻繁に熱を出し、仕事にも差し障る状態がここ二年ほど続いていると言う。医者に診てもらっても「原因が分からない」と言われ、いろいろと病院を廻ってはみたものの、はっきりした病名や治療法が見つからない――そこで得三に一度お祓いをしてもらおうということになり、病気平癒の御祈祷を依頼してきたのだ。
それを聞いた得三は
「よっしゃ分かった。今度二人の休みの時、いつでもええけん、一緒に神社においで」と言って電話を切った。それから一週間も経たないうちに夫婦で得三の神社に訪れ、病気平癒の御祈祷を受けた。祝詞を奏上した後、御守りに特殊な呪文を唱え念を入れる、最後に玉串を奉典し、全ての神事を終え御札と御守
りを持って二人は神社を後にした。
その翌日のことである、夜の十時に得三の携帯電話が鳴った。電話を掛けてくるには余りに非常識な時間帯だ。( 誰からだろう? )と思いつつ電話に出ると、開口一番!
『いやぁ先生、やっぱりあるんやなぁ』
去日お祓いに同行して来た後輩からである。得三には後輩が何が言いたいのかさっぱり分からない。
※ 玉串奉典?? 神事の最後に宮司や祈願者が魔を取り除く葉とされる
『榊』を奉って、御神前に供える作法。
「どうしたん、こんな遅くに……何かあったんか?」と問い質すと後輩は少し興奮気味に話を始めた。
その日、後輩の奥さんである小百合が去日得三にもらった御守りをバッグに入れて職場に行った。すると、昼休みの時間に同僚の女性が近付いて来て、
『小百合ちゃん、最近何かした?』と話し掛けてきたという。何かしたのかと聞かれても別段変わったことはしていないのだが、強いていえば、去日旦那の先輩の神主さんに病気平癒の御祈祷をしてもらったということを同僚の女性に話した。
するとその女性は『あー、それでだぁ』と納得する。小百合には何のことだか分からない。そこで
「何っ? いったい何のこと?」と尋ねると、その同僚の女性が語り始めた。
『小百合ちゃん、私のことあまり変な風に見ないでね』
「うん」
『小百合ちゃん、ここずっと体の具合が悪かったでしょ……。私その原因を知ってたんだ、知ってたけど変に思われるのも嫌だったから黙っていたの……。実はね、二年前くらいかな、小百合ちゃんが朝、職場にやって来るじゃない、するとね、黒い人影が小百合ちゃんの背中からスーッと体の中に入っていくの、毎回だよ。私は毎日その光景を目の当たりにしていた……。でも今日小百合ちゃんが事務所に入って来た時、いつものように黒い影が小百合ちゃんの体の中に入ろうとした瞬間に、影が二、三メートルは後ろに吹き飛んだの。私は( えっ! 何で? )って思った。( いつも簡単に入っていたのに、何で今日に限って )って。それでも影は諦めずに、小百合ちゃんの体の中に入ろうとする――でも、その度に後ろに吹き飛ばされるの。そして、最後には諦めたのかしら、私の方に近寄って来て困っちゃったのよ……。あー、それでかぁ、去日お祓いしてもらったんだぁー』
この出来事を小百合が家に帰って後輩に話し、その後輩が慌てて得三に電話を掛けてきたのだ。
「先生、やっぱりこういうことってあるんやなぁ。いつも先生から不思議な話はよう聞かされていたけど、今回の嫁さんのことで納得したわ」と言って電話を切ったのである。得三は電話の後
( へぇー、そんな事があったんだぁー )とまるで他人事のような感覚に陥っていた。お祓いを施したのは得三本人なのに――。
神主になって約二十年。こういった話には暇がない。あるときなど
「今晩が山だから家族の者を集めておいてくれ」と医者に言われた七十代の方の御祈祷をしたら蘇ったことがある。後日、医者に「奇跡だっ!」とも言わしめた。まあ、偶然と言ってしまえばそれまでのことではあるが――。
しかし得三自身は何となく、ここの神社の御力、自分の憑き物を祓える能力に少なからず自信にも似た感情を抱いていたのだ。
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