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ケリー・ライカート『リバー・オブ・グラス』ロードムービーの解体と"ワンダ"の再構築

圧倒的大傑作。現代にバーバラ・ローデン『ワンダ』が蘇ったかのような感動がある。しかも、同作より短いにも関わらず、普遍性を突き抜けた形で再構築した本作品は、カップル・銃・車というジャンル映画的なアイテムを手に入れたにしては緩やかかつ気だるげな時間を無限に消費し続ける。『ワンダ』の枠組みを使ってロードムービーを解体し、別次元に再構築してしまったのだ。

映画は主人公コージーの気だるげな自己紹介から幕を開ける。1962年に生まれ、10歳で母親が出ていってしまい、元ドラマーの父は彼女を教会へ通わせる。高校時代に出会ったボビーと特に反発することなく結婚し、前の家主が旦那を殺して壁に埋めた家に移り住む。ド田舎でやることも特にない彼女は、面倒な子育ての傍ら家の中で側転したり、庭でぐーるぐる回ったり、ブリッジしたりして時間を消費するが、虚無感は拭えない。そんな彼女はリーという孤独な青年に偶然出会う。彼は偶然拳銃を拾ったうだつの上がらない青年だったが、つまらない人生を一発逆転しようと"なにかデカいことしようぜ!"と言ってその銃を使う…なんてこともなく、退屈な人生はそのまま延長されていく。めちゃくちゃジャック・ニコルソンに似てるのに何も起こらないなんて最高すぎるじゃないか。

人を撃ったと勘違いしたコージーとリーは二人で逃避行を始めるが、地元から出ていくことすらせず、車は荷物を運ぶアイテムに変わってしまう。こんな華麗なジャンルの解体が他にあるだろうか。押し入る家は締め出された実家で、盗むものはランドリーの服くらいで、強盗をしようとしたら別の強盗に邪魔され、モーテルにはちゃんと金を払い、銀行では強盗はせずにチケットの払い戻しを要求する。コミカルに空回りしているわけでも、単に間抜けなわけでもなく、誰でもない人間から"人殺し"という何者かになっても退屈な人生は同じように流れていくのである。

翻って、今は探偵をやっている父親のすっとぼけ具合も最高。いろんな形で拳銃を忘れてくるモンタージュも良いが、ジョシュ・ブローリンを何倍にも胡散臭くした感じのディック・ラッセルのコミカルな存在感がこの映画を独特な立ち位置に留めている。

本作品は常に気だるげなコージーを演じるリサ・ドナルドソンの光り輝く魅力で満ち溢れている。コカコーラをそのまま哺乳瓶に入れて赤ちゃんに渡すシーンに始まり、庭でブリッジするシーン、高速道路の下で車を止められて無駄話をするシーン、押し入った家でレコードを掛けながら踊るシーン、ゴキブリを叩き潰そうと聖書を投げ渡すシーン、運転席で遊んでいたら寄りかかっていた扉が開いてずり落ちそうになるシーン。全秒が尊い。

永遠に空転を続ける下らない人生は本当に"何者か"になっても回り続け、"one of them"の中に消えていく。車は、どんな人々でも世界から隔絶した上で、そのまま包容してくれるのだ。異質な人間を異質なまま回収した"時代の異端児"『ワンダ』ですらなし得なかった偉業を20年後にライヒャルトは成し遂げてしまった。

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・作品データ

原題:River of Grass
上映時間:76分
監督:Kelly Reichardt
公開:1995年10月13日(アメリカ)

・評価:100点

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