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ラディゲ「肉体の悪魔」レビュー

レーモン・ラディゲの「肉体の悪魔」を数年ぶりに読み返したのでレビュー。
訳は新庄 嘉章氏。

レーモン・ラディゲ

フランスの小説家、詩人。
1903年~1923年。
20歳で夭折した天才作家で、あの三島由紀夫が憧れていたことでも有名。
作品数が少ないため、フランス文学ではそこまで地位は高くない。
今回再読して、2023年で偶然没後100年と気づいた。
Wikipedia

感想

初めて読んだのはたぶん10代後半で、その後折に触れて読み返してきた作品。
僕の中ではフランス文学といえばラディゲというぐらいど真ん中な作家なのだが、ラディゲを読む人に出会ったことがないし、他人とラディゲの話ができたためしがなくて寂しい。

ストーリーはフランス文学伝統の姦通もので、主人公は野心のないジュリアン・ソレル(スタンダール「赤と黒」主人公)みたいなクソガキ。
婚約者のいる年上の女を落とし、服従させ、わがまま放題に操り、あげくに<ネタバレ>させるという鬼畜野郎。
2023年現在ではどこにでもありそうなお話だが、フランス文学伝統の精緻な心理描写と、ラディゲ独特の警句により、現代でも読むに耐える純度の濃い文学に仕上がっている。

特筆すべきは全体に漂う清廉さ。
主人公は意地悪で臆病で超陰湿なのになぜかそれがとても爽やかでキラキラして見えるのが不思議。
また、冷静に考えたら登場人物は嫌な人ばかりで、善人はマルトのフィアンセのジャックぐらいだが、ほとんど登場しない。
後半はもう主人公の家庭も、不倫相手の家庭も無茶苦茶になっていくのだが、それでも重々しくならず最後まで淡々と爽やかで胃もたれしない。
これは初読から20年以上経っても全く変わらない印象である。
こんな小説が書けるのはラディゲだけだろう。

ラディゲ本人は神童と呼ばれることや、17歳で書いたことに言及されるのを嫌っていたらしいが、どうしたって17歳でこの小説が書けることに驚嘆しないわけにはいかない。
心理描写の巧みさ、警句の鋭さ、ロマン主義に甘えない胆力、本来年齢を重ねることでしか得られないはずの認識をわずか17歳で持ち合わせ、しかもいささかもドヤってないところはもはや神と呼ぶしかないだろう。
あの三島ですら16、7の頃はまだまだロマンティックな青臭い文学を書いていたのに……

ただ今回再読して、後半のストーリーはちょっと粗いなと認識を改めた。
表現に疲れている様子は見られないが、なんというか、終わりたくて書いている感じがした。
どんでん返し的なオチも、そこから逆算して書いたであろう心理も、若干子供っぽさが見える。
45歳になってはじめて人間ラディゲがちょっとだけ見えてほっとした。

八幡謙介の小説

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