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2023年9月の記事一覧
三島由紀夫の『美しい星』をどう読むか⑩ ボールは投げ返された
第十章、重一郎は末期の癌になっていた。胃潰瘍と診断されて手術を受け、まずは一雄にだけ真実が告げられる。開いてみたが手の施しようがないことが解ってすぐに縫合したのだと。
それもそうだ。胃潰瘍で切開手術もないものだが、そんな告知をするのに医者が、控室で一雄を呼び止めて、
煙草を吸ってしまうのには少し驚いた。そういえば昔はどこでも煙草を吸っていたんだなと思いだす。もちろん今でも路上喫煙者は多い
三島由紀夫の『美しい星』をどう読むか⑨ 兼 『決定版三島由紀夫全集』に校正ミスあり③「ル」はいらない
第九章、羽黒と重一郎は延々と「哲学的」議論を交わす。と言っても屁理屈合戦で、ルールがよく分からない。
それにしても精々手紙を書くくらいしか現実的な手立てを持たない者同士が、ただ自分たちは宇宙人なのだという信念だけを頼りに、人類滅亡と人類救済の是非について討論するという行為そのものが、現代の若者からすれば「中二病」と笑われかねないものだけに、それを見越した三島由紀夫の筆はより深刻さを装い、あく
三島由紀夫の『美しい星』をどう読むか⑧ いつかどの物だ 兼 『決定版三島由紀夫全集』に校正ミスあり② 一事が万事
第八章、一雄は激昂することなく、世間並みにはぐらかした。「親爺はこのごろ少し頭がイカれてゐて」と一雄は言うが、読者はそれが一雄の本心ではないことに気が付いている。しかし大方は、実際のところはそれが真実なのではないかとも考えている筈た。羽黒も、栗田も、曽根も大杉家の人々も。あるいはそこまでおかしくはないにせよ、竹宮という男も相当なものだと思っている筈だ。しかしそこには明確な境界線があって、自分が何
もっとみる『決定版三島由紀夫全集』に校正ミスあり ① どこが決定版だ?
ついに見つけてしまった。これまで「コペルニスク」と印刷されてきたものを「コペルニクス」としれっと直した『決定版三島由紀夫全集』に校正ミスが見つかった。
それは『美しい星』の一節、第八章での大杉一雄の食事の場面。
まずここはぎりぎりOKだろう。
Löwenbräuのオー・ウムラウトの発音は口をoのままエーのようにするのでオーとエーの中間、なんてことは独逸語ペラペラの三島に関して言う話で
三島由紀夫の『美しい星』をどう読むか⑦ 仲良きことは美しきかな
第七章は水星人の一雄の話になる。
ある意味ではこんな現実感のない青年はあるまい。この頃、こんな風に地球を見ていた青年が果して存在していたものだろうか。何度も確認しなくてはならないが、日本に超能力ブームが起こるのは学生運動の末期、1974年以降のこと、矢追純一が「みんなが下を見て歩いているので上を向かせたかった」とUFOブームを仕掛けるのは1970年代末期の事。『美しい星』が書かれた昭和三十七
三島由紀夫の『美しい星』をどう読むか⑥ 美は美だ
今中国では川端康成ブームらしい。三島由紀夫の扱いも気になるところだが、どうしてこうも文化に金を払わないのかとちょっとした怒りのようなものも覚える。ただからブームというのはいかがなものか。結局それはコンテンツの作り手を滅ぼす方向性なのだと気が付かないのだろうか。
さて第六章、話は再び大杉家のこととなる。
暁子は母に連れられて東京の芝の新しい病院へ行く。
飯能から芝?
病院なら池袋
三島由紀夫の『美しい星』をどう読むか⑤ 思い込みが激し過ぎる
どうやら三島由紀夫はまだタコの化け物のような火星人を登場させる気はないらしい。(大杉重一郎は火星人だが、辛うじて人間の姿で踏みとどまる。)その代わり大杉家とは真逆の空飛ぶ円盤目撃者を登場させる。
羽黒真澄、四十五歳の大学助教授、専門は法制史。元大学生の栗田。床屋の曽根。それぞれみなこの世界を恨んでいる。
このいささか乱暴な言いがかりは、美しい詩に転ずる。
いささか理窟の足りないとこ
三島由紀夫の『美しい星』をどう読むか④ ただ信じ合ふことによつて
暁子は無事戻ってきて、年が改まる。
重一郎は偶然はないとして、こんなことを言い始める。しかしどうもつきつめた決定論ではない。つまり確定した未来ということまでは言わない。偶然はないけれど未来は確定していない?
あるいはそんな世界の成り立ちもあり得るのかもしれない。いずれにせよ、未来は計算不可能な複雑さに隠されていて、予測はできない。
二月になる。
暁子と一雄は学校の帰りに池袋で待
三島由紀夫の『美しい星』をどう読むか③ 少しは金を出したらどうだ
第三章では大杉暁子が文通相手の金星人に会うために金沢に旅行に行くことになる。
「◎に関心をお持ちの方、お便り下さい。相携へて世界平和のために尽くしませう」
こんな「宇宙友朋会」の通信に竹宮という男性が反応したのだ。この作品が書かれたのは昭和三十七年、1962年のことなので、三島由紀夫はまだ本当にそうしたことが流行るとは知らなかったわけだが、……。
学研の『ムー』という雑誌の創刊が昭和五
三島由紀夫の『美しい星』をどう読むか② そこは多分池袋西武百貨店だ
おそらくそんなことは現実にもあったに違いない。
宇宙人家族・大杉重一郎と暁子はフルシチョフに手紙を書く。偶発戦争、ボタン戦争の危機を払拭するために、すでに広島に原爆を投下し、自らの手を汚してしまったアメリカを歴史的に孤立させよというのである。(この辺りの主張もドナルド・キーンが翻訳を拒んだ一要素なのかもしれない。政治的にはあまりにもピュアで、当時のアメリカではやはり受け入れがたいだろうという
三島由紀夫の『美しい星』をどう読むか① 三島由紀夫はハートフィールドだった?
ひょっとすると村上春樹のデビュー作『風の歌を聴け』に登場する架空の作家、デレク・ハートフィールドの造形のどこかには、つまり火星人や金星人が出てくるSF小説を書いていて、世間的には全然評価されていなくて、最後は自殺してしまう作家のどこかには、こっそり三島由紀夫への当てつけが隠されていやしないものかと考える。
そう当てつけられても仕方のないくらい、『酸模』から『豊饒の海』まで読んできた読者にとっ
三島由紀夫の書簡を読む⑬ 自衛隊に特攻隊は必要か?
無姓的天皇
何故天皇には姓がないのか。この問題は「そもそも天皇は最初から一番偉い存在であつた」という前提の基、さらには万世一系の神話とともに説明されることが多いようだ。天皇家の始祖が百済から北渡来人であれ、地方豪族のチャンピオンであれ、元々は何らかの姓のようなものを持っていたと考えられるが、例えば「卑弥呼」のような姓のない状態が早くから続いていたとは考えられる。実際になくなる前の天皇の苗字につ