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三島由紀夫の『美しい星』をどう読むか① 三島由紀夫はハートフィールドだった?


 ひょっとすると村上春樹のデビュー作『風の歌を聴け』に登場する架空の作家、デレク・ハートフィールドの造形のどこかには、つまり火星人や金星人が出てくるSF小説を書いていて、世間的には全然評価されていなくて、最後は自殺してしまう作家のどこかには、こっそり三島由紀夫への当てつけが隠されていやしないものかと考える。

 そう当てつけられても仕方のないくらい、『酸模』から『豊饒の海』まで読んできた読者にとっても『美しい星』の設定は唐突で、文章は『命売ります』ほど軽くはないものの、何か三島由紀夫らしくないと感じさせるような筋書きなのだ。

 勿論三島由紀夫という人間にとっては水爆実験の脅威と宇宙人をのせた空飛ぶ円盤の取り合わせは相応し過ぎると言っても良いものだ。実際三島由紀夫は空飛ぶ円盤を招き寄せる儀式に真剣に参加しており、宇宙人の存在どころか彼らが実際に空飛ぶ円盤に乗って度々世界各地を訪れていると本気で信じていたらしい気配があるからだ。

 ひろげられた鋏は、一つの支点を中心にして末ひろがりに対蹠的な空間を形成し、人の手中にありながら容易に世界を二分して、おのおのの空間にその方角の山や湖や都会や海までも包摂するのに、ひとたび鋭い金属的な音をたててそれが閉じられると、広大な世界は死に絶えて、切り取られた一枚の白紙と、奇怪な嘴のやうな器具の形と、それだけしか残さない。

(『美しい星』『決定版三島由紀夫全集第十巻』新潮社2004年)

 こんな文章が書ける男に歴史小説やSF小説の小細工の必要が果してあるのだろうかと思う。無論これは「異化」などという小手先のテクニックではない。『金閣寺』で爆発した屁理屈の王様にとっては鋏一つで世界を二分することなど容易いのだと実地で示されている。つまりSF的要素の力を借りずとも、十分なファンタジーもフィクションも書きうるはずなのだ。お化けやUFOが出てこないというのが一応純文学のルールみたいなことになっているのにはやはりそういうものに頼ってはいけないという意味合いがあって、それはミステリーにおいて未知の化学薬品や道具を使用してはいけないという縛りがあるのと同じことだ。例えばお化けや宇宙人や超能力を前提にしてしまうと、密室殺人のトリックが必要なくなる。

 三島由紀夫は何をしようとしているのか。

 ああいふ人たちはあまりにも日常の具体的なものから離れてしまつたから、世界に禍ひが起きたのだよ。お父さんもかつてはさうだつた。さうだつたから、彼らの心事がよくわかるのだ。かつてのお父さんの身の廻りからは、鋏も蝙蝠傘も庭の植木も野菜サラダも、すべてがよそよそしく逃げ去つてゆくやうな気がした。それは星たちが人間から逃げ去るのと同じことだつたのだ。
 核実験中止も軍縮もベルリン問題も、半熟卵や焼き林檎や乾葡萄入りのパンなどと一緒に論じるべきなのだ。

(『美しい星』『決定版三島由紀夫全集第十巻』新潮社2004年)

 これではまるでデレク・ハートフィールドの造形の一部に利用されたと思しき一人、カート・ヴォネガットではないか。あの三島がジョークセンス迄獲得しようとしている。核実験と野菜サラダを一所に論じるとは、誰にも理解されない屁理屈でもなく、観念の空中戦でもない。

 しかし宿直を「とのゐ」と書き、「夜空を展げる車の前窓」だの「ルュツク・ザック」だの「知的選良」「星あかりに霧ふ空」「世間智」「晶化」「愚昧偸安」「無答責」「頒たれる」「月は望に近く」「放鳩」「鷄初鳴咸」と書いてくる男は確かに三島由紀夫に違いないのだ。「ルュツク・ザック」はドイツ語、「無答責」「頒たれる」は法律用語、「星あかりに霧ふ空」「月は望に近く」は古式な表現、「鷄初鳴咸」は『小学』、そこに「新しいタオルのやうに汚れのない権力」だの「汚い身なりの子供に菓子パンをあたえるやうに」だとの書いて来れば、この男はドイツ語に堪能で法科出身で、古典のしつかりと身についた、そして大岡昇平に「あなたのは、凄いものを持って来て、並列して特別なものを出そうとしておられますね」と言われるような男なのではなかろうか。

 つまりこれは三島由紀夫が書いているのだ。

 第一章は自分たちは火星人や木星人だと信じている家族がUFOを迎えに行ってすっぽかされるところで終わる。このまますっぽかされると思い込みのはげしい家族の話になる。

 果たしてUFOは現れるのか?

 それはまだ誰も知らない。

 何故ならまだ第一章までしか読んでいないからだ。


[余談]

 それにしてもニクソンとフルシチョフの時代からこれまで、水爆が実際に戦争に使用されてこなかったなんて凄いことではなかろうか。勿論立て続けに二発、日本に原爆が落とされたことが幾らなんでもひどいことなのは間違いないが、だからこそなんとかお互い踏みとどまっているという今日の状況は感慨深い。

 しかし明日にでもそんな美しい星は消えてなくなってしまうかもしれない。

 その前に何かやっておくことがあるんじゃない?

