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【書評】こんなんいかが?

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忘れた頃になんども読み返す愛すべき紙の束。カバーについた手指の脂、紙の匂いと手触り。それはともに過ごした時間の記憶。本はもはや生きもの。
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2023年3月の記事一覧

男なら死ねい。男なら幸せになろうなどと思うな。幸せになるのは女と子供だけでいい。暁!!男塾。

男なら死ねい。男なら幸せになろうなどと思うな。幸せになるのは女と子供だけでいい。暁!!男塾。

『暁!!男塾』最終回の一コマ。

 苛烈な修練の末、男塾の卒業を迎えた塾生に対し、江田島平八塾長が訓を垂れる場面。

 目を坐らせて、塾長があいさつに立つ。

———「皆いいツラがまえになりおった だがこれだけは肝に命じておけ」

 これ、最近の本によくある章ごとの「まとめ」というやつやな。もう一度言うからよく覚えておけと。

———「男なら 幸せになろうなどと思うな 幸せになるのは 女と子供だけ

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エロティシズムをセクシュアリズムから切り分けた男。澁澤龍彦。

エロティシズムをセクシュアリズムから切り分けた男。澁澤龍彦。

「エロティシズム」 澁澤龍彦 (中公文庫)弱さの打破

 エロティシズム3部作を代表する一冊。
 「エロ」と「エロティシズム」はまったく異なるんだと、解説の巖谷國士さんが強調されています。性産業としてのエロは、エロティシズムではなくてセクシュアリティの商品化でしかないというわけです。

 仏文学者・澁澤龍彦の功績は、エロティシズムをセクシュアリズムから切り分け、精神性のものとして表の世界に堂々

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「恋」を正面切って哲学する。その匂い立つような言葉のほとばしり。学術書なのにとんでもなくスリリングでドキドキ。そのワケは。

「恋」を正面切って哲学する。その匂い立つような言葉のほとばしり。学術書なのにとんでもなくスリリングでドキドキ。そのワケは。

『なぜ、私たちは恋をして生きるのか』宮野真生子(ナカニシヤ出版) 

著者の切実な思いが現れた学術書

 最初、なんともベタなタイトルの本だと思いました。これではちょっと部数が出ないんじゃないかと。でも、戦前からの著名本、九鬼周造の『いきの構造』を採り上げながら、とあるから読んでみたら、なぜ出版社がこのタイトルにしたのかがわかった気がしました。

 副題に『「出会い」と「恋愛」の近代日本精神史』と

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過去はいくらでも変えられる。歴史学の巨人の講義は学生の笑いで満ちていた。

過去はいくらでも変えられる。歴史学の巨人の講義は学生の笑いで満ちていた。

E.H.カー「(新版)歴史とは何か」 近藤和彦訳 2022年

学生の笑いが絶えない茶目っ気たっぷりのE.H.カー講義録。

 望んでいた史学徒をやるんだあ、とくぐった桜並木。
 だがしかし、元のただのグレーの街路樹姿に戻るや、早くも色々な目の保養等々に忙しくなり、史学徒ならずとも、文系なら一番に読むべき稀代の名著を、以来40年このかた、本棚に一瞬でもあったためしはありませんでした。
 それが件の

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相手への執着をぎりぎりのところで手放す、成就させない恋。元祖恋愛本が語る大人の色恋。90年に渡る超ロングセラー「いきの構造」。

相手への執着をぎりぎりのところで手放す、成就させない恋。元祖恋愛本が語る大人の色恋。90年に渡る超ロングセラー「いきの構造」。

『いきの構造』 九鬼周造  1935年(昭和5年)90年近く超ロングセラーを続ける元祖恋愛本

 「いき」というのは、純粋の「粋」。「粋なはからい」「粋なことやるね」の「いき」。
 京都では「すい」といいます。英語で言えば cool になるのでしょうか。
 今で言えば、「イケてる」となって、イケメンというのは粋な男。本来は顔だけじゃないわけで、となると、この「いき」というのは、かっこいい、だけじゃ

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神さまがこっそり大地に書いた文様を書き取る。

神さまがこっそり大地に書いた文様を書き取る。

「富士日記」(中)武田百合子 中公文庫 夫の武田泰淳の死後、武田百合子が周りから強く請われて発刊したのが「富士日記」(上中下)。
 物ごとをありのままに受け取ろうとする天衣無縫な書きっぷりが輝いています。

目にするものに対する無防備なまでの慈しみ。

 そのぶっきらぼうで放り投げるような物言い。それとは裏腹に、彼女の書くものには、目にするものに対する無防備なまでの慈しみがあふれています。
 例え

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