Sad Sail~水平線~

 世界の果てを見たかった。街から程近い入り江から眺める海原は、少年の心を駆り立てた。そして水平線に隠れ行く太陽。
太陽が海に触れた瞬間、確かに海が泡立つ音を聴いた。幾度となく。
 幼い頃。太陽の炎が海に消されたから明日はもう来ない、と涙で目が溶けそうなほど声を嗄らし、親に「お日様はお休みなさいしただけよ」と諭されたが、それでも今日の太陽は無くなって、明日の太陽は別のものだという稚気が底に残っていた。
 あの水平線に辿り着いた時、どんな景色が待っているのか、何が視え、聴こえ、そして感じるのか。躰に刻み込まなければ活きたことにならない、と歳毎に焦燥感が増していく。
 そして現実はというと、年毎に人は減り賑わいが欠けていく。見知った顔が一人、また一人ともっと大きな街へ出て行き、そのまま音沙汰がない。色々な別れが身に沁みた。まだ年若いのにともすれば老成の心持ちになりそうなまでに。
 この海以外の大海へ進むために舟を手に入れた。航海の術も身につけた。冒険などという甘っちょろいものではなく、生涯を海の上で過ごす覚悟として。
この街が決して嫌いだった訳ではない。自分が生まれ、育まれてきた場所であることは間違いない事実だ。それでも「見知らぬ世界」を欲する憶いは静まることはなかった。

 旅立ちの日は決めていた。歳越しの祭で街が賑やかな時にひとり密かに出立する。例え見送りの者がいようとも振り向くことはないだろう。
 自分の舟は港の隅の小さな波止場に泊めてある。乗り込む刹那に、もう一度街に瞳をやる。ところどころ切れたネオンが既に懐かしい。
夜明けの霧笛が響く。船出には打って付けだ。繋げたロープを外し、勢いよく岸壁を蹴る。舟がゆるりと岸を離れる。帆が風を捉え、孕む。あとは風と海流を頼りに進むだけだ。これからはひとり、いや影と同行二人で昏い海を行く。
 今自分が立っている海は、これからの道程なのだろう。望むところははっきりしているのに、そこに辿り着くまでの途方のなさ。狭い甲板に仰臥し、凍みるような星空に囲まれて夜を過ごす。視界の際に流れ星を認め、望みを唱えようとして、自分がその最中に在ることを思い出す。それなのに何故こんなに不安なのだろう。腕が自然と躰に回された。星空を見上げ、とめどなく涙が流れる。今まで生きてきた十何年分の悲しみが洗い流されていくようだ。その悲しみひとつずつに声をかける。
ー今夜のような穏やかな夜は稀だろう。風のない日も、霧の中足元すら認められない朝も、マストを支え続けなければならない嵐にも出会うだろう。それでも、今まで自分を包み込んでくれていた街(ばしょ)から自分の意志で歩み始めた。目指すのは、太陽と海が番う場所だ。

 小さな意思はいつの間にか集い、風は力強く帆を孕ませる。そして男達は、永遠に太陽と海が融ける場所を探し続けている。

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