     
 雨に暮るる軒端の糸瓜(へちま)ありやなし
 幾秋を古盃や酒のいろ
 井月ぢや酒もて参れ鮎の鮨
 井月の瓢(ひさご)は何処へ暮(くれ)の秋
 埋火(うづみび)の仄(ほのか)に赤しわが心
 海なるや長谷は菜の花花大根(はなだいこ)
 襟巻のまゝ召したまへ蜆(しじみ)汁
 大風(おほかぜ)の障子閉(とざ)しぬ桜餅
 御仏に奉らむ紫藤花六尺
 風吹くや人無き路の麻の丈
 かひもなき眠り薬や夜半の冬
 鴨東(あふとう)の妓がTAXI駆る花の山
 萱草(くわんざう)も咲いたばつてん別れかな
 君琴弾け我は落花に肘枕
 脚立して刈りこむ黄楊(つげ)や春の風
 行秋(ゆくあき)の呉須(ごす)の湯のみや酒のいろ
 切支丹坂を下り来る寒さ哉
 雲か山か日にかすみけり琵琶の滝
 雲遠し穂麦にまぢる芥子の花
 鯉が来たそれ井月(せいげつ)を呼びにやれ
 凩(こがらし)や目刺(めざし)に残る海の色
 冴え返る夜半(よは)の海べを思ひけり
 酒赤し、甘藷畑、草紅葉
 山椒魚動かで水の春寒き
 静かさに堪へず散りけり夏椿
 主人拙(せつ)を守る十年つくね藷(いも)
 栴檀の実の明るさよ冬のそら
 凧三角、四角、六角、空、硝子
 旅立つや真桑も甘か月もよか
 短夜や泰山木の花落つる
 罪深き女よな菖蒲湯や出でし
 つるぎ葉に花のおさるるあやめかな
 鉄線の花咲き入るや窓の穴
 頓服の新薬白し今朝の秋
 ぬかるみにともしび映る夜寒かな
 抜き残す赤蕪いくつ余寒哉
 野茨にからまる萩の盛りかな
 花薊(はなあざみ)おのれも我鬼に似たるよな
 花火より遠き人ありと思ひけり
 藤咲くや日もうらうらと奈良の町
 葡萄噛んで秋風の歌を作らばや
 古草にうす日たゆたふ土筆かな
 星月夜(ほしづくよ)山なみ低うなりにけり
 枕頭(ちんとう)やアンナ・カレニナ芥子の花
 松かげに鶏(とり)はらばへる暑さかな
 松二本芒一むら曼珠沙華
 迎火(むかへび)の宙歩みゆく竜之介
 麦秋や麦にかくるる草莓(くさいちご)
 山になづむ春や日かげの忍冬(すひかづら)
 夕立の来べき空なり蓮の花
 よべの風藺田(ゐた)にしるしや朝雲
 臘梅(らふばい)や枝疎(まばら)なる時雨空
 臘梅(らふばい)や雪打ち透かす枝の丈
 藁屋根に百合の花咲く小家かな
三四人だんびら磨ぐや梅雨入空
青嵐鷺吹き落す水田かな
青蛙おのれもペンキぬりたてか
青蛙おのれもペンキぬり立てか
青蛙のあとをとどめよ高麗の霜
青簾裏畠の花を幽(かすか)にす
青奴わが楊州の夢を知るや否
青奴わが楊州の夢を知るや否や
アカシアの芽匀ふ路ばたのアマ
赤時や蛼なきやむ屋根のうら
暁のちろりに響けほととぎす
あかつきや蛼なきやむ屋根のうら
赤ときや蛼なきやむ屋根のうら
赤百合の蕊黒む暑さ極まりぬ
秋暑く竹の脂をしぼりけり
秋風に立ちてかなしや骨の灰
秋風にゆらぐや蓮の花一つ
秋風や甲羅をあます膳の蟹
秋風や尻ただれたる女郎蜘蛛
秋風や秤にかゝる鯉の丈
秋風や人なき道の草の丈
秋風や黒子に生えし毛一根(コン)
秋風や水干し足らぬ木綿糸
秋さめや水苔つける木木の枝
秋立つ日うろ歯に銀をうづめけり
秋立てばまづ咳をする病者かな
秋の日や榎の梢の片靡き
秋の日や竹の実垂るゝ垣の外
秋の日や畳干したる町のうら
明易き水に大魚の行き来かな
明易き夜をまもりけり水脈(みを)光り
明易き夜をまもりけり水脈光り
あけぼのや鳥立ち騒ぐ村時雨
あけぼのや軒ばの山を初時雨
あさあさと麦藁かけよ草いちご
朝顔や土に這いたる蔓のたけ
朝顔よおもはし鶴と鴨のあし
朝寒や寝れば音する藁蒲団
朝寒やねればがさつく藁布団
朝寒や鬼灯垂るる草の中
朝寒や鬼灯のこる草の中
浅草の雨夜明かりや雁の棹
浅草の雨夜朱莉雁の棹
朝焼くる近江の空やほととぎす
朝焼けの空どよもして蝗かな
朝夕や薫風を待つ楼の角
亜字欄の外や秋立つ竹二本
暖かや蕊に蝋塗る造り花
後でや高尾太夫も冴え返る
あの牡丹の紋つけたのが柏莚ぢや
家鴨ま白に倚る石垣の乾き
甘皮に火もほのめけや焼林ご
甘栗をむけばうれしき雪夜かな
