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平野啓一郎「空白を満たしなさい」

平野啓一郎「空白を満たしなさい」を読んだ。この小説は、死んだ人が生き返ったらどうするか、という荒唐無稽な思考実験という趣があって、その時に生ずる問題や社会現象としてどのように推移していくか、また実際に生き返った人間がどのように振る舞うのかというのが想像されていて、そこがとても小説的だ。生き返った主人公の死因は自殺で、本人はそれを否認している。当然なのだけれど人間は死の直前までしか経験できない。それで主人公は死の瞬間を探り始める。はじめは事実の否認から入り、自分が自殺したのだと

    • Django

      Modern Jazz Quartet のレコードで日本でのみ販売された「MJQのすべて」というアルバムがある。このアルバムは生まれて初めて買ったレコードで、高校一年生だった。北海道の小さな町で唯一レコードを買うことが当時できたのはまたその町に唯一の古本屋で、レコードは一律2000円だった。自転車のカゴに何枚かレコードを入れて走っていると同じ学校の生徒とすれ違って、カゴの中身を「なにあれ、図鑑かな?」などと会話しているのが聞こえた。「図鑑じゃなくてレコードですよ〜。」と内心で

      • 理由

        最近話したことで印象的だったのは、大江健三郎が60年代に小説を書くことについて語ったエッセーの中で、「カラマーゾフの兄弟」のような小説、いわゆる金字塔とも言えるような作品がすでに存在しているにかかわらず自分が小説を書くことの意味とは何か、という問いに対して、大江はそれについて夏目漱石「こころ」を例に出している。「こころ」の中の「先生」は特に何か仕事をしていたわけではなくて、実績も何も残しておらず、ただ友人の好きだった人を奪って友人を自殺せしめた、そのようなことを主人公に手紙で

        • ナッツ、政治

          語学学校の帰りに、住んでいるアパートの前で小学生くらいの子どもがおそらく近くの森で拾ってきたらしいナッツを売っていた。スケボーの上に一つ一つ包んだナッツとお釣りが用意されている。声をかけられたので拙いドイツ語で一つ買って帰ったが、なんとなく楽しそうだった。 学校ではドイツの政治状況を習う。現状ドイツには6つの政党が存在し、与党のCDUとSPDのふたつを合わせても半数に満たない。それ野党左派die Linkeは10から12%、die Grunenは約20%、中道右派FDPは約5

        平野啓一郎「空白を満たしなさい」

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          5-3

          KとN美は晴れてA市から離れた、W市での教員に採用された。新任の頃に僻地に赴任しておけば数年後A市や、ほかの都市部に赴任し続けることが有利であるためであった。W市はA市よりさらに北に位置する港町で、二人は数年以内に結婚する予定であったが、それはあくまで二人の間だけでのことであり、新任の教員ふたりが既にできている、という噂は職場や狭い街の父兄に話題を提供することになった。Kは公然と校長以下先輩教員にも結婚の意志を宣言したものの、聞き流された。新任のKの宣言は同僚には生意気に映り

          5-2

          雪解けを待たずに今や市街の中心部に鎮座した最新建築であるN市庁舎に、開拓事業の停止が告示された。S夫は来るべきものが来たとして、JとRが寝たあとの居間でK美と話した。開拓事業者は目下国家最重要課題であるところの、鉄道敷設工事の職が保証されている、とのことである。しかしそれは家畜と土地を放棄することを意味する。また鉄道工事に従事する者には都心部の公営団地があてがわれる。S夫の工務店紛いでは市の入札にも参加できないしS夫に仕事を依頼していた業者も、これ以上手伝いの人夫にさらに仕事

          Ernest Berk exhibition

          シンガポールの帰り道、偶然出会ったさやかさんという女性がGroup Aというユニットをしており、彼女が演奏するというダンスのショウを見てきた。Ernest Berkという人の作品であるらしい。ドイツ人と英国人との間に生まれたBerkは1933年にドイツでユダヤ人の妻Lotteとともにダンスの学校を開設したが、共産主義者としてナチスに激しく迫害され、妻の表現を禁止された翌年、英国に亡命した。Berkは非欧州圏の宗教から大きな影響を受け英国において自身のパフォーマンス以外にもテレ

          Ernest Berk exhibition

          旅の思い出

          シンガポールは久しぶりにアジアの夏の蒸し暑さと、それにまつわる様々を思い出させた。肌に張り付いたシャツと、ときたま流れてくる風の涼しさ、あるいは不自然なまでに冷房の効いたショッピングモールに足を踏み入れたときの感覚。今回は宿泊先から会場までの送迎、その後の空港までの送迎まで、若いシンガポール人スタッフが担当した。シェンディというその女性は常にリュックを背負ったまま影のように我々に寄り添って全ての進行が滞りないようにする。我々はただ彼女の作った道を通っていけばよかった。 ホ

