碧海裕

南原企画「月光」誌常連投稿者。ISSAYさん関連の楽曲二次創作掌編小説がメインです。

碧海裕

南原企画「月光」誌常連投稿者。ISSAYさん関連の楽曲二次創作掌編小説がメインです。

最近の記事

“D”

(201209著)  ターミナル駅の待ち合わせスポットから少し離れたところに君が立っていた。季節柄ぎっちりと着込んでいた訳でもないのだが、痩身・長髪・黒尽くめといった見かけは、慣れている筈のこちらから見ても思わずギョッとする程に浮いて見えた。首都の雑踏ー喧騒の中でもそんななのに、如何にも素朴そうな帰郷先でも同じ風情でいたら(きっと同じ風情だろう)浮きまくること必至だろう。  ただ、その風情が「君」なのだということは明らかで、君が何処の誰かなんて知らなくても(つまりは俗に言う有

    • 愛のうた

      (承前)  本当ならば君とは途中の駅で別れるはずだった。僕の決意で流れが変わった。君は“是”と言ってくれたけど、それでも少し不安だった。ー君が電車から降りなければこの賭けは成立する。  君の降りる駅。君は開いたドアの向こうを一瞥した。ドアがものすごくゆっくりと閉まって、君はそのままここに居た。僕はどうやら緊張していたらしい。思わず吐いた溜息のあと、サングラス越しの君の視線を感じた。君は口角をあげていた。  僕の降りる駅。君が隣に居る。僕の意識はもう10mも先を駆けている。コー

      • 嵐の夜に~晴れの今日の日

         去年モデルをやっていた絵が美術館の公募展に出品されているから明日一緒に見に行こう、と何故か僕の部屋に君が転がり込んできた。最寄りの駅で待ち合わせれば済む話だと言ったら、以前支度に手間取って定刻に来なかった相手を待ちきれずに先に行ってしまったことがあるから、と罰が悪そうに返してきた。お前が遅刻じゃなくて?と混ぜっ返したら、だってずっと楽しみにしてたから…と子供のようなむにゃむにゃとした口振りをした。ー遠足かよ。っていうか、お前俺を目覚まし代わりにする気だろ。と言ったら、そうだ

        • happy V

          (20100215脱稿)  うわ、すげぇ。これライブ写真じゃん。チロルチョコでこんなこと出来るんだ。ねぇこれもらってもいい? 「ひと組だけだぞ」来場者用なんだからな、とリーダーが言った。まあ、どうせみんな欲しがるだろうから、とそれなりの数は作ってもらったらしい。じゃ有難く、とひと組3個をいただいて、俺は友人に電話をかけた。「ー俺だけど。日曜日逢える?ーうん、じゃ、そっち行くから」ありがとう、と俺は電話を切った。さあ、今日はこれからライブだ。 「日曜日?判った」電話の向こう

          夢魔~逢魔時の祝宴

           「お久し振りね。ーあら、おりませんの」黄昏時、女が彼の居城を訪れると、主は城を留守にしていた。「あら?杖と影が残っているーということは、常の方に居るということね」それなら待たせていただくわ、と気負いもなくソファに身を沈めた。それにしても。女は独り言ちった。通常なら影があちらに居るはずなのに。  よく眠っている。ベッドの中の彼女は昼間の勝ち気さとは異なる、見た目の年頃の娘のようにしどけない。世界で最も美しく清らかで、稀有な生き物。彼女の額に手を遣り、苦しくない程度に力を封印

          夢魔~逢魔時の祝宴

          Ciel Bleu(X-day)

          ーここから見える空は、なんて深いのだろう。  それは文字通りの「青天の霹靂」だった。真夏の深夜、有り得ない報せが届いた。示された日、示された場所に向かい、無言の君に会う。報せを受け取った時は驚くばかりで、こうして君の静かな顔を見ても泣くことはできなかった。 「何やってんだよ!」誰かの慟哭が耳に入った。君の肩を揺り動かして起こしたかった。きっとそこに居る誰もがそんな心持ちだったろう。殺しても死ななさそうで、君自身も何百年も生きてやる、そう言っていたから。  君は明日、ここから懐

