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〔小説〕猫便り~綴り屋 雫~ 番外編 0【完結】

番外編 エピソード0 虹色の五線譜。【完結】

丸っこい3色毛玉(というよりは、毛糸にも見えてきたが)のようなモフモフしたものが、クリクリ小刻みに揺れながら今日もとある町を歩いている。

町をブラつく1匹の三毛猫。
首には焦げ茶色の革でできた首輪にゴールドの音符♪の形の鈴がくっついている。
名前はその首輪が示すまま音符《オンプ》。

その飼い主は、文房具会社の事務をしている萩野雫《ハギノシズク》。
職場ではそつなく仕事をこなし、ほどよく同僚や先輩ともコミュニケーションをとり、あまり目立たないようにしている(というより、意識せずとも目立たない姿で出社する)。

夕方5時。従業員50人ほどの会社は、比較的就業時間通りに上がれるのがこの職場の良いところだ。
「お疲れ様でした!」
と挨拶をして帰宅する。雫の住んでいるところは都会とはお世辞にも言えないので車通勤。しかも20分足らずで帰宅できる。明日は土曜なので、お酒を買って晩酌でもしようと寄り道をする。

祖父母が住んでいた木造の平屋。
そこに、三毛猫のオンプと2人(1人と1匹が正しいか...)で住んでいる。
古いと言えば古いが、庭があり、縁側があるこの家を雫は気に入っていた。晩酌の場所はもちろん縁側だ。

「ただいま~」

「ミャァオ」
とオンプが足元にすり寄ってくる。

荷物を置き、食事や洗濯、お風呂...
今日は綴り屋の仕事はお休みの日だが、時々オンプが昼間に散歩してきた風景をただただ見せてくれる時がある。
様子を見る限り、どうやら今日はその時々に該当するようだ。

縁側の近くにテーブルを置き、ノートとお酒を準備する。
「オンプ!」
トトトトトトと、カチカチカチカチが混ざった音をたてながらやって来て(いつもと違う部屋だからこそ聞ける音)ノートに触れた。

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晴天。

どこかのブロック塀を歩いている。
「おじいちゃんこれ何?」
見下ろした先にその声の主たちがいた。
「野菜の苗だよ。何の野菜が出来るかはお楽しみだな。」
「えー野菜嫌いー。」
「自分達で作った野菜は美味しいぞ~。」
「またチューリップがいいな。」
「チューリップはまだ、もう少し先だな。」

トンっと地面に降りる音と共に場面が変わった。
前方に親子らしき2人が歩いている。
「パティシエになったらお店でお母さんも雇ってもらおうかな。」
「まだ資料貰いに行っただけじゃん。」
「それにしてもすごい分厚い封筒ね。」
「やっぱり色々お金かかっちゃうかな。」
「子どもがそんな心配しないの!お母さんを舐めないでよ~。まぁ、バイトはしてもらうけどね。」
「もちろん、分かってまーす。」

笑顔で話しているのが顔を見ずとも分かる。
コンクリートから土に変わった。公園だ。
ベンチに座りお弁当を頬張る見慣れた姿が映った。
「旨い。この後は栞書店か。あっ、お疲れ様です。上条です。」
あわてて飲み込んで電話を取った。
「萩野か。何かあったか?」
早い方が良いだろうと、雫が昼間に業者からの連絡を知らせた電話だった。
「了解。助かったよ。なんか栞書店で良さげな新作見つけたら買って帰ってやるよ。お疲れ。」
また弁当を頬張り、おそらく手作りであろうPOPを見ながらニヤニヤしている。

風景が公園から店が並ぶ場所へと移った。
喫茶店のテラスが映っている。
「あの、失礼ですが栞書店の方じゃないですか?」
「はい。そうですが。」
「やっぱり。この間、レシピ本を買わせていただいた者です。今度はじっくり見たいと思って早めに色々済ませてきたら早すぎて。」
「あっ。その節はありがとうございました。実は、初めて私が飾り?を担当したコーナーだったんです。」
「そうなんですね。あの後、色々作って中々上手くできましたよ。今日はお休みですか?」
「ちょっと早めに着いたので一息。私も何冊か買って作ってます。時短便利ですよ。」
「良かったらお勧め教えていただけませんか?」

栞書店の入り口近くになると、反対側から車椅子に乗った高齢の男性とそれを押す女性が歩いてきた。
気付いたのか、店の中から店員が出てきた。
「こんにちは。お言葉に甘えて、今度は一緒にお伺いしました。」
「いらっしゃいませ。お待ちしておりました。」
「また、小説を選んでもらって良いかね。そして、良ければこの間の素敵な本について話しても良いかい?妻はどうも小説じゃなくて写真集派らしくてね。」
「あまりお仕事の邪魔をしちゃダメですよ。」
「もちろんです。実はご紹介させていただきたい本も決まっています。」

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オンプが出逢い、雫が手紙で繋がった町の人々。

笑顔だけで過ごし続けることができたら良いのにと思うときがある。
でも、苦しさ、悲しさ、悩みを経験して生まれた笑顔は強さと愛を含んでおり、周りにも伝染させるほどのパワーを持ったものなのだと、いつか祖母が語っていたのを思い出した。

ふと気が付くと、場面は夕方突然降った雨の後だろうか。

オンプが映し出したその景色には薄く虹がかかっていた。

【END】

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