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小説「On the Moon」1話

わたしは月に住んでいた。
冷たくて清らかでひとりぽっちで心地よいところだった。
気ままに起きて眠る生活。
その生活が変わったのはあの人がやってきたからだった。
地球生まれのその人は優しくて弱い人だった。

地を揺るがすような大きな音に、ミュードはそっと目を開いた。眠りから覚まされて少し不機嫌そうに眉を寄せる。静かに立ち上がると土煙の立ちのぼる方向へ、歩き出した。


ミュードは歩みを止めて一目で状況を把握した。不時着した宇宙船とそこから投げ出された少年がそこにはあった。土煙は収まりかけている。
ミュードはそっと少年に近づき、声をかけた。
「もしもし」
少年は呻いたあと、ハッと目を見開き飛び起きてミュードから距離を取った。素早く腰元から取り出した小型武器をその手に握っている。
少年は呼吸を落ち着けてからはっきりとした声で
「ここはどこだ?」
と問うた。
「月よ」
「月……?月に住民登録している生物はいないはずだ。本当にここが月だというのなら、お前は何者だ」
「わたしはミュード」
「な、名前を聞いているんじゃない!」
少年は武器を握りなおし、照準をミュードに合わせる。
「人型をしている生物でも油断は禁物だ。非友好的生物かどうか、見極めなくては……」独り言をつぶやくと少年は質問を重ねた。
「いいだろう。ここが月だというのなら、お前はいつからここにいるんだ?」
ミュードはふわりとあくびをすると眠そうに目をこすった。
「ずっとずっと前から」
「……答えになってないな」
「わたし、さっきまで寝ていたの。それなのに大きな音で起こされて……。まだ眠いから、もういいかしら」
ミュードが踵を返そうとすると、大きな音がとどろき、足元が弾けた。少年の小型武器による威嚇だった。
「動くな。次動いたら容赦はしない」
少年のひたいから汗が流れる。緊張した面持ちでミュードを見据えている。その様子を見てミュードはくすくす笑って、一歩、少年へ踏み出した。
「そんな武器、怖くないわ」
虚を突かれた少年は思わず一歩下がった。取り落としそうになった武器を強く握ると、武器からまた音が響いた。
倒れたのは少年の方だった。
少年は何が起こったのかわからなかった。自分の胸に手をあてると熱い液体――つまりは血液――が流れているのが辛うじてわかった。
遠のく意識の中で最後に少年が認識できたのは、自分を見下ろすミュードの微笑みだった。

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