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Random Walk

287
執筆したショートストーリーをまとめています。
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2020年12月の記事一覧

渇望のその先へ

渇望のその先へ

『不要不急の外出を控えていただくよう要請を……』
『今週末の不要不急のイベントは軒並み中止となり……』
『特にですね、不要不急と見なされる行事はやめていただいて……』

不要不急、不要不急、不要不急。
ある時から壊れたレコードプレイヤーのごとくにおおやけを名乗る人々から唱えられるその文言は、まるで呪いの言葉のように世間に広がっていった。錦の御旗のようにその言葉が掲げられれば、こちらとしては黙らざる

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聖夜の空騒ぎ

聖夜の空騒ぎ

「メリークリスマース!」

大学一年生の私、轟美沙は所属するオカルト同好会の会長である東條先輩と二人でアパートのチャイムを鳴らしながらそう叫んだ。

……しかし反応はない。

「あれ?」

いつもなら不機嫌そうな顔をしながら同じく同好会に所属する宗像先輩がドアをゆっくりと開けてくれるのだけど。
ここは大学からもほど近い、宗像先輩のアパートである。私と東條先輩はクリスマスの今日、近所のスーパーで食料

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いちばん夜の長い日

いちばん夜の長い日

今日は冬至だ。

ゆず湯に入ったりかぼちゃの煮物を食べたりする日。

一年でいちばん夜の長い日。

すぐに辺りが暗くなるから部活は夏場よりも早く終わる。
街灯のちらつく光がぽつぽつと落ちる道を白い吐息を弾ませながら学校から帰ってくる。

詩織が玄関先で佇んでいた。

「やっほ」

私の姿に気がつくと、気慣れた様子で片手をあげてこちらに挨拶をしてくる。黒っぽいコートを羽織って毛糸の帽子を目深にかぶっ

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猫とビーズと占い師

猫とビーズと占い師

私は占い師だ。

占い師といえば運命を探り当てることが仕事だけれど、そのための道具は私の場合は色とりどりのビーズだった。なんでなのだろうと疑問に思うこともあったけれど、たぶんそれに深い理由なんてものはない。それが道具として選ばれた事自体がきっと運命の導きなのだ。人によってはそれがタロットだったり水晶玉だったり筮竹(ぜいちく。あのじゃらじゃらした竹の棒の束だ)だったりするのだろう。

ただ問題なのは

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Fly me to the moon

Fly me to the moon

「クリスマスには、どこへ行きたい?」

夕食後にキッチンで食器の洗い物をしている彼から不意に問いかけられたのは、今年のクリスマスの予定だった。リビングに面したキッチンカウンターの向こう側からこちらを見つめてくる表情は普段通りでなんの気負いもなく、夕飯のメニューを決めるときと同じくらいの気軽さが乗っかっていた。
そういえばもうそんな季節だったなぁとソファに寝転がってスマホをいじる手を止めて、なんとは

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海を吐く

海を吐く

まだ幼い娘がダイニングテーブルの上に吐き出したのは、海だった。

突然、なんの前触れもなく俯いたかと思うと蛇口の栓を限界まで開けたかのように娘の口から吐き出される大量の水を、私はしばし呆然と見つめていた。

大量の水を吐き出し続ける娘の表情はその異常さに反比例して驚くほどに穏やかだった。淡々と、成すべき事をなしているだけだとでもいうように大人びた表情で自分の口元を見つめている。

それが海だと気が

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