天の川見つつ夜積みや種茄子
雨と机の上のカルタ
雨に暮るる軒端の糸瓜(へちま)ありやなし
雨吹くやうすうす燃ゆる山のなり
雨吹くやうすうす焼くる山の形
雨ふるやうすうす焼くる山のなり
雨降るや竹の匀の古畳
雨降るや物の匀の古畳
アメリカ人がうつタイプライタアに荒るる
怪しさや夕まぐれ来る菊人形
荒あらし霞の中の山の襞
あらあらし霞の中の山の襞
あら可笑し白檀匀ふ枕紙
あらはるる木々の根寒し山の隅
荒るゝ海に鷗とび甲板ラシヤメン
蟻地獄隠して牡丹花赤き
或夜半の炭火かすかにくづれけり
杏として鮭の行方や春の水
杏の種をわりて食ふ三人
庵の秋蓬平ならば山描かん
幾秋を古盃や酒のいろ
異国人なれど日本をめづる柘榴
石垣に火照りいざよふ夕べかな
石崖に木蔦まつはる寒さかな
石菖やわれは古銭を商はん
石菖やわれは茶漬を商わん
石渡る鶴危さや春の水
石渡る鶴危うさや春の水
井月ぢや酒もて参れ鮎の鮨
井月の瓢を何処へ暮れの秋
いつぞやはマリアマグダレナ難儀して
一本の牡丹に暗し月の蝕
糸萩の風軟かに若葉かな
稲むらの上や夜寒の星垂るる
茨刈る手になつかみそ蝸牛
井目に余寒の碁盤画しけり
入日さす豊旗雲やほととぎす
浮き沈む脾腹の肉や昼寢女郎
うき人もをさな寂びたり衣かへ
鶯に藁たかだかと屋根修理
鶯や茜さしたる雑木山
鶯や軒に干したる蒸がれひ
兎も片耳垂るる大暑かな
牛込に春陽堂や暑き冬
うすうすと曇りそめけり星月夜
薄曇る水動かずよ芹の中
埋火に我夜計るや枕上
埋火の仄かに赤しわが心
埋火の仄に赤しわが心
薄雪をうちすかしけり青茨
薄雪をうち透かしけり枳殻垣
薄綿はのばし兼ねたる霜夜かな
海原や江戸の空なる花曇り
午もはやするめ焼かせよ藤の花
海遠く霞を餐(とら)せ小島人
海遠く霞を餐せ小島人
うららかに毛虫わたるや松の枝
烏鷺交々落ちて余寒の碁盤かな
枝炭の火もほのめけや焼き林檎
江の空や拳程なる夏の山
襟巻のまゝ召したまへ蜆汁
炎天にあがりて消えぬ箕のほこり
炎天にはたと打つたる根つ木かな
炎天や切れても動く蜥蜴の尾
大いなる手つと來て茨の實を摘めり
大いなる帽子野分に黒かりし
大うみや黒南風落つる朝ぼらけ
大浦に日本の聖母の寺あり
大年や薬も売らぬ隠君子
大町に穂蓼の上に雲の峰
大町に穂蓼の上に雲の峰 
大町や穂蓼の上に雲の峯 
おかめ笹今年赤める寒さかな
叟一人巴里に食ふ鴨寒からむ
恐るべき屁か独り行く春夜這ひ
落ち葉焚いて葉守りの神を見し夜かな
お降りや竹深ぶかと町のそら
お降りや竹ふかぶかと町の空
お神輿の渡るを見るや爪立ちて
思ひ出や蜻蛉の眼玉商ひし
おもひやる余寒はとほし夜半の山
おらが家の花も咲いたる番茶かな
阿蘭陀の茶碗行く春の苦茗かな
遠火事の覚束なさや花曇り
温泉(デユ)の壺底なめらかに日永かな
温泉の壺底なめらかに日永かな
海上のサルーンに常盤木の鉢ある
帰りなんいざ草の庵は春の風
掻けば何時も片目鰻や五月雨
掻けばいつも片目鰻や五月雨
かげろふや影ばかりなる仏たち
かげろふや棟も沈める茅の屋根
かげろふや猫にのまるる水たまり
雅叙園の茶に玖瑰の花の匀 
春日さす海の中にも世界かな
春日既に幾日ぬらせし庭の松
春日にとぶ首白がらす 
風落ちて枯藪高し冬日影
風落ちて曇り立ちけり星月夜
風落ちる枯藪高し冬日影
風さゆる七夕竹や夜半の霧
風すぢの雨にも透る青田かな
風澄むや小松片照る山のかげ
風光る穂麦の果や煤ぐもり
風蘭や冷光多き巌の隅
片恋や夕冷え冷えと竹夫人
金網の中に鷺ゐる寒さかな
金沢町なかの銀杏は乳も霞けり
かはたるる靴の白さやほととぎす
かひもなき眠り薬や夜半の冬
かへり見る頬の肥りよ杏いろ
鎌倉は谷々(やつやつ)月夜竹の秋
蒲の穂はなびきそめつつ蓮の花
蒲の穂はほほけそめつつ蓮の花
鴨東の妓がTAXI駆る花の山
萱草も咲いたばつてん別れかな
蚊帳釣つて吹かばや秋の一節切
蚊帳釣つて吹かばや秋の一節切(ひとよぎり)
茅屋根に垂るる曇りや春どなり
烏瓜届けずじまひ師走かな
からたちの打ちすかしけり春の雪
