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ケリー・ライカート『ミークス・カットオフ』マニフェスト・デスティニーと抑圧の歴史

『Old Joy』に始まったオレゴン四部作の三作目。というのも脚本ジョナサン・レイモンドを含め、製作に携わったトッド・ヘインズ、ニール・コップ、ロケハン担当のロジャー・フェアーズなど多くのクルーメンバーがオレゴンに暮らしており、特に感銘を受けているというレイモンドの存在は舞台をオレゴンにし続ける大きな理由となったようだ。前作『ウェンディ&ルーシー』も"撮影地を探してアメリカ中を探し回ったが、結局彼が家の窓から見ながら書いた地元の駐車場になった"としている。『Old Joy』で始まった放浪の旅は『ウェンディ&ルーシー』でその途中として描かれ、本作品では『ウェンディ&ルーシー』のラストにジャンプカットで本作品の頭をそのまま繋げても成立するほど美しい連続性を保っている。ルーシーのために東へ戻ったウェンディが、ジャンプカットで時間を超越した上で、エミリーとして再びオレゴンを目指して西進する。完全に続編じゃないか。

1845年にオレゴンの砂漠を放浪する三家族とトラッパーの一行を追う物語は、ミニマルを極めすぎて背景に褐色の荒野しかないという中々にぶっ飛んだ設定で進んでいく。明白な目的地がどこにあるか分からず、迷っているのかさえボンヤリとも分からない現状において、"放浪"というキーワードが前の作品群と共通することは明白だ。そしてそこに"よりよい生活を目指して"という接頭辞を付けるなら、余計に『River of Grass』のコージーや『ウェンディ&ルーシー』のウェンディと本作品の主人公エミリーは重なってくる。しかしそれは表面上の話で、本作品の内容とは少し離れてくる。

スタンダードサイズに押し込められた荒野の横移動は、最も原始的な形のアメリカンドリームを掴もうと一発逆転に掛ける名もなき人々の精神的葛藤を描きながら、男たちに翻弄され続け抑圧される女性たちを描いている。この苛烈な土地においてですら、男たちはその中で旅の行く末を決め込み、女たちは遠くで話されるその会話の内容を盗み聴くしか自身の状況を知る方法はない。道に迷っているかもしれない、水も底を尽きるかもしれない、そんな状況で馬車の荷重や一行の水分管理といった面倒な役割を押し付けられているのに、彼女たちには発言権すらないのだ。シャーリー・ヘンダーソン演じる身重のグローリーはこう言う。"また黒人みたいな仕事してるわ"。南北戦争以前の中西部ミズーリ州出身の一行からそういった言葉が発せられることに驚きはないが、自分たちの扱いが当時の奴隷と等しいことを物語っている。そして、道中登場する囚えられたネイティヴアメリカンの男に対する扱いは女性たちに対する精神的暴力と対照的に置かれる肉体的暴力として描かれ、虐げられた両者は共鳴し合う。しかし、三家族とミークを含めた8人は決して男女や善悪の二元論で語られるわけではなく、それぞれの立場を主張しているのが面白い。男たちは勿論のこと、女たちの中でもネイティヴアメリカンへの対応には意見が分かれる。最も興味深いシーンは、なだらかな坂を使った高低差でテスロー夫妻とミークの精神的な立ち位置を明示したシーンだろう。この映画で発砲したのはエミリーだけだという事実とともに、マイノリティや女性の扱いに反抗する彼女は、それでも旦那の支配下に置かれていることが分かってしまう。

マニフェスト・デスティニーを体現する西部への移動が中心にある本作品は、最も原始的な形の西部劇としてその神話とジャンルを解体していく。牛は数頭しかおらず、馬もほぼ登場せず徒歩で旅を続け、銃も連射不可能で、地味な移動が続くだけだ。しかも、ほぼ全ての移動シーンは画面の右から左へ進むように撮られており、画面の中ですらマニフェスト・デスティニーに従っていることが分かる。画面の中心にある木に駆け寄った一行が、女性たちを交えて今後を語り合う印象的なラストシーンでは、その画面内での方向感覚すら失われてしまい、我々は完全に迷子になってしまう。ライヒャルトの映画は、ついに帰る家を失くしてしまった。

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・作品データ

原題:Meek's Cutoff
上映時間:104分
監督:Kelly Reichardt
公開:2010年10月8日(アメリカ NY映画祭)

・評価:80点

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