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「HEIWA!へのオマージュ」(※この絵はオリジナル作品です)

私は初めてこの絵を公開した際、社内の人間や大衆にセンスがないなどとこっぴどく叩かれた。
不評の口コミが増えたため、ついには社長までやってきて「お前さんは世の中を変えようとでも思っているのかね」と呆れ顔で言われてしまった。

私はただ、表現をしただけだった。少しだけ本音を言えば、格好よく思われたかった。才能のある人物として認知されたいという欲がいつもちらついていた。しかし、頭脳というのは働かせれば働かせるほどズレた解を導き出すことがある。私は作品がダメ過ぎただけではなく、タイトルを過大につけてしまったのだ。『平和』とー。

作品は妻との日常あるあるを表現したものだった。我々は互いに本が好きなので、よく本屋に立ち寄る。しかし数分すると、さほど広くはない店内で妻が消える現象が高頻度で発生するのだ。
小学校のプールほどの小さな本屋なのに妻が見つからない。
興味のある本を夢中になって読んだ後ほど、互いがまるで別の次元に移動してしまったかのように、その後、探しても探しても会えないのだ。
結局は、痺れを切らせてどちらかが電話をかけ、本屋の前で再会するのだが、「居た」と互いに主張するのみで、次第に、これは良くあるふたりの出来事として認識するようになった。
デザインの展示会の話が舞い込み、意気揚々とアクリル絵の具で描いてからフォトショップで仕上げたのは、そんな彼女との日常を表したものだった。

落ち込む私を慰めるように、隣で様子を伺っていた同僚のピーター・Bが肩を叩いて言った。「ま、そんな時もあるさ。今日はパアッと、向かいの韓国料理屋で一杯やろうぜ」

大きな鉄板を前にすると、ピーター・Bは「肉!肉!肉!」とトングをカチカチと鳴らした。彼は1カ月前に転職してきた、同い年のデザイナーだ。見た目は角刈りの超日本人だけど、ピーター・Bという名前だけが皆には伝えられていて、フルネームは知らない。

転職したばかりでは、まだ緊張も多いことだろうと思った。しかし意に反して、彼はカクテキをつまむと「うちの職場、マジ最高!」と言った。
私は「まあ、デザイン系にしては給料はいい方だもんね」と言うと、彼は真顔で「給料はそこまで良くなくない?」とさらりと言った。
ヨクナクナイ……?つまり普通より、悪いってことか?
私はこれまで、それなりに満足してた自分がおかしかったのではないかと、展示会の件も相まって気持ちが動揺していた。

ピーター・Bは「ごめん、ナムルも頼んでいい?」と言うと店員を呼んだ。
その後も彼は「うずまき主義」というタイトルの作品群を制作中であるとか、今回はヨゼフ・アルバースの正方形礼賛を上回る気がする、などと頬を蒸気させながら語っていた。私はとても疲れていたが、自分の気持ちを奮い立たせて彼に尋ねた。
「そう言えば、自己紹介の時に、台湾に長く住んでたって言ってたよね。家賃って、どれくらいするもんなの?」
円安の今、台湾の暮らしはどうなのだろう、と単純に気になったからである。すると彼は笑って「何?住みたいの?」とだけ言うと後は何も答えず、ずっとトングで肉をいじっていた。

互いにただ火を見つめる時間が流れていた。私がトイレに立とうかと思った時、ピーター・Bは声をひそめて言った。「実は社内の人には誰も言ってないんだけど。僕、その人の過去生が見えるのね。映像が見えるんだ。佐々木さんの頭の上あたりに。でも…、これ言っちゃうと失礼だよね」

正直言って、私はその類の話にはあまり興味のないタイプだった。しかし、せっかくできた同い年の同僚だ。しかも生まれ月も2月と同じである。
私は椅子に座り直すと「構わないよ、教えてよ。ビール奢るから」と言うと、彼は一気にジョッキを飲み干しておかわりを頼んだ。

「佐々木さんはねえ、4回目の生まれ変わりだね。1回目は、ギリシャの天文学者。その時の星の位置を見て、政治とかを決める重要な仕事をしてたの。2回目はアメリカ開拓史時代の女医さん。分け隔てなく、誰にでも治療を施してあげる勇敢な方だった。3回目はね、アジアの農村で産まれた貧しい環境の少年で、彼は本当に絵を描くのが大好きだった。でも、疫病にかかって、幼くして亡くなったの…。そして今が4回目の人生ね」

私は想定外の話に、ドキドキと胸が高鳴るのを感じていた。そして絵が好きなのは前世からの縁なのか、と妙な感慨を覚えた。
もしそれは前回の、少年が出来なかった事であるならなお一層のこと、私には作品を生み出すことは必然である気がしてきた。

そしてピーター・Bの目をはじめて真っ直ぐ見つめるとこう伝えた。「今日はありがとう。実は気落ちしてたけど、君と話せて良かった。今日はせっかくだから奢らせて」

ピーター・Bが詐欺容疑で逮捕されたと聞かされたのは、それから1週間後のことだった。彼はこれまでに知り合った複数人の女性に投資を持ちかけ、高額な値段の壺を売りつけていたらしい。

詳しいことは分からなかったが、会社は慌ただしく電話対応に追われた。
その日の夜遅く、向かいの韓国料理屋はまだ明かりが点いていた。
店内を覗くと客はひとりだけだった。私は隅っこの席を引いて座ると、女性店員から渡されたおしぼりで手を拭いた。

年配の男性客は酔っ払いながら、過去の戦争の話をしているようだった。どの国が悪いだのと議論を、自分のサムギョプサルを焼いてくれている店主にふっかけている。
私は「こんな時にやめてくれよ」と思いながら、二人のやりとりがどうしても気になり、メニューを決められずにいた。もう少し話がエスカレートするようなら間に入ろうと思い、身構えた。

店主は、ジュワジュワと焼ける肉を前に、年配客の話を黙って聞き続けていた。そして最後まで丁寧に焼き上げると、「人間のことですから、本当に難しいですよね」とだけ、優しく言った。

店内の小さなテレビに映る、Kポップを見つめる若い女性店員の身体が、左右にリズミカルに揺れている。
歌声と鉄板音だけが響いていた。

私はメニューから顔を上げると、「すみません、注文をお願いします」と手を挙げた。






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