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ジャパンウォーズ(JW)第一部 神武東征〜欠史八代

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ジャパンのウォーズについて、改めて書いて参ります。いろいろ新しい情報が入ったので、書き直そうと思ったわけです。写真も載せて参ります。
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2022年2月の記事一覧

JW88 そして祖父になる

JW88 そして祖父になる

【綏靖天皇編】エピソード16 そして祖父になる

紀元前557年、皇紀104年(綏靖天皇25)1月7日、第二代天皇、綏靖天皇(すいぜいてんのう)こと神渟名川耳尊(かんぬなかわみみ・のみこと)(以下、ヌンちゃん)が皇太子を定めた。

皇太子こと日嗣皇子(ひつぎのみこ)となったのは、磯城津彦玉手看尊(しきつひこたまてみ・のみこと)(以下、タマテ)であった。

そして、皇太子妃について、家臣たちと語らう

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JW89 そして神になる

JW89 そして神になる

【綏靖天皇編】エピソード17 そして神になる

紀元前549年、皇紀112年(綏靖天皇33)5月10日、第二代天皇、綏靖天皇(すいぜいてんのう)こと神渟名川耳尊(かんぬなかわみみ・のみこと)(以下、ヌンちゃん)は、ついに、その日を迎えようとしていた。

そこに三人の大后(おおきさき)がやって来た。

すなわち、五十鈴依媛(いすずよりひめ)(以下、イスズ)と川派媛(かわまたびめ)(以下、カワ)、糸織

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JW90 三代目即位

JW90 三代目即位

【安寧天皇編】エピソード1 三代目即位

紀元前549年、皇紀112年(綏靖天皇33)5月10日、第二代天皇、綏靖天皇(すいぜいてんのう)こと神渟名川耳尊(かんぬなかわみみ・のみこと)(以下、ヌンちゃん)が崩御(ほうぎょ)した。

ちなみに、崩御とは天皇が亡くなることである。

そして、同年の7月3日、日嗣皇子(ひつぎのみこ)こと皇太子が、新たな大王(おおきみ)として即位(そくい)した。

磯城津

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JW91 父の古墳と遷宮

JW91 父の古墳と遷宮

【安寧天皇編】エピソード2 父の古墳と遷宮

紀元前548年、皇紀113年(安寧天皇元)10月11日、先代の綏靖天皇(すいぜいてんのう)(以下、ヌンちゃん)の陵(みささぎ)が完成した。

この地に、ヌンちゃんは葬られたのである。

ここで、新たに大王(おおきみ)となった、磯城津彦玉手看尊(しきつひこたまてみ・のみこと)こと安寧天皇(あんねいてんのう)(以下、タマテ)が、ツッコミを入れてきた。

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JW92 疑惑の影

JW92 疑惑の影

【安寧天皇編】エピソード3 疑惑の影

紀元前546年、皇紀115年(安寧天皇3)1月5日、立后(りっこう)がおこなわれた。

立后とは、大后(おおきさき)を定めることである。

ここで、磯城津彦玉手看尊(しきつひこたまてみ・のみこと)こと安寧天皇(あんねいてんのう)(以下、タマテ)が語り始めた。

タマテ「私の妃(きさき)については、エピソード87と88で紹介しているので、割愛させていただきます

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JW93 三兄弟の妄想

JW93 三兄弟の妄想

【安寧天皇編】エピソード4 三兄弟の妄想

紀元前538年、皇紀123年(安寧天皇11)1月1日、大日本彦耜友尊(おおやまとひこすきとも・のみこと)(以下、スッキー)が皇太子に就任。

父の磯城津彦玉手看尊(しきつひこたまてみ・のみこと)こと安寧天皇(あんねいてんのう)(以下、タマテ)も、励ましの言葉を送る。

そんな矢先、長男の息石耳命(おきそみみ・のみこと)(以下、トコッチ)と三男の磯城津彦(

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JW94 出雲より愛を込めて

JW94 出雲より愛を込めて

【安寧天皇編】エピソード5 出雲より愛を込めて

紀元前536年、皇紀125年(安寧天皇13)のある日、磯城津彦玉手看尊(しきつひこたまてみ・のみこと)こと安寧天皇(あんねいてんのう)(以下、タマテ)は、何を思ったのか、勅命(ちょくめい)を下した。

