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ケリー・ライカート『Ode』ボビー・リーを覚えてる? with『Then, a Year』『Travis』

1994年に『River of Grass』で鮮烈なデビューを飾ったケリー・ライヒャルトは、次の長編作品まで12年ものブランクがある。その間には中編『Ode』(1999)及び短編『Then, a Year』(2001)と『Travis』(2004)を撮っているに留まる。この頃から自分の手で編集を始めるなど作風の変化も訪れた時期であり、『River of Grass』とは違う表現手法へ手を伸ばそうとして模索しているのが伝わってくる。

・『Ode』

本作品は『River of Grass』から5年後の1999年に製作された。1967年のボビー・ジェントリーによるヒットソング"Ode to Billie Joe"、或いはそれに端を発する映画『ビリージョー / 愛のかけ橋』のためにハーマン・ローチャーが描き下ろした脚本を原作とする50分の中編である。ライヒャルト自身がカメラを持ち、スーパー8で撮影された。原作となった曲にはビリー・ジョーが亡くなった原因や語り部とビリー・ジョーの関係までは深く書かれておらず、ローチャーはジェントリーにインタビューしてまで映画版の脚本を完成させたそうな。映画版ではビリー・ジョーが酔った勢いで職場の上司と行為に及んだことで、自分がゲイであると知って自殺したことになっている。

ライヒャルトは田舎の閉鎖的な社会に窒息しそうな二人の若者に寄り添い続ける。16歳になっても大人として認められず、ベンジャミンという架空の友人と話すボビー・リーも、登場するときは常に一人というビリー・ジョーも、前作『River of Grass』に登場した"コミュニティからはぐれた人々"であり、キャリアにおける連続性を確認できる。物悲しいカントリーソングが二人の孤独な恋愛と反抗に優しく寄り添う。

本作品において、ビリー・ジョーとボビー・リーが信心深いという側面は感じられないが、逆にシンプルにしたからこそ初恋が破れたときの痛みとそれに対して子供だからこそ可能だった最大限の幼稚で独善的な反抗、閉鎖的なコミュニティで性的マイノリティであることの辛さという普遍性を勝ち得ることが出来たのだろう。ボビー・リーだけでなく、ゲイであることを苦に自殺してしまったビリー・ジョーにも寄り添うことで、その悲劇的な結末の捉え方は変わってきてしまう。彼はフォークロアに出てくるような人物ではなく、等身大の人間であったことこそを伝えたかったのだ。

片耳に金のイヤリングをしているビリー・ジョーは、ライヒャルトの親友でこの映画のアート・ディレクターとして製作にも協力したトッド・ヘインズの当時の格好そのものらしく、もしかするとビリー・ジョーの人物造形は彼から取られているのかもしれない。誰か、本当のビリー・ジョーを憶えている人はいるのだろうか?

・『Then, a Year』、『Travis』

順に2001年と2004年に製作された14分と12分の短編映画。双方、抽象的な映像の裏でテレビやラジオの録音音声が流れ、不思議な気分にさせる。前者では実録犯罪テレビから取られた音声、あるいはテキストの朗読が用いられる。一部は『あるスキャンダルの覚え書き』のモデルになったメアリー・ケイ・ルトーノーが生徒に宛てた手紙も含まれているとのこと。異なる事件から抽出した破片を使って新たな事件を再構築している映画のようにも見えるが、詳細はよく分からない。

後者はイラクで亡くなった兵士の母親へのインタビューから音声は取られている。印象派の絵画のような映像は前作の"抽象的な"という言葉の含む意味よりも抽象的になり、より聴覚的情報に集中させる…ということなんだろうか。ライヒャルト行脚での登場以外で見かけたら即刻離れるタイプの映画だが一応最後まで確認すると、抽象画というより亡くなった子供時代のホームビデオをコマ送りにしてピントをボヤかした映像であるような気がしてくる。確証はない。

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