からたちや雪うちすかす庭まはり
落葉松の山に白塗りのホテル平か
雁啼くや廓裏畠栗熟れて
雁の棹傾く空や昼花火
雁は見ず堕落せと声を聞く夜にて
枯藪に風あり炭火起す家
枯薮に風あり炭火起す家
枯るる菊のにほひも砂に蒸す日かな
川風や菖蒲の占もしるしあり
川風や菖蒲の仮名はしやうぶ也
川風や黄昏かかる小鳥網
川上や桃煙り居る草の村
川狩りや陶淵明も尻からげ
革の香や舶載の書に秋晴るる
川の病む黄疸、舟の帆の日陰蝶
瓦色黄昏岩蓮華ところどころ
瓦色黄昏岩蓮花ところどころ
瓦屋根にも毛氈干して御虫干
元日や啓吉も世に古箪笥
元日や手を洗ひをる夕ごころ
巻莨の灰が長くたまつたやうな不安
眼底にうごめくものや白絽蟵(しろろちゆう)
寒天や夕まぐれ来る水のいろ
木がらしや目刺にのこる海のいろ
菊の酒酌むや白衣は王摩詰(わうまきつ)
菊のやうな白さ
キスしてさうして敷物のすみをなほす
来てみれば軒はふ薔薇に青嵐
木の枝の瓦にさはる暑さかな
君が俥暗きをゆけば花火かな
君琴弾け我は落花に肘枕
脚立して刈り込む黄楊や春の風
ぎやまんの燈籠ともせ海の秋
胸中の凩咳となりにけり
峡中に向ふ馬頭や初時雨
馭者の一人は眠る白馬なり麦畠
据ゑ風呂に頸骨さする夜寒かな
据ゑ風呂に犀星のゐる夜寒かな
霧雨や鬼灯残る草の中
切支丹坂は急なる若葉かな
切支丹坂を下り来る寒さ哉
桐の葉は枝のむきむき枯にけり
銀漢の瀬音聞ゆる夜もあらむ
金柑は葉越しに高し今朝の霜
偶坐鉄線の花さき入るや窓の穴
クーリーの背中の赤十字に雨ふる
草の家に柿十一のゆたかさよ
草の家の柱半ばに春日かな
草の戸の灯相図(あひづ)や雉ほろと
草の実や門を出づれば水暗し
鯨裂く包丁の光寒き見よ
葛水やコツプを出づる匙の丈
薬煮るわれうそ寒き夜ごろ哉
葛を練る箸のあがきや宵の春
葛を煉る箸のあがきや宵の春
雲遅し枯木の宿の照り曇り
雲なかに岩を残して紅葉けり
紅ふくや江の蘆五尺乱れたる
紅ふくや乱れゆゝしき川の蘆
暮るるらむ春はさびしき法師にも
黒き熟るる実に露霜やだまり鳥
黒き門に真鍮の鎖ある午後 
黒ぐろと八つ手も実のり行春や
黒塚や人の毛を編む雪帽子
黒南風のうみ吹き凪げるたまゆらや
黒南風の海揺りすわる夜明けかな
黒南風の大うみ凪げるたまゆらや
黒南風の沖啼き渡る海豚かな
黒南風の沖群れ渡る海豚かな
黒ばえやたそがるゝ矢帆赤かりし
黒船の噂も知らず薄荷摘み
桑ボヤに日かげ移りぬ午の鐘
勲章の重さ老軀の初明り
薫風や銀鞘来べき廓夕    
傾城の蹠白き絵踏みかな
今朝秋や寢癖も寒き齒のきしみ
下駄正しく傍にむざと杜若
原稿はまだかまだかと笹鳴くや
献上の刀試すや今朝の秋
鯉が来たそれ井月を呼びにやれ
甲比丹(カピタン)乃つんぼ咎めそほととぎす
甲比丹のつんぼ咎めそほととぎす
蝙蝠やゆすりそこねて二朱一つ
凩にひろげて白し小風呂敷
凩のうみ吹きなげるたまゆらや
凩や薬のみたる腹工合
凩や大葬ひの町を練る
木枯らしやどちへ吹かうと御意次第
凩や目ざしに残る海の色
鵠(くぐい)は白く鴉は黒き涼しさよ
鵠は白く鴉は黒き涼しさよ
苔じめる百日紅や秋どなり
苔づける百日紅や秋どなり
苔ばめる百日紅や秋どなり
心は鼠花火の如く廻転した
コップを買ふ食卓に向かひて疲れ
粉壁や芭蕉玉巻く南京寺
この家や火事にもあはで庭の苔
この頃や戯作三昧花曇り
この匂藪木の花か春の月
小春日に産湯の盥干しにけり
小春日のけふも暮れけり古障子
小春日の塒とふらしむら雀
小春日や木兎をとめたる竹の枝
小春日や暮るゝも早き古障子
小春日や梟とまる竹の枝
小春日や耳木兎をとめたる竹の枝
小春日を夕鳥なかぬ軒ばかな
こぶこぶの乳も霞むや枯れ銀杏
ゴルフ人に芝生青々
紺蛇目傘をもれる光とおしろいをつけた顔
冴え返る枝もふるへてさるすべり
冴え返る魚の背砂にまがひけり
冴え返るとなり停なり人なり
冴え返る鄰の屋根や夜半の雨
冴え返る身にしみじみとほつき貝
冴え返る夜半の海べを思ひけり
魚の目を箸でつつくや冴え返る
魚の眼を箸でつつくや冴え返る
さきそむる軒ばの花や茶のけむり
