碧海裕

南原企画「月光」誌常連投稿者。ISSAYさん関連の楽曲二次創作掌編小説がメインです。

碧海裕

南原企画「月光」誌常連投稿者。ISSAYさん関連の楽曲二次創作掌編小説がメインです。

最近の記事

Time Refugee

 嘗て、壁の向こうを焦がれていた男がいた。壁を越えた先を切望したまま、一生を終えた。壁の向こうを知ることもなく終えたのは、幸せだったのかもしれない。  壁の向こうからやってきた男がいる。だが彼は、壁の向こうのことを失っている。ただ壁の向こうでの想いを引き摺ったまま、光を求めて藍色の闇の底を突き進んでいる。  壁を越えたかったのも、壁を越えたのも、「向こう」に失えないものがあったからだ。「それ」を探し当てて、存在に安心するために。  自分の掌に規則正しい鼓動が伝わってくる。ー

    • 折鶴(201602脱稿)

       その日、世界的ロックスターが亡くなったとのニュースが突然世界中を巡った。俄には信じられないことだった。病を得ていたとの話はとんと聞かず、何より新作を発表したばかりだったのだ。  僕は、この知らせに思った以上に自分が狼狽していることに驚いた。そしてすぐに、「彼」に憧れていた君に思いを馳せた。  君にとって「彼」は現在の君を創ったもののひとつだ。髪型を同じにしていたこともある。ステージパフォーマンスも「彼」を意識していないと言えば嘘になる。「彼」は君が大好きなアーティストであり

      • TOMORROWー王様の新しい服ー20130517花鳥風月より

         それは突然に降って湧いた話だった。僕達の知古のユニットの何周年だかのイベントに、二人別個に出演依頼されたのだ。もちろん快諾したが、 それを知ったのがお互いに顔を合わせた今というわけだ。  「…お前はどれで行く?まさかメイン?」「それは無茶すぎる。キャバレミュージックで出るーそういうお前こそどうするんだ」「ソロでは出ないよ。最近始めたやつにした」  時の偶然かはたまた互いの照れなのか、今挙がったユニットたちのお互いのステージを見に行ったことすらない。君の言った「キャバレミュー

        • “D”

          (201209著)  ターミナル駅の待ち合わせスポットから少し離れたところに君が立っていた。季節柄ぎっちりと着込んでいた訳でもないのだが、痩身・長髪・黒尽くめといった見かけは、慣れている筈のこちらから見ても思わずギョッとする程に浮いて見えた。首都の雑踏ー喧騒の中でもそんななのに、如何にも素朴そうな帰郷先でも同じ風情でいたら(きっと同じ風情だろう)浮きまくること必至だろう。  ただ、その風情が「君」なのだということは明らかで、君が何処の誰かなんて知らなくても(つまりは俗に言う有

          愛のうた

          (承前)  本当ならば君とは途中の駅で別れるはずだった。僕の決意で流れが変わった。君は“是”と言ってくれたけど、それでも少し不安だった。ー君が電車から降りなければこの賭けは成立する。  君の降りる駅。君は開いたドアの向こうを一瞥した。ドアがものすごくゆっくりと閉まって、君はそのままここに居た。僕はどうやら緊張していたらしい。思わず吐いた溜息のあと、サングラス越しの君の視線を感じた。君は口角をあげていた。  僕の降りる駅。君が隣に居る。僕の意識はもう10mも先を駆けている。コー

          嵐の夜に~晴れの今日の日

           去年モデルをやっていた絵が美術館の公募展に出品されているから明日一緒に見に行こう、と何故か僕の部屋に君が転がり込んできた。最寄りの駅で待ち合わせれば済む話だと言ったら、以前支度に手間取って定刻に来なかった相手を待ちきれずに先に行ってしまったことがあるから、と罰が悪そうに返してきた。お前が遅刻じゃなくて?と混ぜっ返したら、だってずっと楽しみにしてたから…と子供のようなむにゃむにゃとした口振りをした。ー遠足かよ。っていうか、お前俺を目覚まし代わりにする気だろ。と言ったら、そうだ

          嵐の夜に~晴れの今日の日

          happy V

          (20100215脱稿)  うわ、すげぇ。これライブ写真じゃん。チロルチョコでこんなこと出来るんだ。ねぇこれもらってもいい? 「ひと組だけだぞ」来場者用なんだからな、とリーダーが言った。まあ、どうせみんな欲しがるだろうから、とそれなりの数は作ってもらったらしい。じゃ有難く、とひと組3個をいただいて、俺は友人に電話をかけた。「ー俺だけど。日曜日逢える?ーうん、じゃ、そっち行くから」ありがとう、と俺は電話を切った。さあ、今日はこれからライブだ。 「日曜日?判った」電話の向こう

          夢魔~逢魔時の祝宴

           「お久し振りね。ーあら、おりませんの」黄昏時、女が彼の居城を訪れると、主は城を留守にしていた。「あら?杖と影が残っているーということは、常の方に居るということね」それなら待たせていただくわ、と気負いもなくソファに身を沈めた。それにしても。女は独り言ちった。通常なら影があちらに居るはずなのに。  よく眠っている。ベッドの中の彼女は昼間の勝ち気さとは異なる、見た目の年頃の娘のようにしどけない。世界で最も美しく清らかで、稀有な生き物。彼女の額に手を遣り、苦しくない程度に力を封印

          夢魔~逢魔時の祝宴

          Ciel Bleu(X-day)

