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カレンダーストーリーズ

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『カレンダーストーリーズ』…丘本さちをと毎月のゲストが文章やイラスト、音楽などで月々のストーリーを綴っていく連載企画。
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#短編

『カレンダーストーリーズ』最終月   13月「パズルの獣」【掌編小説】

『カレンダーストーリーズ』最終月   13月「パズルの獣」【掌編小説】

 その獣はジグソーパズルが大好きだった。小さな手でピースを掴んでつなぎ合わせていくんだ。もちろん獣だからね。わかってなんかいないよ。ぐちゃぐちゃだよ。ひとつひとつ根気よくくっつけて、ピースとピースを探し当てる。エサの時間も忘れて没頭するんだからね、大したものだよ。

 そうだなあ、普段は百ピースとか、多くても三百ピースくらいのやつを与えてやるんだけどね。その日のわたしは少し意地悪な気分だった。仕事

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『カレンダーストーリーズ』ウラ5月 「若葉が薄氷の上で」         【小説】作:藤井 硫

『カレンダーストーリーズ』ウラ5月 「若葉が薄氷の上で」         【小説】作:藤井 硫

“もし、今君が歩いているところが薄氷の上だったらどうだい?もう少し慎重に歩くだろうね。 今、僕達が立っている所はコンクリートだけど、しかし、薄氷と何ら違いはないんだよ ”

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 深夜一時半。毎日繰り返す他愛ない会話が終わり、彼女との電話を切って僕の一日が終わる。四時間程睡眠を取り、朝六時半には目が覚め、七時半には家を出て、八時十五分には始業開始のチャイムが鳴る。終業のチャイムが鳴ってもタイム

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『カレンダーストーリーズ』オモテ5月「風船売り」            【掌編小説】作:丘本さちを

『カレンダーストーリーズ』オモテ5月「風船売り」            【掌編小説】作:丘本さちを

 見上げれば吸い込まれそうな青い空だった。こんな天気の良い日曜日には、風船売りがやってくるかもしれない。僕は期待に胸を膨らませていた。

 風船売りはもちろん風船を売るのが仕事だ。でもそれは表向きの話。風船売りの風船には、街中で囁かれた言葉が詰まっている。良い言葉も悪い言葉も、真実も嘘も噂話も。僕の弟は風船売りの風船につかまったまま、どこかへ飛んでいってしまった。お父さんもお母さんも早く手を離しな

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『カレンダーストーリーズ』オモテ2月「ガラスの凍る丘で」        【掌編小説】作:丘本さちを

『カレンダーストーリーズ』オモテ2月「ガラスの凍る丘で」        【掌編小説】作:丘本さちを

 初めて見る町の夜景が僕の旅情を掻き立てた。兄の住む家は小高い丘の上にあって、冷たい向かい風に逆らいながら僕は坂道を登っていった。

 六年ぶりということになる、兄に会うのは。

 十も歳の離れた兄は、母親と起こした諍いがこじれて家を出て行った。その頃の僕はまだ小学生で、兄と母の激しい口論を怯えながら聞いていた。暴力が振るわれることは無かったが、それに近い傷をお互いが負っていた。そしてもちろん僕も

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『カレンダーストーリーズ』ウラ1月 「夜の散歩で彼は」         【短編小説】作:三畑幾良

『カレンダーストーリーズ』ウラ1月 「夜の散歩で彼は」         【短編小説】作:三畑幾良

 ヨハンの話をしよう。

 父に連れられて我が家にやってきた彼に私が出会い、当時ページが擦りきれるまで読みふけっていた小説の作者にあやかってヨハンという名をつけた時、私は十五歳だった。

 生後三ヶ月の彼は既に、聡明なジャーマン・シェパード・ドッグの性質を見せていて、父や私が教えたことはすぐに覚えた。「座れ」や「伏せ」もトイレの位置も、あっという間に習得した。

 しかし「お手」を教えようとした時

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『カレンダーストーリーズ』オモテ1月「冬の朝、アルミの鍋で、湯を沸かす」【掌編小説】作:丘本さちを

『カレンダーストーリーズ』オモテ1月「冬の朝、アルミの鍋で、湯を沸かす」【掌編小説】作:丘本さちを

 アルミの鍋がキッチンにある。直径は20cmで高さは15cm。蓋はされていない。淵の両側に、輪の形をした取手が付いている。取手まで全てアルミ製。きちんと手入れが行き届いていて、外側にも内側にも煤汚れどころか曇り一つ見受けられない。三分の二程度の高さまで冷たい水が注がれていて、何かを押さえる重石(おもし)のようにコンロの上に静かに置かれている。

 東向きの磨りガラスの窓から、朝の光線が差し込んでい

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『カレンダーストーリーズ』オモテ12月「ニコライ」(5)         【短編小説】作:丘本さちを

『カレンダーストーリーズ』オモテ12月「ニコライ」(5)         【短編小説】作:丘本さちを

「ついたよ」

 スネグーラチカは振り返って言いました。近くまで来てみると山小屋は本当に大きいことが分かりました。じっと見ているとまるで自分が小人になってしまったような心持ちさえしました。その理由は階や部屋の数が多いということではなく、ドアや窓、屋根の高さなど、山小屋のパーツというパーツが一様に大きかったからでした。