さきのこる軒ばの花や茶のけむり
さゝ鳴きや雪駄ちやらちやら政二郞
酒赤し、甘藷畑、草紅葉
酒前茶後秋立つ竹や石頑に
酒前茶後秋立つ竹を描きけり
笹が根の土乾き居る秋日かな
笹鳴くや雪駄は小島政二郎
笹鳴くや横笛堂の真木林
笹原や笹の匀も日の盛り
山茶花の莟こぼるる寒さかな
定齋賣橋一ぱいに通りけり
五月雨の川に何やら簀巻きかな
さみだれや青柴つめる軒の下
さみだれや青芝積める軒の下
五月雨や玉菜買い去る人暗し
五月雨を鬼蓮の莟咲もあへず
更くる夜を上ぬるみけり泥鰌汁
皿鉢の赤画も古し今年竹
沢蟹の吐く泡消えて明け易き
三階なれば桜しらじらと(にほんよりの) 
三月や大竹原の風曇り
残雪や小笹にまじる龍の髯
残雪や墓をめぐつて龍の髯
三門に鳶の夜啼く朧かな
支那人のボイが入日を見る額の広さ
塩釜のけぶりをおもへ春のうみ
しぐるるや堀江の茶屋に客ひとり
時雨るゝや犬の来てねる炭俵
時雨るゝや屢〃暗き十二階
時雨るゝや軒に日残る干し大根
時雨るゝや昼も火ともるアーク燈
時雨るゝや文衡山もちろり酒
時雨るゝや峯はあけぼの東山
時雨るるや層々暗き十二階
時雨んとす椎の葉暗く朝焼けて
時事新報社の暗き壁に世界図
静かさに堪えず散りけり夏椿
静かさに堪へず散りけり夏椿
沈む日や畑打ちやめば海の音
舌たるう蜜豆くひぬ桃の花
市中の穂麦も赤み行春ぞ
東雲の煤降る中や下の関
しののめの煤ふる中や下関
篠を刈る余寒の山の深さかな
島ぶりの簪は貝や春の風
霜どけにあり哨兵と龍舌蘭と
霜どけに守衛の見る龍舌蘭
霜どけの葉を垂らしたり大八つ手
霜解けや竹むら黄ばむ路の隈
霜のふる夜を菅笠のゆくへ哉
ジヤンクの帆煙るブイの緑青色
秋海棠(しうかいどう)が簇つてゐる竹縁の傾き
祝砲やお降りあればどろどろと
主人拙を守る十年つくね藷
春寒やお関所破り女なる
春寒や竹の中なる銀閣寺
春寒やのび損ねたる日陰独活
春寒やのび損ねたる日陰独活(ひかげうど)
湘南の梅花我詩を待つを如何せむ
静脈の浮いた手に杏をとらへ
燭台や小さん鍋焼を仕る
初秋の蝗つかめば柔かき
初秋や朝顔ひらく午さがり
初秋や蝗つかめば柔かき
初秋や蝗握れば柔かき
徐福去つて幾世ぞひるを霞む海
白壁に芭蕉玉巻く南京寺
白菊は暮秋の雨に腐りけり
白菊や匂にもある影日なた
白南風の沖に群れ鳴く海豚かな
白南風の夕浪高うなりにけり
白南風や大河の海豚啼き渡る
尻立てて這うてゐるかや雉子車
白き驢馬がころがる一匹は行キ
白鷺は後姿も寒さかな
白酒や障子さしたる風曇り
白じらと菊を映すや絹帽子
白じろと犬もほそるか松の風     
白じろとほそれる犬か松の風
白木蓮(はくれん)に声を呑んだる雀かな
白木蓮に声を呑んだる雀かな
白桃はうるみ緋桃は煙りけり
白桃は沾み緋桃は煙りけり
白桃や莟うるめる枝の反り
蜃気楼見むとや手長人こぞる
蜃気楼見んとや手長人こぞる
新小判青くも錆びぬ月の秋
新参の湯をつかひをる火かげかな
新道は石ころばかり春寒き
炊事場の飯の香に笹鳴けり聞きしか
水夫らが甲板を拭ふ椰子の実よ海を
水平の赭水紫立つ朝なり
杉凍てゝ聲あらんとす峽間哉
涼しさや白蓮揺ぐ枕上
砂遠し穂蓼の上に海の雲
炭取の炭ひびらぎぬ夜半の冬
炭取の底にかそけき木の葉かな
簀むし子や雨にもねまる蝸牛
摺古木に山椒伐られぬ秋の風
世界戦争後の改造文学の超国家性 
咳一つ赤子のしたる夜寒かな
惜め君南京酒に尽くる春
赤面の官人の木像かなし錫箔
銭おとす枯竹筒やきりぎりす
線香の束とかばやな桐一葉
線香を干したところへ桐一葉
船室のリンネルの窓かけに入日
栴檀の実に風訊く石だたみ
栴檀の実の明るさよ冬のそら
煎薬の煙をいとへきりぎりす
草庵や秋立つ雨の聞き心
荘厳の梁をまぶすや麦ほこり
惣嫁指の白きも葱に似たりけり
速達の恋一蘇活春風裡
空に知る海のけはひや花芒
ぞろぞろと白楊の並木も霞みけり
大寒や羊羹残る皿の底
大寒や羊羹残る皿の庭
太子会や埃のなかに塔は古り
篁に天下の秋や鳳飢ゆる
篁に飛花堰きあへず居士が家