          ーここから見える空は、なんて深いのだろう。  それは文字通りの「青天の霹靂」だった。真夏の深夜、有り得ない報せが届いた。示された日、示された場所に向かい、無言の君に会う。報せを受け取った時は驚くばかりで、こうして君の静かな顔を見ても泣くことはできなかった。 「何やってんだよ!」誰かの慟哭が耳に入った。君の肩を揺り動かして起こしたかった。きっとそこに居る誰もがそんな心持ちだったろう。殺しても死ななさそうで、君自身も何百年も生きてやる、そう言っていたから。  君は明日、ここから懐

          Ciel Bleu(X-day)

          Sad Sail~水平線~

           世界の果てを見たかった。街から程近い入り江から眺める海原は、少年の心を駆り立てた。そして水平線に隠れ行く太陽。 太陽が海に触れた瞬間、確かに海が泡立つ音を聴いた。幾度となく。  幼い頃。太陽の炎が海に消されたから明日はもう来ない、と涙で目が溶けそうなほど声を嗄らし、親に「お日様はお休みなさいしただけよ」と諭されたが、それでも今日の太陽は無くなって、明日の太陽は別のものだという稚気が底に残っていた。  あの水平線に辿り着いた時、どんな景色が待っているのか、何が視え、聴こえ、そ

          Sad Sail~水平線~

          アルルカンの涙

           辻弾きのヴィオロンの音が哀しく響く。彼は旅のシルクを待っている。この冷え切った石畳の上で、彼のシルクが巡って来るのを待っているー  嘗て彼は、小さなシルクで世界中を巡っていた。ヴィオロン弾きと、手弾きオルガンと、人形劇とそして美しい踊り子。  ヴィオロンは語る、あの夏の一夜の僥倖を。夜明けとともに散った愛を。アルルカンの至高と悲愁の涙を。  アルルカンは美しい踊り子に憧憬を抱き、半ば付き人のように踊り子の一挙手一投足を見守り続けていた。踊り子が彼の世界の全てだった。踊り子

          アルルカンの涙

          Double(ドッペルゲンガー)

           昼間でも日光の当たらない、うらぶれたONEーWAYのストリート。無論昼夜を通して人通りは賑やかではない。その一角から毎夜、君を眺める。  ガード下からストリートの定位置に辿り着くまでに、幾つもの冷やかしの声を浴びる。黄昏、背が延びた建物の影に自分の影が貫かれているのを見て、こんな風に深く貫かれたいものだと密かに望んでいる。  けれども、君のその望みは未だ裏切られたまま。「このひとなら」と受け入れても君の希望は叶わない。それでも厭きず毎夜ストリートに立つ。いつかはと微かな希望

          Double(ドッペルゲンガー)

          サンルーム(ガラスの部屋)

           未だ夜も明け切れていない朝帰りの町中できみに出逢った。まだ人の気配がしない一軒屋の一角からふと視線を感じた。目をやると、一匹の犬と眼が合った。居心地の良さそうなサンルームにちょこんと座り、自分に対して嬉しそうな素振りを見せていた。その時の懐さが印象に残り、何かというとその家の前を通るようになった。  夜更けの時も黄昏の時も、滅多にない午下がりの時でさえも、初めての出逢いと同じように瞳を輝かせ、尻尾を振り回す。ガラス越しでは届かないことを知っていてか、吠え立てる素振りは見せな

          サンルーム(ガラスの部屋)

          Ein dunkler markgraf~逢魔が刻~「闇の伯爵:魔性の刻」より

           「蛇に睨まれた蛙」という言葉がある。蛇に目をつけられた蛙は恐怖のあまりその場で動けなくなってしまうという、というものだ。そのような事態が今まさに自分の身に起こっている。らしい。  黒衣の男が半ば寝そべるようにソファに身を沈め、尊大にこちらを見つめている。背筋が泡立つような抗えない魅力(ちから)を湛えて。その視線が、荊の蔓のように自分に絡みつく。  絵に、引き込まれる。それがどれほど恐ろしいものか対峙した本人から語られることはまずないだろう。絵に魅入られ引き込まれた者は、ある

          Ein dunkler markgraf~逢魔が刻~「闇の伯爵:魔性の刻」より

          Ein dunkler markgraf~堕天の咎

           「ー君にはこれが何に見える?」背にした壁を横目で見ながら彼は画家にそう問うた。 「…はて。大型の鳥の化石のようにも見えますし、それにしてはされこうべは人のようにも見えますし」画家は筆の手を休めることなくそう応答した。  この落ち着きが彼にはありがたかった。この画家は、ここのところ数年彼を描き続けている。出会い自体は他愛もない。獲物を物色しに町に下りたところで画家に魅入られ、いつものように言い寄られた挙げ句居城へ入れることを許した。 (これで何人目になるだろうか)絵画芸術とい

          Ein dunkler markgraf~堕天の咎

          Ein dunkler markgraf~深紅の聖杯(feat.“黒い犬”)

           夢を見ているのだろうか。いつの間にか鬱蒼とした深い森の中を彷徨っていた。遙か彼方に見える小さな光の点を目指して道なき道を歩いていた。月明かりさえも霧に遮られ、只管暗い道を進む。  緩い坂を登りきったところで峠に出た。そこで道が十字に分かれていた。目指していたはずの光の点は見回しても見つけられなかった。途方に暮れ、膝から崩れ落ちた。  分岐路に誰かが迷い込んだことを使役が伝えた。黒い霧から生まれた黒い犬。丁度飢えかけていたし何より退屈だった。犬の眼を透して「それ」をからかっ

          Ein dunkler markgraf~深紅の聖杯(feat.“黒い犬”)