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今日の言の葉

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その日、降りてきた言の葉を綴っています。あなたの良き日々に繋がれば幸いです。
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2024年5月の記事一覧

拠り処

拠り処

拠り処。
いい言葉です。
「所」と書く場合もあるけれど
「処」としたほうが断然いい。
拠り処とは、単に居場所ということではなく
拠って立つ何か、なのです。
還るべき基本、頼りとなるもの、
変わらぬ支え。
具体的な場所や人というよりは
普遍的な教えであることが多い。
たったひとつでも拠り処があれば
少しは強く生きていくことができるものです。
だから人はできるだけ早いうちに
拠り処となる教えや考え方と

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体と魂

体と魂

自分を満たそうと
意識ばかり動かしているかも知れない。
「心の時代」と言われるけれど
それは体を置き去りにすることではない。
そもそも「心か体か」という二択であるところに
歪みと分離が生じている。
体を通して体験することで心は育まれ
育まれた心は身体行動を調節する。
その繰り返しの中で魂へと至るなら
どうしてこの体を慈しまずにいられよう。
愛する人に触れずにいられよう。

知識を知恵に変える

知識を知恵に変える

知識はともすれば人を傲慢にします。
ただ「知っている」に過ぎないのに
わかったような気にさせるからです。
せいぜい人に自慢するのが関の山で
人生に役立たないばかりか
危うくさせる元にさえなります。
知識は智恵にしてこそ
人生の道標として役立つのです。
それには得られた知識をもとに
すべてを深く見つめていくことです。
宇宙から地球を眺めるように俯瞰したり
千年単位で時間を眺めてみたり
ものごとを様々

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不安な時のおまじない

不安な時のおまじない

心は絶えず揺れ動いて
ふとした瞬間に雲が広がってしまいます。
いつだって光で満ちていればいいのですが
それでは成長はないのです。
曇りでも雨でも嵐でも
向こうにある青空を信じる
その力をつけるために
心を揺れる設定にしてあるのかもしれません。
星の数を超えるほどの不安を経験した今
確かに対処できるようになっています。
最も簡単な方法はおまじないです。
「大丈夫」
何度でも繰り返すうち
心が強くなっ

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近い将来を設定する

近い将来を設定する

たとえば3年後に
どのような暮らし、どのような生き方
どのような自分であるかを設定してください。
誰といるのか、どこにいるのか
仕事はどうか
どのような空間で
お気に入りのモノは何か
どんな服を着ているかといったことも
具体的にイメージしてみましょう。
「こうありたい」という気持ちに
素直になってください。
設定したら、そこに至るプロセスは考えません。
ただ目的地だけを決めて
途中経過はお任せして

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透明なる序章

透明なる序章

昨日、あなたの心を濡らした雨は
悲しみのヴェールを被っていたけれど
本当の姿は慈しみだったようです。
あなたはまだ気づかないけれど
乾いて固まった過去の傷が
たっぷりと水気を含んで
流れ落ちていったようです。
今日、あなたの心は静寂に包まれ
あきらめが霧のように漂っているけれど
それはすべてを受け入れ肯定する
透明な序章なのです。
風が吹き
雲は流れ
鳥たちが再び歌い始める。
それは新しい物語への

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音を観る

音を観る

自然の中に身を置いて
静けさを観じてみましょう。
「静けさ」とは無音ではありません。
そこには命の音があります。
鳥が歌っています。
花が語らいかけてきます。
風の声、おしゃべりな川の流れ
木漏れ日はクスクス笑っているし
石は時の流れを伝えます。
こういう音が聞こえるようになった時
神さまのメッセージを
的確に掴むことができるようになります。
龍神が現れることも多くなります。
この観じ方は、都会に

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美しい決断

美しい決断

「美しい決断と夢中が私を支配していた」
中西悟堂の『槍ヶ岳』という詩の一節です。
美しい決断と夢中
この言葉が強く胸を貫いてくる。
しかもそれに支配されていた。
そこに幸福のひとつのかたちが
あるように感じられます。
美しい決断とは
必ずしも安らかではないかもしれない。
根底には挑戦していく静かな覚悟が
流れている。
いつの間にか私は「ほどほど」である方を
選ぶのが癖になっていたのかも知れない。

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歳を重ねた美しさとは

歳を重ねた美しさとは

「佇まい」とは単に立っている様子ではなく
その人のあり方までもが表されています。
佇まいには
その人が過ごしてきた
「時」が見えているのです。
どのような心持ちでいるかによって
表情も、言葉も、姿勢も、
立ち居振る舞いも変わってくるものです。
不安を抱え憂鬱に過ごす時間が多かったのか
不満が渦巻いて荒い言葉になりがちだったのか
あるいは
ささやかなことにも感謝して
小さな喜びを積み重ねていたのか

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あなたが主人公の舞台

あなたが主人公の舞台

誰もが自分の物語を生きています。
この世界は舞台のようなもので
あなたという主人公がいて
物語が展開していくのです。
時に舞台装置が大きく変わり
あなたをとりまく風景も人も入れ替わり
物語は新しい段階へと進んでいきます。
現実の世界では
舞台セットがあるわけではなく
人や風景があとかたもなく
入れ替わることはないでしょう。
けれど、そのエネルギーを観じてみれば
昨日と同じ風景、同じ人でも
まるで違

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人もものも自分を映す鏡

人もものも自分を映す鏡

「ものを大事にしないのは
神さまに感謝する心がないからですよ。
それは自分を大事にしていないのも同然なんですよ」
神社のお社には鏡が祀られています。
鏡に向かえば、そこに自分の姿を見出します。
このことは私達の中にも
神さまがおわすこということ、
また、この世のすべては
我が鏡であるということを
教えてはいないでしょうか。
人はもちろんものも鏡なのです。
相手に対して微笑めば
微笑みがかえってくる

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静けさが失われた世界

静けさが失われた世界

宮本常一の「地の声」によれば
府中の大國霊神社で太鼓が鳴ると
新宿まで聞こえたという。
昭和十年代までの話で、日本中が静かだった。
山仕事をする男が歌えば
どこかで働く女が声を重ねる。
姿は見えなくても
男女が掛け合いをしながら親しくなり
恋仲になるのが普通だったという。
自然の音もよくきこえたから
津波を事前に察知し助かった人も多い。
今や世の中に騒音があふれるようになった。
騒音に慣れるという

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本質が問われている

本質が問われている

仏教の本質は「慈悲」です。
人を慈しみ、その悲しみに寄り添うこと。
人生にはさまざまな悲しみがつきものですし、
人間存在そのものも悲しいものです。
なぜなら、必ず最期は死を迎えるからです。
滅びゆく宿命に対して
なすすべもないことを理解し、
人間存在そのものを心から慈しみ、
共に悲しんでくれる。
これが慈悲だと私は理解しています。
慈悲は儒教における「仁」であり、
「仁」は「慈愛」という言葉に

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アセンションが進んでいる

アセンションが進んでいる

花々がバトンを渡すように次々と咲いて
初々しい緑は
日を追うごとにその色を深めています。
もう夏がすぐそこまで
近づいて来ました。
歳明けのことが
まるで遥か昔のよう。
ここまでの月日を振り返れば
わずか数ヶ月のうちに
ずいぶん遠くまで来たことがわかります。
今、時間の感覚は明らかに変わりました。
たとえば5年前と比べても
速いような永いような
かつてない感じが抱かれます。
時間は伸び縮みするよう

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