たかんなの皮のながるるうららかな
竹河岸の竹ひゞらぐや夕凍てて
笋の皮の流るゝ薄暑かな
笋の皮の流るる薄暑かな
竹の芽も茜さしたる彼岸かな
竹むら夕べの澄み、峡路透る
竹むら夕べの澄み峡路透る
凧三角、四角、六角、空、硝子
たそがるる菊の白さや遠き人
黄昏るゝ榾に木の葉や榾焚けば
敲詩了(かうしをへ)芭蕉に雨を聴く夜あらむ
棚梨の莟青める余寒かな
谷幾つ越え来て此処に火取虫
旅立つや真桑も甘か月もよか
たんたんの咳を出したる夜寒かな
短日や味噌漬三ひら進じそろ
暖や葩に蝋塗る造り花
短夜や稿料盗む計   
短夜や仙桃偸む計
竹林や夜寒の路の右左
地堺に針金張れる余寒かな
遅桜極楽水と申しけり
遅桜卵を破れば腐り居る
乳垂るる妻となりけり草の餅
乳垂るる妻となりつも草の餅
茶のけむりなびきゆくへや東山
茶畠に入り日しづもる在所かな
中華有名楼の梅花の蕊黄なり
蝶の舌ゼンマイに似る暑さかな
ぢりぢりと向日葵枯るる残暑かな
月九分あれ野の蕎麦よ花ひとつ
月の夜の落ち栗拾ひ尽くしけり
月の夜の落栗拾ひ尽くしけり
つくばひの藻もふるさとの暑さかな
燕や食ひのこしたる東坡肉
罪深き女よな菖蒲湯や出でし
爪とらむその鋏かせ宵の春
露芝にまじる菫の凍りけり
手一合零余子貰ふや秋の風
手賀沼の鴨を賜る寒さかな
鉄条に似て蝶の舌暑さかな
鉄線の花さきこむや窓の穴
鉄線の花さき入るや窓の穴
出湯の壺底なめらかに日永かな
寺の春暮れて蘇鉄の若葉かな
照り曇る十方くれの暑さかな
天暗し一本杉や凍てゝ鳴る
天心のうす雲菊の気や凝りし
天心はまづしけれども新茶かな
天に日傘地に砂文字の異艸奇花
冬瓜にこほろぎ来るや朝まだき
陶器のやうな白眼
唐黍やほどろと枯れし日のにほひ
唐黍やほどろと枯るる日のにほひ
唐棕櫚の下葉にのれる雀かな
燈台の油ぬめむや夜半の月
燈台の油ぬるむや夜半の春
燈台の丁字落ちたるはなやかさ
唐寺の玉巻芭蕉肥りけり
燈籠ならび線香長し 
遠花火皓歯を君の涼しうす
時鳥雨のかしらを鳴いて来る
時鳥山桑摘めば朝焼くる
飛び石は斜めに芝は枯れにけり
土用波砂吸ひ上ぐるたまゆらや
鳥鷺交々落ちて夜寒の碁盤かな
曇天の水動かずよ芹の中
曇天や蝮生きゐる壜の中
曇天や蝮生き居る罎の中
夏山に虹立ち消ゆる別れかな
夏山の空荒れぬべきけはひかな
夏山の空や小暗き嵐雲
夏山や幾重かさなる夕明り
夏山や空にむら立つ嵐雲
夏山や空は小暗き嵐雲
夏山や空はむら立つ嵐雲
夏山や峯も空なる夕明り
菜の花は雨によごれぬ育ちかな
何の肉赤き廚ぞ軒の雪
二階から簪落として冴え返る
二階より簪落として冴え返る
二階より簪落として冴え返る    
虹ふくや江の蘆五尺乱れたる
虹ふくや乱れゆゝしき川の蘆
日曜に遊びにござれ梅の花
二枚爪のはえた如く不安
尿する茶壷も寒し枕上
荷蘭陀の茶碗行く春の苦名かな
庭石に残れる苔も小春かな
庭芝に小みちまはりぬ花つつじ
庭つちに皐月の蠅のしたしさよ
庭土に皐月の蠅の親しさよ
庭の空に蝉一声や月明り
庭の花さける日永の駄菓子かな
人相書きに曰蝙蝠の入墨あり
ぬかるみにともしび映る夜寒かな
抜き残す赤蕪いくつ夜寒哉
沼のはに木のそそりたる霞かな
沼べりの木々もぞろりと霞かな
塗り膳の秋となりけり蟹の殻
濡れそむる蔓一すぢや鴉瓜
葱に似て指の白さも惣嫁かな
塒とふ鳥も小春の日あしかな
熱の夜の長さに伯母を思ひけり
熱を病んで桜明かりに震えゐる
熱を病んで桜明かりにふるへ居る
野茨にからまる萩のさかりかな
能成に似る印度人の巡査
軒先に和布干したる春日かな
梅花飛び尽くせば風を見ざりけり
灰捨つる路は槐の萊ばかり
灰捨てて白梅うるむ垣根かな
灰墨のきしみ村黌(そんくわう)の返り花
白銅の銭に身を売る夜寒かな
裸根も春雨竹の青さかな
蜂一つ土塊嚙むや春の風
初袷なくて寂しき帰省かな
初午の祠ともりぬ雨の中
初霜の金柑残る葉越しかな
初霜の金柑見ゆる葉越しかな
初霜や藪に鄰れる住み心
初霜や藪に隣れる住み心
初霜や藪にとなれる住み心
初虹や屋根の菖蒲の青む頃
花薊おのれも我鬼に似たるよな
