Ciel Bleu(X-day)

ーここから見える空は、なんて深いのだろう。
 それは文字通りの「青天の霹靂」だった。真夏の深夜、有り得ない報せが届いた。示された日、示された場所に向かい、無言の君に会う。報せを受け取った時は驚くばかりで、こうして君の静かな顔を見ても泣くことはできなかった。
「何やってんだよ!」誰かの慟哭が耳に入った。君の肩を揺り動かして起こしたかった。きっとそこに居る誰もがそんな心持ちだったろう。殺しても死ななさそうで、君自身も何百年も生きてやる、そう言っていたから。
 君は明日、ここから懐かしい橋を渡り山の麓にある本当の別れの場に向かい、姿を変えさせられてしまう。自分もそれなりに長く生きてきたから、その場面に立ち会ったこともある。だが今程堪える時はきっと自分が死ぬまでないだろう。もし自分がそこに居たら。周囲の制止を振り切ってしまうだろうか。それとも変わり果てた君の姿に気を失ってしまうのかもしれない。
 眠っているかのように静かな君を後にして東京へ戻る。現実を目の当たりにしても僕はそれを受け入れることはやはり出来なかった。

 盂蘭盆会が過ぎ、ロックバーでのライブの首尾はどうだったのか訊きたくて君に電話した。呼び出し音がいつまでも続いていた。ーそうか、君はもう電話に出られないんだ。それでも君の声を聞きたくて幾度となく電話をかけ、その度君が存在しないことを思い知らされる。それでも諦めきれずに番号を押す。そのうち無機質なアナウンスが流れるようになった。

 あの日から7週間の秋分の日。改めてあの場へ赴いた。碑は花が手向けられ、傍らの標には君の名前が刻まれていた。君は今、小さくなってこの碑の下に居る。受け取りたくない現実がそこにあった。(どうしてそこに名前があるのだろう)頭の中でその想いがぐるぐると廻っていた。
 その想いに捉えられ茫然と立ち尽くしていると、不意に柔らかな風が僕の前髪を過った。風に煽られて顔を上げると、どこまでも青い空が拡がっていた。誘われるようにその場を抜け、海へと向かった。防風林を横切り防波堤に登る。君が話していた海がそこにあった。波音と潮風が夏の名残を感じさせた。また風が柔らかく背中を押し、防波堤を海へと降りた。波打ち際まで足を進め、仰臥してもう一度空を見上げた。
 君は夏がいちばん好きな季節だと言っていた。見上げた空は夏の気配が途切れないまま。君が季節を留めているのかもしれない。耳元の波の音が、君の歌う声や笑い声に聴こえてきて、僕は漸く泣くことができた。
 君の時計は確かに止まったのかもしれないけれど、君と歩いていくことはきっと今までと変わらない。そしていつか。また。

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