夏目漱石の『こころ』をどう読むか⑤ 冒頭をどう読むか
冒頭をどう読むか
感想文を書く人には是非作品を二回読んで貰いたいと思います。夏目漱石の『こころ』は多分一度読んだだけでは解らない話です。漱石がそういう書き方をしているのです。『行人』もそうですが、やはり一度読んだだけでは解りません。読み返してみて、ああ、なるほど、となります。
この冒頭には色々と仕掛けがあります。しかし読み直しをしないと仕掛けが見えません。
再読すればこの「よそよそしい頭文字」が「K」のことだと解ります。しかしまだKが使われていないので初見では解りません。Kが出てくるのは随分後なので、こじつけではないかと疑う人がいるかもしれませんが、例えば漱石は『坑夫』を人から話を聞いて材として書きました。色々と専門用語を仕入れてから書き始めたのですが、途中で「シキ」という用語を間違えて使っていることに気が付き、掲載前に原稿を直します。
こう書かれるまでに64388文字が書かれます。原稿用紙160枚以上です。つまり漱石は「シキ」という言葉を使うのを原稿用紙160枚分待ったということです。そしてこの箇所で「シキ」という言葉を使うこと、それまでは使わなかったことを記憶しています。これがなかなか理解されないのですが、小説と言うのは基本嘘話なので、自分で書いたこと、書くことを記憶していないと設定が出鱈目になり、筋がグダグダになります。自伝なら覚えていることを書けばいいのです。しかし嘘なので記憶にはありません。嘘をどんどん拵えてそれを全部覚えるというのは大変な作業です。相当記憶力を必要とします。夏目漱石はワープロを使わないでそういうことが出来る人でした。その漱石の努力と工夫を無視して、「こじつけだ」「無理だよ」と言われると漱石が可哀想です。ですからこの冒頭部分はこのように読んでいいと思います。Kと先生、津田が一緒に出てくる作品に『琴のそら音』があります。勿論このKは『こころ』のKとは違います。『琴のそら音』は幽霊研究の話です。御大葬の日を描いた『初秋の一日』に出てくるKは人ではなく北鎌倉、または鎌倉です。漱石はKという空々しい頭文字を使って読者を揶揄っています。
ここで「筆を執っても」とあることで「私」が何かを書いていること、また「世間を憚かる遠慮」という言葉があることから、書けば即人に読まれることが解ります。この立場に一番ふさわしいのは新聞連載小説家ということになり、「私」は自然、漱石自身に引き寄せられます。しかしここでいきなり「私」は漱石だ、と固定しないで、新聞小説家のようだ、とざっくり捉えて置けばいいと思います。そこを急いでやり過ぎると深読みになり、つい飛躍してしまいます。
飛躍と言うと、いとうせいこうと奥泉光がやらかしています。『夏目漱石 増補新版: 百年後に逢いましょう (文藝別冊)』で対談した二人が、とんでもないポカをやらかしています。
この中国を二人はまさに「中国」(中華民国?)の意味に解釈して「西洋人も出てくるし、国際的ですね」と燥ぐのです。さすがにそれは恥ずかしいと思いませんか。これが何年の話と書かれていないとしても、まさか「中国」はなかろうと呆れてしまいます。いとうせいこうも奥泉光も作家です。プロの書き手の筈です。そのプロが間違えています。漱石の語彙で支那は支那、支那人は支那人です。当時の官報でも支那は支那です。
時代的に西洋人を露西亜人にして、支那人と対比させると面白いという感覚は解らないではありません。しかしそうして飛躍した下らない漱石論がどれだけ世に溢れていることか…。
Kはコリア、韓国だ、なんて解釈もあるそうですから島田雅彦の幸徳秋水、天皇説もまだまだ可愛い方ではあります。高橋源一郎は工藤一(石川啄木)だと書いていました。しかしKは姓ではありません。『三四郎』の感想に「なかなか柔道を始めないな」というものがあって、これは愉快な話で済みますが、いとうせいこう、奥泉光、島田雅彦、高橋源一郎……そして柄谷行人、吉本隆明までが出鱈目を書いている現状は、私には笑えません。夏目漱石が気の毒でなりません。「明治の精神とは明治十年代が持っていた多様な可能性」などと書いているのが柄谷行人で、みんな柄谷行人が怖いのでへこへこして靴を舐めているのですよ。さすがにそれは違うのではないかと誰も言えません。チヌの毒でも飲まされたのでしょうか?
実はこの本を読んで、どうやら柄谷行人が間違っている、ということに気がついた人がいます。しかしどうしても柄谷行人を否定する気になれないようなのです。同じようなことが別の本でもありました。
この『坊ちゃん』論を読んで、一応ちらりと別の「おれ」が見えた人もいるのですね。しかしその人もこれまで自分が持っていた自分の坊ちゃん像というものをどうしても捨てられないのです。恐らくこれまでの自分を否定されるような気分になるのでしょう。理屈と感情は違います。それは解ります。文芸が全部感情で片付けられるものならそれでもいいのですが、漱石はどうしても理屈を書いてしまうのです。三四郎も「おれ」も二十三です。「おれ」は物理学校を三年で卒業するのに二十三です。三四郎の生まれた年は二度訊かれます。先生は二度「私の宅」と言います。これは全て理屈です。
外国人の人が新橋駅を見て、ツイッターで「これがあのソーセキの書いたシンバシ・ステーションか!」 と感激していたので、「違いますよ、別の駅です。新橋の停車場は大正三年ターミナル駅としての機能を東京駅に譲り、貨物駅として汐留駅と改称されました。昔の新橋の停車場の雰囲気は、
ここから見ることができます」というようなメッセージを送ったのですが、ガン無視です。事実の前に自分の感激を取り消す事が出来ないのです。一人は翻訳者です。こういう人にとっては事実というものはどうでもよくなっている訳ですね。教科書問題にしても同じ根を持っています。教科書で切り取った部分だけで『こころ』が理解できる筈もないのに、誰も文句を言いません。結局多くの読者がお尻の所にフォーカスして読んでしまうので、冒頭のすがすがしさに気が付きません。冒頭は皮肉を言うくらいすがすがしいのです。そして先生の罪は許されています。
先生の遺書が「私」に重苦しさだけを与えたのなら、こんなすがすがしい冒頭はあり得ません。三島由紀夫の『豊饒の海』も本当はそう読むべきものでしょう。何もなかったのなら、また始めても良い訳です。『こころ』は必ず二回読んでから感想文を書きましょう。いや、無理に書かなくてもいいのですよ。しかしもし書くのなら必ず二回読んでください。そして必ず冒頭のすがすがしさの意味に辿り着いてください。それは感覚ではなくロジックとして現れてくるものです。
『行人』の冒頭には何がありましたか?
あ、梅だ、と気がついた人の頭の中で「梅と鶯」がつながると、パタパタとドミノ倒しで意味がつながるでしょう。繋がらない人は私の本を何冊か読んでみてください。
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