花葛のからみ合ひたる夜明かな
花曇り捨てて悔なき古恋や
花柘榴はらしやめんの家の目じるし
花芒払ふは海の鰯雲
花散るや牛の額の土ぼこり
花散るや寒暖計は静なる
花鳥の一間に風は吹きかよひ
花菜畑に灰色煉瓦の墓二つ
花のこる軒ばの山や茶のけむり
花はちす雀をとめてたわみけり
花はちす雀をとめてたわわなる
花火やんで細腰二人楼を下る
花火より遠き人ありと思ひけり
花降るや牛の額の土ぼこり
花百合や隣羨む簾越し
花を持ちて荷蘭陀こちを向きにけり
花を持ち荷蘭陀こちを向きにけり
春返る支那餅食へやいざ子ども
春風に吹き倒されな雛仔ども
春風の篠に消えたる麓かな
春風の驢に鞭喝を寛うせよ
杳として鮭の行方や春の水
春かへるおぼつかなさや粉煙草
春寒き小包解けば和布かな
春寒くすり下したる山葵かな
春寒く鶴を夢見て産みにけむ
春雨に濡れ細りたる挿木かな
春雨の中やいづこの山の雪
春雨の中や雪おく甲斐の山
春雨や霜に焦げたる杉の杪
春雨や作り木細る路つづき
春雨や檜は霜に焦げながら
春に入る竹山ならん微茫たる
春に入る柳行李の青みかな
春の月常盤木に水際仄かなる
春の日や水に垂れたる竹の枝
春の夜の人参湯や吹いて飲む
春の夜や小暗き風呂に沈み居る
春の夜や蘇小にとらす耳の垢
藩札の藍の手ずれや雁の秋
冷えびえと曇り立ちけり星月夜
日傘さし荷蘭陀こちを向きにけり
日傘人が見る砂文字の異花奇禽
日笠人が見る砂文字の異花禽禽
日傘人見る砂文字の異花奇禽
引き鶴や我鬼先生の眼ン寒し
ひきとむる素袍の袖や春の夜
曳一人巴里に喰ふ鴨寒からむ
日暮るゝ大根畠ひろし土を掘る一人
日暦の紙赤き支那水仙よ
日ざかりや青杉こぞる山の峡
日盛りや馬ものまるる笹の丈
日盛りや梢は曲る木の茂り
日盛りや松脂匀ふ松林
ひたすらに這ふ子おもふや笹ちまき
ひつじ田の中にしだたる柳かな
一鉤の月に一羽の雁落ちぬ
ひと籃の暑さ照りけり巴旦杏
人去って空しき菊や白き咲く
ひと茂り入日の路に当たりけり
人絶えし昼や土橋の草枯るゝ
人遠し明る間早き山桔梗
ひとはかりうく香煎や白湯の秋
緋の幕に金字けむる 
日は天に夏山の樹々熔けぬべし
向日葵も油ぎりけり午後一時
冷眼に梨花見て轎(かご)を急がせし
冷眼に梨花見て轎を急がせし
病室の膳朝寒し生玉子
氷嚢や秋の氷のゆるゝ音
閃かす鳥一羽砂丘海は秋なれど
昼顏や甘蔗畑の汐曇り
昼中は枝の曲れる茂りかな
昼の月霍乱人が眼ざしやな
昼の月霍乱人の目ざしやな
昼の月霍乱人の眼ざしやな
昼深く枝さしかはす木立かな
昼深く枝さしかはす茂りかな
昼見ゆる星うらうらと霞かな
吹かるゝや塚の上なるつぼ菫
更けまさる火かげやこよひ雛の顔
藤咲くやもううらうらと奈良の町
葡萄噛んで秋風の歌を作らばや
麓より匀ふ落葉や月ほがら
冬空や高きに払(ハタ)きかくる音
冬空や二階に払きかくる音
冬の日や障子をかする竹の影
振り返る路細ぼそと暮秋かな
ふりわけて片荷は酒の小春かな
古草にうす日たゆたふ土筆かな
ふるさとを思ふ病に暑き秋
米一揆がんがら雁の雲の下
べたべたと牡丹散り居り土の艶
別るゝや真桑も甘か月もよか
蛇女みごもる雨や合歓の花
望江の病にこもるうららかな
膀胱の病にこもるうららかな
包丁の余寒曇りや韮を切る
縫箔(ぬひはく)の糸に今朝冬の光り見よ
縫箔の糸に今朝冬の光り見よ
木石の軒端に迫る夜寒かな
木石を庭にも見せる夜寒かな
星赤し人無き路の麻の丈
星赤し人無き路の麻の丈ケ
星影に船員が仰ぐ六分儀
干し傘を畳む一々夕蛙
干し草もしめつてゐるや蓮の花
ほし店や名所饅頭黄金飴
ほし店や名所饅頭黄金飴 
榾焚けば榾に木の葉や山暮るる
牡丹切つて阿嬌の罪をゆるされし
檣に瑠璃燈懸けよ海の秋
枕頭(ちんとう)やアンナ・カレニナ芥子の花
町なかの銀杏は乳も霞けり
町なかの銀杏は乳も霞みけり
松かげに鶏はらばへる暑さかな
松風に白犬細うすぎにけり
松風の中を行きけり墓参人
松風や人は月下に松露を掘る
松風や紅提灯秋どなり
松風や紅提灯も秋隣
松風や紅提灯も秋どなり
