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ケリー・ライカート『ウェンディ&ルーシー』溢れ出す"青色"ですら、彼女のことは救えない

実はルーシーと言う名の愛犬は前作『Old Joy』にも登場していて、ホームレスとの忘れがたい交流を最後に持ってきた同作の続きと観ても差し支えない。ただ、それを飛び越えて『River of Grass』との方が親和性が高い。リーマンショックで全てを失った人々に捧げられた物語は、相棒を失って車も動かなくなった女性が放浪先で放浪するという形でロードムービーを解体していくのだ。『River of Grass』のコージーと本作品のルーシーは共にミスフィッツであることに変わりはないが、前者が犯罪によって社会から逸脱していくのに対して、本作品ではより切実かつ外的な問題(推測ではあるが)が原因で既に社会から逸脱している状態からスタートする。

冒頭の電車の横移動から流れるようにウェンディとルーシーの横移動に切り替わり、電車が停まると彼女たちの旅も止まって物語が動き始める。店の駐車場で寝ていたウェンディは警備員の老人に起こされ、事切れた車を路肩まで移動させる。彼女のパーカーは真っ青で、警備員の服も、背景の家の外壁も、近くに見える自動車修理工の扉も真っ青なのだ。しかし、万引きで捕まって釈放されるまでの間に、ルーシーという相棒は消えてしまい、親友と家を同時に失ったウェンディは見知らぬ土地でたった独りのサバイバルを敢行する。優しかった紺色の夜空も青い外壁も映画の中から徐々に排除されていき、残された味方は青い制服を着た警備員しかいなくなる。彼もまた、リーマンショックによって社会から弾かれた人間であることが示唆される。ルーシーを探す悲痛な旅の中で、彼女に自発的に声を掛けるのはこの警備員や空き缶回収をしているおじさん、焚き火を囲んだ放浪者や山奥で出会うホームレスしかいない。"最初からずっと見てました"という正義漢の店員は、おそらく彼女を彼らと同じ様に蔑んでいたことだろう。

『ウンベルトD』を再構築したとも言われる本作品は車を使ってロードムービーを解体しながら、電車を使ってロードムービーを再構築する映画でもあった。映画は電車の到来と共に始まり、編集のおかげで電車で降り立ったかのように登場した彼女は、やはり電車によって退場させられており、それによって彼女の旅は道半ばであることを明白に示している。そして、車も電話もないウェンディにとって、アメリカを繋いでいるのは電車しかないのだ。飛び乗った貨物電車はゆっくりと動き始め、止まっていた時間もゆっくりと動き始める。夢の街アラスカではなく、全てを置いてきたオレゴンに戻ってくるために。

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・作品データ

原題:Wendy and Lucy
上映時間:
監督:Kelly Reichardt
公開:2008年10月4日(アメリカ 映画祭プレミア上映)

・評価:85点

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