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小説「On the Moon」14話

「なにかおかしい」
その言葉を聞いてラズは窓に近づいた。
海面が高い壁となって大地に押し寄せていた。ラズの家がある地区の居住地に。そこにはノインもいるはずだった。
「そんな嘘だろ……」
なす術がないのは痛いほどわかっていた。でもラズは地球に向かって父を呼び母を呼び婚約者の名を呼んだ。そして逃げろと何度も何度も叫んだ。

津波はあっけなくたくさんのものを飲み込み海へとさらっていった。

ラズががくりと膝をつく。掛ける言葉が見つからない同期はただそこに立っていることしかできなかった。

そうしているといきなり宇宙船が大きく揺れた。二人は思わず手すりにつかまりながら、目を合わせて何事かと問うたがわかるはずもなかった。

その時、宇宙船から警報が響いた。非常事態をあらわす警報だった。

「軌道修正してください。軌道修正してください」
システム音声が響く中、ラズは同期とコントロールルームへ向かった。

「このままだと海に落ちる!」
コントロールルームに入ると船長が上長に指示を出し誰も彼もが右へ左へ走っていた。
蜂の巣をつついたような騒ぎの中、ラズはまた胸に痛みを感じてうずくまった。なぜか、この状況は自分のせいのような気がした。

「船長!隕石と接触したことで、出口が歪んでいます!着陸しても開かない可能性が!」
「船長……なすすべがありません。この船は海に落ちます」
「地球との通信は?!海に落ちても救助が来るまで持ち堪えれば!」
「地球との通信は繋がっていますが、この船は太平洋に落ちます。それもど真ん中に。発見されたときには俺たちはもう……」
しばし、コントロールルームは水を打ったような静寂に包まれた。

それから船長が静かに告げた。
「最後まで希望は捨ててはいけない。地球に落下予測位置を知らせなさい。海の底よりも、故郷の地で眠るほうが君たちも良いだろう……
その後の過ごし方は自由だ。自分の信じるものに祈るもよし。家族に別れを告げるもよし。
諸君いままでついてきてくれてありがとう。黄泉の国でまた会えることを願ってるよ」
その言葉を聞いて何人かの隊員が個人連絡用の地球との通信ルームに走り出ていく。最期の時、家族に想いを伝えるために。

「ノイン」

愛しい名を呼ぶ。もう会うこともできない人の名。その名を呼んだ瞬間、激痛が走り、ラズはもしかしてと思った。そんなはずはない。あれは夢だったんだ、そう思うのに考えはぬぐえなかった。この痛みを引き起こしているのが、ミュードなのではないかという考えを。

そしてそれを肯定するようにラズの耳元でささやき声がした。

「ゆるさない」

それは確かにラズが知っているミュードの声だった。

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