松風をうつつに聞くよ夏帽子
松風をうつつに聞くよ古袷
睫きもせぬに鬼氣あり菊人形
松二本出水に枯れて曼珠沙華
松二本芒一むら曼珠沙華
窓べに煤煙の火の子見えそむる日暮
卍字蘭に干し物のひるがへる青空
まんまろに入日かかるや野路の杉
万葉の蛤ほ句の蜆かな
磨く物もない石臼をひく
三日月や二匹つれたる河太郎
見かへるや麓の村は菊日和
みかへればわが身の綺羅も冷ややかに
水蘆や虹打ち透かす五六尺
水打てば御城下町の匂いかな
水暗し花火やむ夜の人力車
水暗し花火やむ夜の幌俥
水飲めば与茂平こひし閑古鳥
水洟や鼻の先だけ暮れ残る
水引を燈籠のふさや秋の風
水をとる根岸の糸瓜ありやなしや
道ばたの墓なつかしや冬の梅
道ばたの穂麦も赤み行春や
道ふるひ砲車すぎけり馬の汗
身熱のうつらうつらと夜長かな
耳に水の入つたやうなもどかしさ
明星のちろりにひゞけほととぎす
明星のちろりに響けほととぎす
迎火の宙歩みゆく竜之介
麦刈りし人のつかれや昼の月
麦ほこりかかる童子の眠りかな
むだ話火事の半鐘に消されけり
群れ渡る海豚の声や大南風
群れ渡る海豚の声や梅雨の海
明眸の見るもの沖の遠花火
明眸は君に如くなし月の萩
飯食ひにござれ田端は梅の花
飯中の八仙行くや風薫る
眼を病んで孔雀幾日やつくる春
木犀や夕じめりたる石だたみ
餅花を今戸の猫にかささはや
餅花を今戸の猫にささげばや
もの云はぬ研屋の業や梅雨入空
桃咲くや砂吹く空に両三枝
桃咲くや泥亀今日も眠りけり
桃咲くや日影煙れる草の中
桃咲くや水に青きは鴨の首
桃の花青雀今日も水に来ぬ
門内の敷石長き寒さかな
山羊の毛も苅らでくれけり秋の牧
山がひの杉冴え返る谺かな
山国の蜆とゞきぬ春隣
山住の蕨も食はぬ春日かな
山岨の瀬はあけぼのの河鹿かな
山蔦に朝露すべる葉数かな
山中や実黒の垂枝時雨たる  
山に雲下りゐ、赤らみ垂るる柿の葉
山に雲下りゐ、赤らみ垂るる柿の葉。
山に雲下りゐ赤らみ垂るゝ柿の葉
山の月冴えて落葉の匀かな
山畠や日の向き向きに葱起くる
山花の莟こぼるる寒さかな
山々を枕にしきぬみの蒲団
病間やいつか春日も庭の松
山山を枕に敷きぬ三布の蒲団
山山を枕に敷きぬ三蒲団
湯上りの庭下駄軽(かろ)し夏の月
幽石を知らず三竿の竹の秋
夕顔や浅間が岳を棚の下
夕暮れやなびき合ひたる雪の竹
夕しぶき舟虫濡れて冴え返る
夕立に鬼菱せめぐ水の面かな
夕立の来べき空なり蓮の花
夕立や鮎の鮨皆生きつべう
夕立や我は真鶴君は鶯
夕月や槐にまじる合歓の花
夕鳥の声もしづまる小春かな
夕鳥も小春はかなはぬ軒ばかな
夕焼や霧這ひわたる藺田(ゐた)の水
雪竹や下を覗けば暮るゝ川
雪どけの中にしだたる柳かな
雪の山に青きは何を焼く煙
雪毬にうす日さす竹林の前
徂く春の人の名とへばぽん太とぞ
行けや春とうと入れたる足拍子
柚落ちて明るき土や夕時雨
柚の実の明るき古写本を買ひし
ゆららかや杉菜の中に日は落つれ
宵闇や殺せども来る灯取虫
よく見ればゐるかや茸の雀かな
夜桜や新内待てば散りかゝる
世の中は箱に入れたり傀儡師
酔ひ足らぬ南京酒や尽くる
酔ひ足らぬ南京酒や尽くる春
蕭々と秋立つ竹や石頑に
夜寒さを知らぬ夫婦と別れけり
夜半の秋算木や幾度置き換へし
欄前に茶を煮る僮や竹の秋
龍胆や風落ち来る空深し
老爺が火をすりくるる小説の話 
癆咳の頬美しや冬帽子
蝋梅や枝疎らなる時雨空
蝋梅や枝まばらなる時雨ぞら
蝋梅や雪打ち透かす枝の丈
蝋梅や雪うち透かす枝のたけ
老骨をばさと包むや革羽織
炉の灰にこぼるゝ榾の木の葉かな
論して白牡丹を以て貢せよ
わが庵や鴨かくべくも竹柱
わが友が小便する石だたみの黒み草疎 
わが庭の雪をかがるや木々の枝
若葉明きぬれ手の石鹼の匀
若葉に掘る石油井戸なり
和布刈遠し王子の孤見に行かん
早稲刈つて田の面暗さや鳴く雀
我鬼窟の実梅落つべき小雨かな
われとわが綺羅冷かに見返りぬ
われとわが睫毛見てあり暮るる春

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