「ニコライを呼んでくる。そこで待っていて。ダッシャーと遊んでていいから」

 

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『カレンダーストーリーズ』オモテ12月「ニコライ」(4)         【短編小説】作:丘本さちを

『カレンダーストーリーズ』オモテ12月「ニコライ」(4)         【短編小説】作:丘本さちを

 私はスネグーラチカに手を引かれて父の別荘を後にしました。その時私の口から流れ出た説明は、幼い子供にしてもかなり辿々しいものだったと思いますが、スネグーラチカは一度も聞き返したり、疑ったりせず、私の身に起きた突然の状況を受け入れてくれたようでした。

「それは大変だったね」

 そう言った彼女の声は憐れみも同情も示していませんでした。“明日は金曜日だったね”。まるで曜日を確認するような声色でした。

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『カレンダーストーリーズ』オモテ12月「ニコライ」(3)         【短編小説】作:丘本さちを

『カレンダーストーリーズ』オモテ12月「ニコライ」(3)         【短編小説】作:丘本さちを

 山の空気はどんどん冷え込んでいきました。父が忽然と姿を消した後、私は誰も居ない別荘で雪が溶けるのを待っていました。麓の町までは車でもかなりの時間がかかります。この気温と積雪の中、子供の私が歩いて辿り着ける場所ではありません。幸いにして缶詰と燃料はまだあります。せめて状況がもう少し好転するまではここで待とうと決めていました。

 しかしそれは甘い考えでした。日が暮れて電灯を付けようとスイッチを入れ

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『カレンダーストーリーズ』オモテ12月「ニコライ」(2)         【短編小説】作:丘本さちを

『カレンダーストーリーズ』オモテ12月「ニコライ」(2)         【短編小説】作:丘本さちを

 夕暮れの頃にはもう、うっすらと白い雪が積もり始めていました。父は庭に面した奥の部屋にこもり、絵を描いているはずです。私は一人、絨毯の上にノートを広げ、父の真似事をして鉛筆を躍らせていました。側に置いてある石油ストーブの火が赤くゆらゆらと揺れています。雲の向こうの太陽が山並みに沈んだのでしょう。部屋の中は緞帳を降ろしたように暗くなりました。私はお絵かきを止めて立ち上がり、電灯のスイッチに手を伸ばし

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『カレンダーストーリーズ』ウラ12月 「冬のタモリ」            【短編小説】作:やさしいおばけ

『カレンダーストーリーズ』ウラ12月 「冬のタモリ」            【短編小説】作:やさしいおばけ





 暖をとるためにあるのは小さなストーブだけで、身体の正面は暖かいが背中は冷えたままだから毛布を羽織ってストーブと向き合う。ウォッカを買う金なんてなくて、こんなに寒い部屋なのに冷えた発泡酒を飲んでいる。カップヌードルと菓子パンばかりの不摂生な生活のせいで、体調はいつだって最悪だ。
 アパートは線路沿いにあって、電車が通るたびに大きな音がして揺れる。窓を開けていると鉄が激しく擦れるためか、く

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『カレンダーストーリーズ』オモテ12月「ニコライ」(1)         【短編小説】作:丘本さちを

『カレンダーストーリーズ』オモテ12月「ニコライ」(1)         【短編小説】作:丘本さちを

 それは別荘でのことでした。特に裕福だったではありませんが、私の父は山間に別荘を所有していました。後に聞いたところ、そこには元々祖母の一族が遊ばせていた土地があり、好事家の祖父が祖母を言いくるめて居宅を建てたということです。それを父が受け継いでいたのでした。

 私は八つでした。七つまでは神の内と言いますが、まだ物心がついたばかりの子供でした。母に似て肌の色は白く、とても大人しい性格でしたので、よ

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『カレンダーストーリーズ』ウラ11月 「魔術の娘」            【掌編小説】作:仲井陽

『カレンダーストーリーズ』ウラ11月 「魔術の娘」            【掌編小説】作:仲井陽

 一回死んでみよう、と賀野が言ったとき、私たちは戸惑った。

 湖面を渡る夜風は凍てつくようで、私の二の腕には鳥肌が立っていた。昼の陽気に騙されて半袖のニットで出てきてしまったせいだ。一方、同じように薄いパーカーを羽織っただけの師走原は道中のミニストップで買ったソフトクリームなんか食べていて、寒さを感じる神経が死んでるんじゃないかと思った。かすかに口紅のついた乳白色の滴りが砂利の上に落ちた。賀野は

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『カレンダーストーリーズ』オモテ11月「センチメンタル・ツベルクリン」  【掌編小説】作:丘本さちを

『カレンダーストーリーズ』オモテ11月「センチメンタル・ツベルクリン」  【掌編小説】作:丘本さちを

 あの注射器の細い針を相楽ユウコは今でも鮮烈に覚えている。

 特定の記憶というのは、目の奥の網膜に焼き付いて離れないものだ。そして油絵の具を塗り重ねるように、思い出す度にゴテゴテと不細工に盛り上がっていく。頭の中には小さな画家でも棲んでいるのかもしれない。相楽ユウコはそう不思議に思う。木枯らしが吹き始め、風景からいよいよ生命の躍動感が消失していく。もの悲しい季節だと人は言う。相楽ユウコは決してそ

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