          旅の思い出

          大衆の反逆

          最近は語学学校で会った韓国人の友人とよく外で酒を飲むのだが、日本のニュースを逐一チェックしている身としては、互いに母国に居ない分余計にそのことについて話すことが多い。お互い母国について思うところはあるがそれについてはいい。しかしこと日本における議論が憚られるような環境は考えものである。歴史的事実はさておき、声高に主張される言説はある一定の方向を向いており、それらは大抵の場合、一般の、普通の市民の意見だと注釈される。それも普通の市民によって。普通の日本人ならこう思うはずだ、一般

          大衆の反逆

          渚ようこのこと

          渚ようこの訃報はヤフーニュースで見た。彼女とは東京に移住してからの一時期、交流があった。出会いは drive to 2010というイベントで、新宿ロフトのバースペースでシベールが演奏し、隣の大きなステージで渋さ知らズのゲストで歌ったのが彼女だった。歌い終わった彼女は渋さ知らズのステージに裸の中年が出てきた事に辟易して隣に移動し、そしてたまたま我々の演奏を見た。 演奏終了後に興奮気味に声をかけてきた時の彼女に、はじめから関心があったわけではなかった。我々のアルバムを出すために自

          渚ようこのこと

          欧州紀行7

          翌日のプラハのライブが近隣のトラブルかなにかでキャンセルされた結果ベルリンに二日間滞在することになった。ライブではオーガナイザーとの会話で地方都市におけるヘイトデモの話を聞く。数千の人々が反移民政策など、差別的なデモを実行し、そのすぐ後でそれに対するカウンターデモに、10倍ほどの人数が集まったという。このような話題はローマでも耳にした。 ベルリンはベルリンである、という、メッシーナで出会った男性の話が思い起こされる。彼は他のドイツの都市とは違ってベルリンの特殊性を強調していた

          欧州紀行7

          欧州紀行6

          翌日のプラハのライブが近隣のトラブルかなにかでキャンセルされた結果ベルリンに二日間滞在することになった。ライブではオーガナイザーとの会話で地方都市におけるヘイトデモの話を聞く。数千の人々が反移民政策など、差別的なデモを実行し、そのすぐ後でそれに対するカウンターデモに、10倍ほどの人数が集まったという。このような話題はローマでも耳にした。 ベルリンはベルリンである、という、メッシーナで出会った男性の話が思い起こされる。彼は他のドイツの都市とは違ってベルリンの特殊性を強調していた

          欧州紀行6

          欧州紀行5

          旅先では不思議と料理がしたくなる。 Strangely I want to cook somehow during tour. 提供された部屋に調理器具がある場合はそれを使って料理をする方が安上がりだし、日常に近い作業をした方が精神的に良い気がする。 I can spend less money, if I cook by myself with kitchen utensils, in case there are some in provided room to slee

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          欧州紀行4

          11/7 キャラバッレはBright valleyという意味の土地で今回は2度目だが前回のホテルの地下とはうって変わって郊外のレストランの離れが会場だった。基本的にイタリアのライブは始まるのが遅く、夕食を食べたあともしばらくは歓談する。レストランであればなおさらだ。エドアルドが突然、日本にある3種のアルファベット、漢字、ひらがな、カタカナの違いや日本語の文法について尋ねてきた。彼にとっては見慣れない文字、また漢字の成り立ちについて話しているうち、話す言語によって性格まである程

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          欧州紀行3

          11/6 昨日はオフでナポリ近郊のサレルノからキャラバッレへ移動。 車中でエドアルドからイタリアのパンクロックについて聞く。80年代後半から90年前半はイタリアのパンクロックの全盛期で、なかでもCCCP、チチチピ、ソビエト連邦という名前のバンドが影響力を持っていた。CCCPのボーカルはイタリア語による激しいアジテーションと語りのようなスタイルでそれ以降イタリアのパンクバンドは彼のような語りと歌との中間のようなスタイルが流行した。 当時のイタリア、彼らの出身地は農業から工業へと

          欧州紀行3

          欧州紀行2

          11/5 メッシーナからの帰路、前日の大雨は晴れて、オーガナイザーが紹介するレストランで魚料理を食べるはずだったが、予算が一人30ユーロと聞いてあえなく断念。そのかわり現地の安い食堂へ。カウンターからガラスケースを見て食べたいものを頼むスタイルだが、現地の魚を使った料理があったので頼む。小さめのイワシを開いたようなものが、団子状の芋のようなものの上に乗っていて、トマトソースがかかっている。ひものの匂いは久しぶりで懐かしい。満腹でかつ6ユーロ。 帰りは奇妙な天気で雨が降り出した

          欧州紀行2