          Ciel Bleu(X-day)

          Sad Sail~水平線~

           世界の果てを見たかった。街から程近い入り江から眺める海原は、少年の心を駆り立てた。そして水平線に隠れ行く太陽。 太陽が海に触れた瞬間、確かに海が泡立つ音を聴いた。幾度となく。  幼い頃。太陽の炎が海に消されたから明日はもう来ない、と涙で目が溶けそうなほど声を嗄らし、親に「お日様はお休みなさいしただけよ」と諭されたが、それでも今日の太陽は無くなって、明日の太陽は別のものだという稚気が底に残っていた。  あの水平線に辿り着いた時、どんな景色が待っているのか、何が視え、聴こえ、そ

          Sad Sail~水平線~

          アルルカンの涙

           辻弾きのヴィオロンの音が哀しく響く。彼は旅のシルクを待っている。この冷え切った石畳の上で、彼のシルクが巡って来るのを待っているー  嘗て彼は、小さなシルクで世界中を巡っていた。ヴィオロン弾きと、手弾きオルガンと、人形劇とそして美しい踊り子。  ヴィオロンは語る、あの夏の一夜の僥倖を。夜明けとともに散った愛を。アルルカンの至高と悲愁の涙を。  アルルカンは美しい踊り子に憧憬を抱き、半ば付き人のように踊り子の一挙手一投足を見守り続けていた。踊り子が彼の世界の全てだった。踊り子

          アルルカンの涙

          Double(ドッペルゲンガー)

           昼間でも日光の当たらない、うらぶれたONEーWAYのストリート。無論昼夜を通して人通りは賑やかではない。その一角から毎夜、君を眺める。  ガード下からストリートの定位置に辿り着くまでに、幾つもの冷やかしの声を浴びる。黄昏、背が延びた建物の影に自分の影が貫かれているのを見て、こんな風に深く貫かれたいものだと密かに望んでいる。  けれども、君のその望みは未だ裏切られたまま。「このひとなら」と受け入れても君の希望は叶わない。それでも厭きず毎夜ストリートに立つ。いつかはと微かな希望

          Double(ドッペルゲンガー)

          サンルーム(ガラスの部屋)

           未だ夜も明け切れていない朝帰りの町中できみに出逢った。まだ人の気配がしない一軒屋の一角からふと視線を感じた。目をやると、一匹の犬と眼が合った。居心地の良さそうなサンルームにちょこんと座り、自分に対して嬉しそうな素振りを見せていた。その時の懐さが印象に残り、何かというとその家の前を通るようになった。  夜更けの時も黄昏の時も、滅多にない午下がりの時でさえも、初めての出逢いと同じように瞳を輝かせ、尻尾を振り回す。ガラス越しでは届かないことを知っていてか、吠え立てる素振りは見せな

          サンルーム(ガラスの部屋)

          Ein dunkler markgraf~逢魔が刻~「闇の伯爵:魔性の刻」より

           「蛇に睨まれた蛙」という言葉がある。蛇に目をつけられた蛙は恐怖のあまりその場で動けなくなってしまうという、というものだ。そのような事態が今まさに自分の身に起こっている。らしい。  黒衣の男が半ば寝そべるようにソファに身を沈め、尊大にこちらを見つめている。背筋が泡立つような抗えない魅力(ちから)を湛えて。その視線が、荊の蔓のように自分に絡みつく。  絵に、引き込まれる。それがどれほど恐ろしいものか対峙した本人から語られることはまずないだろう。絵に魅入られ引き込まれた者は、ある

