TOMORROWー王様の新しい服ー20130517花鳥風月より

 それは突然に降って湧いた話だった。僕達の知古のユニットの何周年だかのイベントに、二人別個に出演依頼されたのだ。もちろん快諾したが、 それを知ったのがお互いに顔を合わせた今というわけだ。
 「…お前はどれで行く?まさかメイン?」「それは無茶すぎる。キャバレミュージックで出るーそういうお前こそどうするんだ」「ソロでは出ないよ。最近始めたやつにした」
 時の偶然かはたまた互いの照れなのか、今挙がったユニットたちのお互いのステージを見に行ったことすらない。君の言った「キャバレミュージック」は、基本がピアノとバイオリンと歌い手の構成で、ざっくり言えば“アンダーグラウンドなシャンソン”といった色合いのものらしい。ーしかもタキシードを身に纏って。「…上流階級の人間みたいだ」格好良いにも程がある。まあ、伯爵とか密かに言われちゃってるし。と君が得意そうな顔をする。本来の社交界があったなら君は注目の的なのだろうな、と思いを馳せる。「ーはいそこ妄想しない!」目の前で掌がパチンと合わさった音がして、僕は我に返らされた。「実物は観てのお愉しみ、ってことで。ーお前の方は?相変わらず社会派?」君のその問いには笑って答えなかった。ーまさか君のことばかり歌っているなんて言えるわけがない。

 そしてイベント直前。それぞれのライブの後、セッションをするという話になった。のだが、事もあろうに主催者がメインではなく、君をフロントに据えるという事だ。「……さん、もちろんリードギターを弾いてくれますよね?」君がボーカルなら僕がギター、なのはお約束というわけだ。そしてセッション曲も決まり、リハーサルは進んでいった。
 喫煙所で君と二人きりになったとき、僕達はある目論見を思いついた。そしてそれは僕達の中にだけ共有されて当日は流れていくことになる。

(当日)「実物は観てのお愉しみ」とは君の弁だが、確かに惚れ惚れするしかなかった。僕は改めて、君と出逢った時の事を思い出していた。


 あの頃僕は地元ではちょっとした有名人で、「あの」という冠頭詞が付いて回っていた。だから東京でデビューしたてのバンドとの対バンなんて、鼻にも掛けていなかった。けれども君は、その天狗の鼻を完膚なまでにへし折ったのだ。その佇まいも、声もそして詞も、僕を引きつけて離さなかった。(こいつが欲しい)と、(こいつの横でギターを弾きたい)と初めて思った。ーステージに君と僕が並んで立っている。君の声がすぐ近くで聴こえている。その場面を思い浮かべるだけで陶酔感と多幸感が足底から湧き上がって震えが止まらない。
 君のバンドのステージが終わり、僕のステージが始まる。君の横に在らせて欲しいとの思いも込めて、僕は弾き、そして歌った。
 ライブ後の打ち上げで、どちらともなく視線が絡まり連座した。通り一遍の挨拶の後、君が口を開いた。「凄いギターを弾くね。色気もあって、ゾクゾクした」それは最大の賛辞だ。その言葉に後押しされ、僕は自分が裸の王様であったことを打ち明けた。
「…俺、今まで自分がフロントなのが当たり前で、誰かのバックで弾きたいなんて思ったこともなかった。だけど、あんたのバックでなら弾いてやっても良い」言葉自体は高飛車な物言いだけど、心情としてはその場で膝をつき頭を床に擦り付けた最敬礼をしたいほどだった。
「…ありがとう」はにかみながら君が答えた。僕はもう有頂天になった。「待ってるから」東京に出て来いと、暗に君が誘っていた。

 それから僕は上京し、自分の音楽を始めた。程なくして、何処から嗅ぎつけたのか君から電話が来て開口一番「お前、俺のバックでギターを弾いても良い、って言ったよな」ー上京前にも会う機会はあったたが、あの対バンからかなり時間も経っている。大概な俺様だとは思ったが、他でもない君からの声掛けなので、とにかく君に会いに行った。落ち合って、互いの深いところまで洗いざらい打ち明けた。そしてあの日のことも。ー結局はお互いに一目惚れで、あの時僕が言わなければ自分の方から言うつもりだったということだ。「お前が欲しい」あの日僕が言えなかったまっすぐな言葉に、一も二もなく同意した。
ーそして僕達は音楽を超えて親友となり、またそれ以上の存在となった。


 それから幾星霜の果て、いい歳をした悪戯好きな今の僕達がある。
イベント本編終了後、セッションのメンバーが呼ばれる。主催者がボーカリストなのに、ゲストのボーカリストがフロントにつくのはやはり妙な感じだ。
本来のセッション曲も、僕達が交わした曲もリードギターから始まる。目配せをして、君の大好きなアーティストの往年の名曲のフレーズを弾く。ステージの上ではギョッとした空気を、客席からは歓待の意識を感じる。君のボーカルがギターに乗る。躯が蕩けそうになる刹那。
 他のメンバーが必死についていこうとするが、リハーサル無しの悲しさ、主催者側がストップをかけた。涼しい顔で(してやったり)と密かにほくそ笑んだ。その後は正規のセッション曲で大団円となったが、楽屋に戻った直後「アレはないですわー。いや最後まで演ってもらっても良かったんですけど、そしたら俺らマヌケじゃないですか」誰かが言う。「伝説のあれが観られて良かったじゃん」上機嫌の君が返す。「ほんま、イヤラシイわ、あんたら」否定はしない。


 イベント後は済し崩しにステージの上も下もない交流会となった。君も物販ブースに身を置いたり(!)している。僕はと
いえば、君と同衾した余韻にしばらく浸っていた。遅れてフロアに出た僕は待ち構えていた常連客に忽ち囲まれながらも、君の気配を強く感じていた。2mと離れていないところで君が誰かと談笑している。けれどもその背中は僕を相当意識していた。
 その後の打ち上げも落ち着いた、けれども賑やかしいものになり、主催者は夢が叶って嬉しいと頻りに感激していた。

 打ち上げ後、僕達は自然と一緒に帰ることになった。道すがら、酒の故ではない火照った体を君が擦り寄せる。
「あのさ」「何?」「今日久し振りに演って思ったけど、お前が横にいるのがこんなにしっくり来るものなんだなって」「俺も」君とのステージは、何時だって何か起こりそうなワクワクした感覚がする。「もっと時間があればいいのに」それはお互い様なのだけれど。
「お前だから甘えちゃうんだろうな」それは再会の時からそうだったよ。
このまま君と、夜を分かち合いたい。君の存在、君と出逢えた僥倖、君が隣にいることそのものを。君の横顔の、形が綺麗な睫毛に見惚れながらそう思った。

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