皇太子決定から二年後のことである。

タマテ「勅命とは、天皇の命令という意味です。」

ここで、大伴稚日臣(おおとも・の・わかひおみ)(以下、ワッキ

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JW95 海の中の祭壇

JW95 海の中の祭壇

【安寧天皇編】エピソード6 海の中の祭壇

紀元前536年、皇紀125年(安寧天皇13)のある日、磯城津彦玉手看尊(しきつひこたまてみ・のみこと)こと安寧天皇(あんねいてんのう)(以下、タマテ)は、何を思ったのか、勅命(ちょくめい)を下した。

内容は、出雲(いずも)の日御碕神社(ひのみさきじんじゃ)を遷座(せんざ)せよ・・・というものである。

出雲(いずも)の君主、櫛瓺前(くしみかさき)(以下

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JW96 綏靖天皇の神社

JW96 綏靖天皇の神社

【安寧天皇編】エピソード7 綏靖天皇の神社

前回は、出雲(いずも)の日御碕神社(ひのみさきじんじゃ)を遷座(せんざ)した一件で、いろいろと語り合った。

それから数日後か、数か月後か、数年後のある日の事。

磯城津彦玉手看尊(しきつひこたまてみ・のみこと)こと安寧天皇(あんねいてんのう)(以下、タマテ)のもとに、二人の家臣が駆け込んできた。

磯城太真稚彦(しき・の・ふとまわかひこ)(以下、フト

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JW97 九州以外の神社

JW97 九州以外の神社

【安寧天皇編】エピソード8 九州以外の神社

前回は、先代の綏靖天皇(すいぜいてんのう)こと「ヌンちゃん」を祀った神社の紹介をさせてもらった。

想った以上に、たくさんの神社が有り、前回は、九州地方のみの紹介となってしまった。

そして、今回は、その他の地域の神社について、紹介がおこなわれるのであった。

ここで、大王(おおきみ)の磯城津彦玉手看尊(しきつひこたまてみ・のみこと)こと安寧天皇(あん

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JW98 甲斐から来た男

JW98 甲斐から来た男

【安寧天皇編】エピソード9 甲斐から来た男

前回は、先代の綏靖天皇(すいぜいてんのう)を祀(まつ)った神社を紹介させてもらった。

しかし、それだけでは終わらないのであった。

ここで、三代目天皇、安寧天皇(あんねいてんのう)こと磯城津彦玉手看尊(しきつひこたまてみ・のみこと)(以下、タマテ)が過敏に反応した。

タマテ「そ・・・それだけでは終わらない・・・とは、どういうことでしょう?」

それ

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JW99 今日でお別れ

JW99 今日でお別れ

【安寧天皇編】エピソード10 今日でお別れ 

甲斐国(かい・のくに)の開拓報告から、更に幾数年の時が流れた。

紀元前531年、皇紀130年(安寧天皇18)2月のある日のこと。

三代目天皇、安寧天皇(あんねいてんのう)こと磯城津彦玉手看尊(しきつひこたまてみ・のみこと)(以下、タマテ)のもとに、津守天忍男(つもり・の・あまおしお)(以下、アマオ)と葛城久多美(かずらき・の・くたみ)(以下、クタ

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JW100 四代目即位

JW100 四代目即位

【懿徳天皇編】エピソード1 四代目即位

紀元前511年、皇紀150年(安寧天皇38)12月6日、三代目天皇、安寧天皇(あんねいてんのう)が崩御(ほうぎょ)した。

崩御とは天皇が亡くなることである。

そして、翌年の紀元前510年、皇紀151年(懿徳天皇元)2月4日、息子の大日本彦耜友尊(おおやまとひこすきとも・のみこと)(以下、スッキー)が、新たな大王(おおきみ)となったのであった。

ここで

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JW101 皇太后と呼んだ日

JW101 皇太后と呼んだ日

【懿徳天皇編】エピソード2 皇太后と呼んだ日

紀元前510年、皇紀151年(懿徳天皇元)2月4日、大日本彦耜友尊(おおやまとひこすきとも・のみこと)(以下、スッキー)が、新たな大王(おおきみ)となった。

懿徳天皇(いとくてんのう)である。

そして、9月14日頃には、先代の大后(おおきさき)、すなわち、スッキーの母親を皇太后(おおき・おおきさき)と尊んだのであった。

侍臣(おおまちぎみ)の物

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