JW490 日雲宮は何処
【垂仁天皇編】エピソード19 日雲宮は何処
第十一代天皇、垂仁天皇(すいにんてんのう)の御世。
紀元前26年、皇紀635年(垂仁天皇4)。
天照大神(あまてらすおおみかみ)(以下、アマ)が遷座(せんざ)を宣言。
甲可日雲宮(こうかひくも・のみや)に遷(うつ)った。
御杖代(みつえしろ)の倭姫(やまとひめ)(以下、ワッコ)は、采女(うねめ)と共に解説をおこなう。
すなわち、香刀比売(かとひめ)(以下、カット)。
大称奈(おおねな)(以下、ねな)。
「ねな」の弟、大荒(おおあら)(以下、アララ)である。
ワッコ「前回は、滋賀県甲賀市(こうかし)の信楽町(しがらきちょう)、甲南町(こうなんちょう)、水口町(みなくちちょう)、そして、土山町(つちやまちょう)の五つの候補地のうち、三社を紹介したのであったな? 次は?」
カット「四つ目の候補地は、大神宮社(だいじんぐうしゃ)にござりまする。これで、十一社目ということになりまするな。こちらの祭神は『アマ』様と、豊受大神(とようけのおおかみ)こと『とよよん』が祀られておりまするゆえ、御安心くださりませ。」
ねな「ちなみに、鎮座地は、土山町鮎河(あゆかわ)なんだけど、二千年後は、三上六所神社(みかみろくしょじんじゃ)に合祀(ごうし)されてるみたいね。」
ワッコ「その・・・三上六所神社というのは、何処(いずこ)に鎮座しておるのじゃ?」
ねな「同じ、土山町鮎河よ。面倒くさくて、纏(まと)めちゃったんじゃないかしら・・・。」
アマ「面倒くさいからではないぞ! 明治時代から大正時代にかけて、神社合祀令(じんじゃごうしれい)なるモノが有ったからじゃ! まことに、けしからん! わらわは、許さぬぞ!」
ワッコ「ア・・・アマ様。落ち着いてくださりませっ。」
カット「で・・・では、土山町エリア、最後の候補地を紹介致しまする。その名も、皇大神宮(こうたいじんぐう)にござりまする。こちらの社(やしろ)は、若宮神社(わかみやじんじゃ)の摂社(せっしゃ)となっておりまするが、名前から見ても『アマ』様が祀(まつ)られているのは、間違いありませぬ。ちなみに、これで、十二社目ということになりまするな。」
ねな「ちなみに、土山町大河原(おおかわら)に鎮座してるわ。」
ワッコ「これにて、甲賀市の信楽町(しがらきちょう)、甲南町(こうなんちょう)、水口町(みなくちちょう)、土山町(つちやまちょう)の四つのエリアの紹介は、全て終わったわけか・・・。」
ねな「その通りよ。そして、残りの二社は、滋賀県湖南市(こなんし)に有るのよ。」
カット「その、一つ目が、神明宮(しんめいぐう)にござりまする。ただ、不思議なことに、上乗寺(じょうじょうじ)の境内(けいだい)で祀られておるのですが・・・。」
ワッコ「ま・・・まさかの寺? 前にも、似たようなことがあったような・・・。」
アマ「エピソード404とエピソード468じゃな? まあ、致(いた)し方なかろう・・・。」
ねな「これで、十三社目ね・・・。ちなみに、湖南市三雲(みくも)に鎮座してるわ。」
カット「そして、十四社目。最後の候補地は、神明神社(しんめいじんじゃ)にござりまする。」
ワッコ「祭神(さいじん)は『アマ』様と、伊弉諾神(いざなぎのかみ)、伊弉冉神(いざなみのかみ)になっておるな。親子で祀(まつ)られておるのじゃな・・・。」
ねな「ちなみに、湖南市夏見(なつみ)に鎮座(ちんざ)してるわ。」
アマ「皆の者、大儀(たいぎ)であった。わらわは、しばらく、この地に留(とど)まるぞ!」
ワッコ「い・・・今、しばらくと仰(おっしゃ)いましたか?」
アマ「仕方あるまい! いろいろと廻(まわ)りたいのじゃ!」
こうして、なにはともあれ、アマ様は遷座したのであった。
つづく
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?