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芥川龍之介論2.0

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2022年10月の記事一覧

芥川龍之介の『保吉の手帳から』をどう読むか①  カプグラ症候群ではない

芥川龍之介の『保吉の手帳から』をどう読むか① カプグラ症候群ではない

それは冗談として

 太宰治の名言と言えば何と言っても「ワンと言えなら、ワン、と言います」(『二十世紀旗手――(生れて、すみません。)』)だろうと思う。そのタイトルごと、日本文学史上最高の名言と言って良いのではないか。
 夏目漱石には「そりゃ、イナゴぞな、もし」他スマッシュ・ヒットが数多い。しかし芥川龍之介の名言はなんだろうと思い出そうとしても、これというものが浮かばない。教科書的に言えば中島敦の

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芥川龍之介の『あばばばば』をどう読むか④ それは津波にさらわれた

芥川龍之介の『あばばばば』をどう読むか④ それは津波にさらわれた

何故オランダ?

 この変化は勿論女の為にはあらゆる祝福を与へても好い。しかし娘じみた細君の代りに図々しい母を見出したのは、保吉にとつての呪詛であつた。

 昨日こんなことを書いて分かったふりをしていたが、どうにもわからないことがある。

De Hooghe
Droste
Van Houten

 ……が阿蘭陀趣味であることは解る。しかし、

 この「何処か阿蘭陀の風俗画じみた、もの静かな幸福に溢

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芥川龍之介の『あばばばば』をどう読むか③ 妊娠三ヶ月半?

芥川龍之介の『あばばばば』をどう読むか③ 妊娠三ヶ月半?

そんなわけはない

 間違えていた。迂闊だった。柄谷行人や高橋源一郎や島田雅彦同様、こんなことでは文学界から永久追放されても文句も言えまい。私は昨日、

 この記事で、

 ……と書いてしまった。私は小学校七年生なので子育ての経験がない。だから、親子の情愛がよく解らないんだ、という話ではなくて、二月末に生まれた子に「あばばばばばば、ばあ!」はまだ早いということだ。まだ目も開いていまい。つまり子供は

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芥川龍之介の『あばばばば』をどう読むか② 燻製は干物ではない

芥川龍之介の『あばばばば』をどう読むか② 燻製は干物ではない

文字は便利

 前回私は『あばばばば』は主題が分裂しているように見えるとまるで柄谷行人のようなことを書いただろうか。いや……世界はレキシコンでできていると書いたのか。文字というものは便利なものだ。そして意味も。文字を読めば意味が解る。簡単な図形なら猿にも理解できるかもしれない。しかし「世界はレキシコンでできている」という文章を理解することは永遠にないだろう。本を読むことが出来るのは人間だけだ。読む

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芥川龍之介の『悪魔』をどう読むか? 十字架の力によって諫められることがないものたちへ

芥川龍之介の『悪魔』をどう読むか? 十字架の力によって諫められることがないものたちへ

 今はアニメ『チェンソーマン』が大人気らしい。この間まで『鬼滅の刃』や『ゴールデンカムイ』が評判になったと思ったら今度は『チェンソーマン』だ。いや『パリピ孔明』だってそこそこ人気なのだろうが、枕としては鬼と人間と悪魔の話にしたいので『鬼滅の刃』『ゴールデンカムイ』『チェンソーマン』の流れで考えてみたい。『鬼滅の刃』では鬼は人を食い、鬼に噛まれると人間は鬼になった。そして人間は鬼を切った。『ゴールデ

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あれとこれとそれみたいに谷崎潤一郎と泉鏡花と永井荷風

あれとこれとそれみたいに谷崎潤一郎と泉鏡花と永井荷風

 実際先生は、最も欧化的風潮の盛んであつた時代を生き通した作家であるが、その作品は、純乎として純なる日本的産物である。先生の世界に現はれて来る美も、醜も、徳も、不徳も、任侠も、風雅も、悉く我が国土生え抜きのものであつて、西洋や支那の借り物でない。先生も鴎外の飜訳物などに影響されたことがあり、又先生自身、ハウプトマンの飜訳に従事されたこともあるくらゐで、全然外国文学の感化を受けなかつたとは云へないが

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芥川龍之介の『或日の大石内蔵助』をどう読むか この梅の花は柔かい

芥川龍之介の『或日の大石内蔵助』をどう読むか この梅の花は柔かい

 芥川の得意とするところは「逆張り」あるいは「逆説」である。普通言われていることに対して「実はそうではないのだ」と逆のことを言い出す。これは『鼻』をはじめとしたストーリーそのものに対しても言えることだし、何なら小さなパーツや概念に対しても「違う、違う、そうじゃない」とやってくる。
 この『或日の大石内蔵助』ではそのままストーリーと落ちが「逆張り」あるいは「逆説」となる。まず敵討ちで名を上げた大石内

