2021年5月の記事一覧
夏目漱石の『こころ』をどう読むか⑮ 蕎麦湯
蕎麦湯 こうしてみると、未亡人の奥さんは先生に対して必要以上にとても親切に思えます。まるでお母さんです。着替えを手伝ったり、蕎麦湯を飲ませたりと、ただの下宿人に対する態度ではありません。それを先生の方では気が付かないのであんなことになるのですが、先生ばかりを気が付かないと責めるのは間違いですね。私も昨日まで気が付かなかったのですが、清が「おれ」に鍋焼饂飩や蕎麦湯を食わしてくれたのは、具合が悪く見え
もっとみる夏目漱石の『こころ』をどう読むか⑨ 「私」は静に子を産ませたのか?
「私」は静に子を産ませたのか?
何十回と読み返してみれば、この引用部分には様々な意味が込められていることが解る。これまで私はこの引用部分からおおよそ以下の様な意味を取り出してきた。
新しい生活様式と剝き出しの生
新しい生活様式という奇天烈な言葉にアガンベンの常態化する「例外状態」と「剥き出しの生」を引き寄せてしまえば、満員の山手線の車内で交わされる外国人や女子大生らの大声でのおしゃべりに対する腹立たしさがいくらかでも和らぐものであろうか。
そうした集団が下車した途端、ゴキブリは殺せないという話を延々と続ける親子ほどの年の差のある男女が現れる。そのつぶされないゴキブリをつぶさまいとする努力を語る言葉の