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のび太の恋 (Sad pure love) 2日目

【登場人物】

功二(こうじ) :主人公。子供の時のあだ名は「のび太」。
優希菜(ゆきな): 憧れの女性。クラスのマドンナ。


2日目(金曜日)


翌日、僕は大学の廊下で彼女と思わず出くわした。 

彼女とは大学こそ同じでも、学部は違っていたので、キャンパス内で出くわすことはほとんどなかった。 
それに、彼女は2年生だが、1年間浪人したまだ僕は1年生である。 
同じ高校生活を送れた彼女と、どうしても同じ大学に進みたかった。 
成績の良い彼女を追いかけるために、僕は1年間を余分に費やした。 

周りの仲間は無理だとあざけ笑っていた。 
自分の親もそんな僕を見て苦笑を繰り返していた。 それでも、彼女がこの僕を大学に入学させてくれた。 のび太とバカにされていた僕が、こんな有名国立大学に入学できるなんて夢のようだった。 

「あ!」
驚いた僕は思わず声を上げてしまった。 近くの数人が僕にチラッと目を遣り、また戻した。 それでも、僕は臆することなく声が出た。

「優希菜さん」
僕は昨日の告白で、少し生まれ変われたのかなあ。 自分でも驚くほど勇気が出ている。
僕の問いかけに、彼女が目を逸らす。
「少し時間をもらえないですか?」
「え、今から? 今から、お友達とご飯を食べに行く所なの」
優希菜さんが両脇の友達に目配せをする。 
「では、食堂に行くまでの間でかまいませんから」 どうして、こんなに強い口調で話せているのかが、僕には不思議で仕方がなかった。
それに驚いたお友達が、彼女に先に行くことを告げると、足早に去っていってくれた。
「ホッ」とする僕の気持ちとは裏腹に、彼女は少し気分を害しているようにも思えた。

「どうして、功二くんは私に付きまとうの?」
突然の彼女の詰問に、僕はたじろぐ。 「勇気」と言う名のエネルギーが急速に減っていく。 
「も、もちろん好きだからです」 少しどもりながら答える。 
「・・・」
「やっぱり、迷惑ですか?」
「迷惑ではないけれど」
「・・・」
「ありがとう。 私のことを好きといってくれて。 でも、なぜ今なの?」
「それは、僕はずっと自分に自信が持てなかったから」
「現在(いま)の功二くんは自信があるの」
僕は大きく首を振る。

「だけど、僕はずっと優希菜さんを追いかけてきました」
「申し訳ないのだけれど、私は全然気が付かなかったわ。」
僕は、これまでの10年間で、優希菜さんと話した言葉の何倍もの量の会話をしていることに興奮した。
「功二くん、少し座りましょうか」
彼女が窓から見えた、校庭のベンチを指さす。 
彼女が先に座り、僕はその右横にゆっくりと腰を下ろす。 あの時と同じであった。


あれは小学校の差後の運動会。

小学6年生の秋。 相変わらず、クラス1番のチビの僕。 
運動会の日に、グラウンドに教室のイスを持ち出してグラウンドに並べる時のこと。 男女6列ずつ右から身長順に、いすを並べるようにと先生に指示された。 僕は当然一番右端。 ただその当時、女子の中で身長が前から6番目だったマドンナ(優希菜)が、偶然僕の横に来たのだった。 

僕の興奮は、運動会の入場行進の音楽なんかに負けることはなかった。 今日がすばらしい1日になることは間違いがなかった。 
僕が競技を終えてクラスの座席の方を見ると、僕のイスを自分の方に引き寄せているマドンナの姿が目に飛び込んだ。 
彼女にしてみては、「乱れている男子のイスをきれいに整えている」、ただそれだけの行為だったのだろうが。 僕がその日の運動会で戦ったのは、白組ではなく自分の高まる鼓動だった。


「功二くんとは、結局大学まで一緒になったわね」
「うん」
「だけど、功二くんとは、今まで余りお話しをしたことがなかったわね」
彼女が主導権を握って話しかけてくれる。 僕はまだ運動会の思い出が、頭の中を駆け巡っていた。
あの時と同じく、隣り合わせに座っている。

「中学の修学旅行で、僕と優希菜さんがお世話係でした」
「そうだったかなあ。 私は覚えていないけど」
お世話係だからといって、2人で特別な話をしたわけではない。 ただ一度だけ、打合せが伸びて、帰りが遅くなった時に2人並んで校庭を横切って歩いたことが有る。 ただ、それだけである。会話は何も出来なかったが、僕の脳裏には、その時の思い出がずっと焼きついている。
そう、これが僕の中学3年間の一番の思い出であった。
 
「優希菜さん、彼氏は居るのですか」
「居ないわ」
「僕は・・・」
「でも、だからと言って、功二くんとのお付き合いなど無理。
 急にそんな気持ちにはなれないわ」
僕の言葉をさえぎって、彼女が口調を強めて話す。
「急にでなくて良いです。 だけど、僕がずっとずっと前から、優希菜さんのことが好きだったことだけは解ってください」
僕は哀願するように話している。
「・・・」
「僕は、優希菜さんだけをずっと見てきました」
「そんな・・・大袈裟に言わないで」

彼女が少し嫌な顔をした。 でも、僕は必死だった。 気の弱い『のび太』が、初めて自分の気持ちを相手に理解してもらおうと訴えているのだ。
「とにかく、今は功二くんの気持ちが迷惑だから」
2人の間を、しばし沈黙が漂う。
 
「優希菜さんはいつも輝いていました。 クラスの中で一番の優等生。 僕のような落ちこぼれとは違っていました」
「そんな事はないでしょう」
「今でも優希菜さんは輝いていますよ」
「そんな言い方は辞めて。 それだったら、私と同じ人生を歩んできた、功二くんも輝いているはずよ」
「それは違います」
「とにかく、私を余り褒めた言い方は辞めて欲しいの」
「僕は、優希菜さんを追いかけてずっと努力をしてきました」
「私だって努力してきたわよ。 功二くんが先程から言っていることは、絶対におかしいわよ」
「ご、ごめんなさい」
 
2人の間が険悪な方向に進んでいることを感じる。
僕たち2人が座るベンチの前をたくさんの学生が行き来している。 全ての学生が楽しそうに笑いあっているように見える。 僕にとっても彼女と歩いてきた10年間が有る。 
簡単にはあきらめられない。 
 
「優希菜さん。 僕が小学生の頃、友達から『のび太』と呼ばれていたことを覚えていますか?」
「ええ、そうだったわね。 功二くん、そう呼ばれるのが嫌だったでしょう」
「いいえ。 反対です」
「え・・?」
「もちろん最初は嫌だったかもしれませんが、今はそのように呼ばれていたことを光栄に思っています。 なぜなら、僕はずっと『のび太』になりたかったからです」
「『のび太』くんに?」
 
その時、遠くの方でお昼を告げる大きなサイレンが聞こえてきた。 
「功二くん。 私お昼ご飯に行かなくては」 彼女が徐に立ち上がる。
「今週の日曜日、会えませんか?」
「ごめんなさい。 もう友達と遊ぶ約束があるから」 彼女は足早に去っていった。


  (3日目に続く)

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