          Ein dunkler markgraf~逢魔が刻~「闇の伯爵:魔性の刻」より

          Ein dunkler markgraf~堕天の咎

           「ー君にはこれが何に見える?」背にした壁を横目で見ながら彼は画家にそう問うた。 「…はて。大型の鳥の化石のようにも見えますし、それにしてはされこうべは人のようにも見えますし」画家は筆の手を休めることなくそう応答した。  この落ち着きが彼にはありがたかった。この画家は、ここのところ数年彼を描き続けている。出会い自体は他愛もない。獲物を物色しに町に下りたところで画家に魅入られ、いつものように言い寄られた挙げ句居城へ入れることを許した。 (これで何人目になるだろうか)絵画芸術とい

          Ein dunkler markgraf~堕天の咎

          Ein dunkler markgraf~深紅の聖杯(feat.“黒い犬”)

           夢を見ているのだろうか。いつの間にか鬱蒼とした深い森の中を彷徨っていた。遙か彼方に見える小さな光の点を目指して道なき道を歩いていた。月明かりさえも霧に遮られ、只管暗い道を進む。  緩い坂を登りきったところで峠に出た。そこで道が十字に分かれていた。目指していたはずの光の点は見回しても見つけられなかった。途方に暮れ、膝から崩れ落ちた。  分岐路に誰かが迷い込んだことを使役が伝えた。黒い霧から生まれた黒い犬。丁度飢えかけていたし何より退屈だった。犬の眼を透して「それ」をからかっ

          Ein dunkler markgraf~深紅の聖杯(feat.“黒い犬”)

          Ein dunkler markgraf~沙漠のステージ

           真夏の灼熱に弱る躯を宥めるために午睡と洒落込む。庭先の木々の水脈が、在るはずのない血脈と呼応する。寝入り端、木々の水脈に意識が乗って地下を巡り、その最果てに辿り着いた。それは蜃気楼と呼ぶには輪郭がはっきりとしている、沙漠にポツンと浮かんだ石造りの舞台だった。  砂漠の果てから徐に近づいてくる二つの影。近づくにつれて、日除けの白い上衣を纏った若い男女であることが見て取れた。懐かしい歌のように、駱駝に乗ってはるばる砂丘を越えて来たのだろうか。ーこの舞台に呼ばれて。  砂の流紋が

          Ein dunkler markgraf~沙漠のステージ

          Ein dunkler markgraf~Butterfly Effect

           「うた」が生まれる。想いが言葉へと姿を変えて顕れ、風に乗って運ばれていく。  窓越しの空はいつの間にか深い色になり、生き物たちが恋を交わす季節になったことを告げていた。 恋をして結ばれて、そして子を成す。遙かな過去から遙かな未来へと繋げるために。その悠久の営みを数え切れない程繰り返し見てきた。僅かな年月の儚い命。よくもまあ厭きずに続けていくものだ。次の命に繋げるためだけに生きる。私にはそれが哀しく見える。  昔、戯れに一頭の蝶を助けた。彼女の産み付けた卵が芋虫となり、木の葉

          Ein dunkler markgraf~Butterfly Effect

          Ein dunkler markgraf~La Dance Macabre(fert.泡沫の舞踏会)~

           馳走と白粉と香水の混ざった馥郁たる香りと、穏やかなざわめきで男は重い瞼を上げた。そこには、御伽噺の中でしか知らない煌びやかな光景があった。 目覚めた場所はいつもの薄暗い屋根裏部屋の垢じみたシーツの中ではなく、柔らかくフカフカな別珍と思しいソファの上で、抱えていたはずの酒瓶も可愛らしい色合いのクッションに変わっていた。そしてそのクッションを抱えた袖は、動かすたびに模様が変化する毛織物で、手首からは爪のささくれで破れてしまいそうな薄いレースのカフスが覗いていた。  はて、俺はと

          Ein dunkler markgraf~La Dance Macabre(fert.泡沫の舞踏会)~