Double(ドッペルゲンガー)

 昼間でも日光の当たらない、うらぶれたONEーWAYのストリート。無論昼夜を通して人通りは賑やかではない。その一角から毎夜、君を眺める。
 ガード下からストリートの定位置に辿り着くまでに、幾つもの冷やかしの声を浴びる。黄昏、背が延びた建物の影に自分の影が貫かれているのを見て、こんな風に深く貫かれたいものだと密かに望んでいる。
 けれども、君のその望みは未だ裏切られたまま。「このひとなら」と受け入れても君の希望は叶わない。それでも厭きず毎夜ストリートに立つ。いつかはと微かな希望を持って。ーそれとも、その日その日を生きる為の選択としてー?
 遠くはない歓楽街から届くネオンをスポットライトの如く嬉々として浴びている 訳では決してないが、「商品」を見せなければ商売自体が成り立たない。自分が歓楽街向けのモノではない事は百も承知だ。そんな自分にうんざりした自暴自棄の心持ちと、ストリートに立ち自らを差し出すことで得る悦楽。天秤に量るようなものではないが、それらが互いに錯綜する。
夜闇の中に浮かび上がる、花のように綺麗な顔(かんばせ)と華奢な肢体。嫌でも他人を引き付ける。そして近づいてから、存在の意味を相手は識る。その毒を呑み込められるか、深い瞬きからの見据えた視線で量られる。ー選ぶのはあくまで相手で、君にその権利はないけれど。
 その一部始終を毎夜、私は眺めている。けれども君は決してその存在には気付かないだろう。種類が異なるだろうが、私自身、他人の視線を浴び、値踏みをされる身分だ。そして君と違って、己の価値を自分で決めることは出来ない。対峙した相手が評価し、印象を口にし或いは心に秘す。唯それだけだ。

 夜が徐々に深くなる。草臥れたスーツに身を包んだ草臥れた者達が、一刻の安らぎを得ようとガード下に重い足を運ぶ。その中途に、君と私の姿を認めることが出来るだろう。私にはブルジョワジーの象徴としての、そして君には遙か昔にあったはずの己の青春のひとつを。相通ずるのは、結局は手には届かない莫迦げた夢。「これ」が自分のものだというステイタス。飢えてはいるのに追おうとはしない。

 昼間でも日光の当たらない、うらぶれたONEーWAYのストリート。無論昼夜を通して人通りは賑やかではない。その一角から夜毎君を眺める。
 私は看板のようにこの店の飾り窓を彩る。そして道行く人々に美しい嘘まやかしを提供する。君は春をひさぎ、一夜の夢を提供する。
 君の姿を認めた者が近づき、さりとて声をかけるのは躊躇い、そして去っていく。その度に安堵とも痛みともいえない溜息を君は吐く。その姿は宛ら憂えた天使のようだ。
ーほら、今夜も君を求める声がする。今度こそは君も愉しめるんじゃないのかな?

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