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芥川龍之介の『あばばばば』をどう読むか① 世界はレキシコンでできている

芥川龍之介の『あばばばば』をどう読むか① 世界はレキシコンでできている

 

世界はレキシコンでできている

 おそらく今の若い人たちの中にはマッチの実物を知らず、知っていても実際にマッチを擦った経験のない人も少なくないだろう。煙草に軒並み軍艦の名前が付けられ、煙草を買うとマッチがおまけで貰える時代があったことを知っている人はごく限られているのではないか。田口千代子が松本恒三から聞かされた西洋煙草の名前には軍艦の名前などなかろうが、もう敷島も朝日も売られていない。朝日

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『彼岸過迄』を読む 4349 黒の中折れを巡って「色変りよりほかに用いる人のない今日」とは?

『彼岸過迄』を読む 4349 黒の中折れを巡って「色変りよりほかに用いる人のない今日」とは?

 何度読み返してもよく分からないのは、田川敬太郎の探偵の下りで、途中でどうも目的が入れ替わり、殆どまぐれ当たりでことをし遂せたような書き方になっていることだ。

 田川敬太郎が松本恒三の黒子を確認するのは宝亭に入った後である。つまりそれまで、

①「今日四時と五時の間に、三田方面から電車に乗って、小川町の停留所で下りる」
②「四十恰好の男」
③「黒の中折に」
④「霜降の外套を着て」
⑤「顔の面長い

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芥川龍之介の『アグニの神』を読む 日本の神は役に立たない

芥川龍之介の『アグニの神』を読む 日本の神は役に立たない

 これは大正十年の作である。「日米戦争」という文字は明治四十年には書籍の中に現れていた。日露戦争後、貧しくなった日本から食い詰め者が世界中に移民する中で、世界との摩擦が広まっていった。

 この当時小説の中には「日米戦争必至論」まで現れる。1910年には「一時日米戰爭は流行語たるか如き觀ありたり」とまで言われ、翌年には「歐洲の或批評家は日米戰爭の場合に起るべき問題を論じ米國は最初二年間連敗ずるも其

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芥川龍之介の『早春』を読む  三重子をスポイルしたのは中村じゃないのか

芥川龍之介の『早春』を読む  三重子をスポイルしたのは中村じゃないのか

 谷崎潤一郎の『痴人の愛』を読みながら、「結局光源氏と違って河合譲治の教育がうまく行かなかっただけなんじゃないのか」と考えてしまった。そもそも天性の悪女などいるものではない。十五歳から十九歳までの間にナオミが受けた影響の多くは河合譲治が与えたものであり、一々指摘すればそれはかなりよろしくないものだった。ナオミを作り上げたのは河合譲治であると言って良いのではないか。

 芥川龍之介の『早春』は谷崎潤

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箒とは何か

箒とは何か

 この「箒なのだらうぢやあないか」については

 この記事でも書いた通り、

 という意味であり、『創作』では前者の意味で使われている。今日はこれだけ覚えて帰ってください。

芥川龍之介の『歯車』をどう読むか④ 聖人の嘘をつかれる筈はない

芥川龍之介の『歯車』をどう読むか④ 聖人の嘘をつかれる筈はない

聖人の嘘をつかれる筈はない

 伝説的動物としてのWormは、いわば翼のないドラゴン、地を這う龍のようなものだ。作中繰り返し現れる翼のモチーフは最終的には歯車の幻覚と入れ替わる。主人公は龍にはなれなかった。翼はなかった。最後に現れた銀色の翼は頭痛を呼び起こす幻覚でしかなかった。主人公はWormでしかなかったのだ。

 昔ぶら下がり健康器というものが流行した。これは一年後大抵物干し器に変わった。ブラ

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何故か女癖が悪いと言われない芥川の不思議

何故か女癖が悪いと言われない芥川の不思議

 私は基本的に作家のスキャンダルには興味がなく、なかなか信じられないことかもしれないが、三島由紀夫が自衛隊に突っ込んだことすら知らず、その主要作品を読んできた。夏目漱石、三島由紀夫についてはその後あれこれ読んだが、今芥川のことを調べていて呆れてしまった。ともかく女好きかと思えば、ホモセクシャルな恋文もある。

 比較は難しいが、浮気の相手は太宰より多く、三島由紀夫よりホモ、…両刀使いである。夏目漱

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